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臨床心理学の領域から

熊野 宏昭
早稲田大学 人間科学学術院 教授

熊野 宏昭(くまの ひろあき)

Profile─熊野 宏昭
東京大学医学部卒業,博士(医学)。2009年より現職。行動医学,マインドフルネスが専門。著書に『瞑想と意識の探求』(サンガ新社)。

これまで私は,医師と心理師双方の世界に身を置いてきたため,『心理学ワールド』に取り上げられる話題の中でも,脳科学,認知神経科学,近未来的な社会実装に関心が向かうことが多い。そのような目で振り返ってみると,88号(2020年),99号(2022年)で取り上げられたバーチャルリアリティ(VR)関係の特集記事が特に面白く感じた。

コロナ禍になりオンラインカウンセリングの実施が一般化したが,私が院長(非常勤)を務めるクリニックでも,3年前から心理スタッフによる全てのカウンセリングをZoomで行うこととし,これまでに98例(うち10例は対面から移行)のケースを導入してきた。その過程で,想像したよりもずっとうまくケースが進むことが分かり,これはどういうことかと考えている際に,VR関連の記事を読むことがあり,得心する部分があった。そもそもZoomでやり取りを行うこと自体が,88号「身の回りにあるバーチャルリアリティ」にある通り,拡張現実(AR)に相当し,「現実空間と仮想空間の融合,仮想空間の共有,操作者の能力増強」を可能にしているのではないかと思い至ったのである。例えば,Zoomを使った際に,どうして共感が成立するのかと言えば,相手を理解したりコミュニケーションを取ったりするのに,視覚,聴覚以外に,身体感覚を使っているからだと考えられる。これは,88号「バーチャルリアリティと感情」に述べられている通り,「他者の身体反応や感情の表出を感じ取ることで,自身も同じ感情を抱いてしまう『情動感染』と呼ばれる現象」が起こるからであり,経験を積むことで身体感覚の増強が可能になり,共感能力も増強されるのかもしれない。そして,自分の顔を画像として表示したり,対話相手の顔を見せる場合に,画像処理をして少しだけ笑顔にしたり,悲しい顔にしたりすることによって,感情,モチベーション,意思決定などが影響を受けることが報告されているというくだりを読むと,Zoomでカウンセリングをする際にもリアルタイムで画像処理をすることで,介入効果が上がりやすくなることも十分にあるのではないか。そのようなことを考えていたところ,99号「悩みに対処するVRセルフカウンセリング」という記事で,自分と他者のアバターを使って,セルフカウンセリングをすることが可能であり,相手役をフロイトや親密な他者にすることによって効果がどう変わるかを調べた研究成果が報告されていた。その結果としては,フロイトでも親密他者でも悩みの苦痛度は下がるが,不安症状は親密他者を演じた場合の方が低下が大きいということであり,ここまで来ると,相手が他者でなくても効果が出るほどに,「操作者の能力増強」が実現されるのかと驚きを禁じ得ない。

そこで,次に関心が広がるのが,自分と他者の関係に,VRがどう関わっていくかであるが,その点に関しては,99号「バーチャルリアリティと変性意識体験」に,身体所有感や運動主体感に関わる実験結果が報告されていた。さらには,ニューラルネットワークが学習の結果獲得する特徴空間と「幻覚」や「夢」を対比させつつ,この特徴空間のパノラマ映像をVR上に実装し体験させることで,幻覚剤であるシロシビン摂取後の主観報告と類似する視覚の変容などの体験が得られたことが報告されており,「自分にとっての現実」とは何かの検討を深める必要性が指摘されていたのである。そして,88号「身の回りにあるバーチャルリアリティ」で提唱されている「言語という記号情報ではなく,対象や環境そのものを提示して他者とコミュニケーションを取る」のがVRの本質だとするならば,将来的には,上記のようなまさに「拡張された現実」を提供することを含む,想定外のカウンセリング方法が実現されていくことになるのかもしれないと思うのである。

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