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テキストマイニングで『心理学ワールド』を探る

財津 亘
目白大学心理学部 准教授

財津 亘(ざいつ わたる)

Profile─財津 亘
博士(文学)。富山県警察本部刑事部科学捜査研究所主任研究官を経て現職。専門は犯罪心理学,捜査心理学。著書に『犯罪捜査のためのテキストマイニング』(単著,共立出版)など。

1998年『心理学ワールド』創刊より早四半世紀,この間日本を取り巻く環境も劇的な変化を遂げている。インターネットやスマートフォンの普及によって世界がネットワークでつながるとともに,2000年代以降は第三次人工知能ブームが到来し,Society 4.0(情報社会)から新たなSociety 5.0に向かいつつある。また,2011年の東日本大震災は日本に大きな爪痕を残したほか,2019年には公認心理師資格が誕生するなど,心理学界にとっても大きな転換期をむかえたといえる。『心理学ワールド』の内容選定は編集委員によるが,もしかすると刻々と変化する現代社会や心理学の“いま”が『心理学ワールド』に反映されているかもしれない。

そこで,今回は50号刊行記念出版以降の最近10数年の間に発刊した『心理学ワールド』内の「特別企画」「特集」「小特集」を対象に,テキストマイニングの一手法であるトピックモデルを用いて,この間に取り上げられた主題についてみていくこととしたい。

『心理学ワールド』を俯瞰する

分析対象とする51号(2010年)から100号(2023年)を概観すると,「老い」や「うそ・ウソ・嘘」「共生時代の文化と心」「暴力」「数から算数へ」など多岐にわたっており,バラエティに富んだ記事で構成されていることがわかる。分析該当の記事は,記事数で452,執筆者にいたっては485名にのぼっていた(冒頭の編集委員の挨拶文を含む)。また,本分析では各記事の執筆者紹介や図表,引用文献部分を除いたが,その文字数を確認したところ,1,384,703字にも達していた。

テキストマイニングとトピックモデル

今回はテキストマイニングを用いて最近の『心理学ワールド』がどのようなトピックで構成されているか分類を試みる。テキストマイニングとは,テキストと呼ばれる文章情報に関する統計解析手法である。近年のAI研究や自然言語処理領域では,深層学習(GPTシリーズやBERT[1])が話題の中心であるが,本分析ではより理解のしやすいトピックモデル,中でもLDA(Latent Dirichlet Allocation,潜在的ディリクレ配分法)を用いる[2]。LDAは,ディリクレ分布から「経済」や「芸能」「スポーツ」といったトピックが生成され,さらにはそれらの潜在的なトピックから単語が生成されることを想定した確率モデルの一種である。文書内の単語の生起頻度を基にしたベイズ推定によって,どのトピックにどの単語が分類されるかを確率で求めることができる。教師なし分類の代表であるクラスター分析では,同一単語が異なるクラスターに属することはできないが,LDAでは同一単語でも異なるトピックに属することが許容されるソフトクラスタリングが特徴である。

LDAによるトピックの探索

前述の452記事(1,384,703字)を対象にLDAを実施した結果が図1の下図である(「心理学」など頻出するが特徴的ではない単語等は除外し,トピック数は8を採択)。棒グラフの確率は,各トピックにおける各単語の生成確率を示しており,その内容からトピックを解釈・命名した。なお,トピック番号に意味はない。各トピック内において,各単語の生成確率の合計は近似的に1となるため,分析対象の文字数が多い場合は相対的に生成確率が小さくなる。図1の上図に,全記事の各トピックに属する確率について階層クラスター分析(ウォード法,ユークリッド距離)を行った結果(デンドログラム)を示す。

図 1 LDAによるトピックの算出結果および階層的クラスター分析によるトピック間比較
図 1 LDAによるトピックの算出結果および階層的クラスター分析によるトピック間比較 図 1 LDAによるトピックの算出結果および階層的クラスター分析によるトピック間比較
図 1 LDAによるトピックの算出結果および階層的クラスター分析によるトピック間比較
下端に記載の数値は,各トピックにおける各単語の生成確率を示している。

トピック①「未来志向の心理学」

一つめのトピックを概観すると,「身体」「体験」「世界」「感覚」に加えて,「ロボット」「VR(バーチャルリアリティ)」が際立った特徴となっている。「VR」については,心理学はもとより,情報工学系の先生方による記事が多く,「ロボット」については,主に情報工学系の先生方による,人とロボットとの関わり「ヒューマン・ロボット・インタラクション」の記事が多い。20世紀にはみられなかった新たな社会との関わりを心理学的視点から言及したトピックといえる。

トピック②「家族との関わり」

二つめのトピックに着目すると,「子ども」や「母親」といった単語がみられ,「発達心理学」や「家族心理学」領域が関与する主題に見受けられる。加えて,「動物」「犬」が含まれている。これは,特集「動物と暮らす」「動物との絆」「動物との触れ合いと私たちの心と生活」のタイトルどおり,ひとと動物,特にコンパニオン・アニマルなど広義な家族との関わりについてのトピックであると解釈できそうである。

トピック③「社会・集団との関わり」

三つめのトピックは,トピック②の「家族」から離れ,同僚や友人などより広範囲な人々との社会的な生活,そしてその中での個人の認知に関わるトピックと解釈できそうである。コンボイモデル[3]でいえば,円中心の「家族」からより円外に位置した内容ともいえる。

トピック④「脳とこころ」

このトピックの単語群を概観すると,「脳科学」「神経・生理心理学」領域に深く関わりがありそうである。73号と75号では「脳科学と心理学」と題して特集が組まれているが,「刺激」「条件」という単語が垣間見え,「脳」の構造というよりは,視覚や聴覚,味覚における刺激と脳の機能の関係に関するトピックのようである。

トピック⑤「障害者への支援と治療」

本トピックにみられた「障害」について元記事を確認すると,「発達障害」が圧倒的に多く近年の発達障害に対する関心の高さがうかがえる。一方,「患者」という語に関しては「パーキンソン病」「認知症」「うつ病」「がん」「薬物依存」「社交不安障害(SAD)」など多様な疾患との関連を示唆したことから,他のトピックに比べると,支援や援助を業務とする公認心理師にとって最も関連深いトピックといえる。

トピック⑥「視聴覚の世界」

トップに「学習」が位置しているが,『心理学ワールド』全体を見渡すと,「深層学習」「強化学習」「機械学習」など人工知能系の話題や「学習障害」などが多かった。どちらかというと,本トピックは,知覚・認知の中でも「顔」「色」「音」の視覚・聴覚刺激をメインとした実験に関するトピックが妥当であろう。また,元記事を確認すると,カラスやネコ,馬といった動物に顔刺激を提示する実験が散見された。

トピック⑦「心理学の方法論」

前述までのトピックとは内容がガラリと変わり,「実験」「調査」「データ」「分析」といった単語がみられる。このことから明らかに研究法の主題となっているのがわかる。研究法には,観察法や面接法といったものもあるが,実験法と調査法が現代心理学を支えていることを示唆している。中でも,「実験」はトピック内で最上位に位置している。因果関係の検証における王道と呼べるRCT(Randomized Controlled Trial)は心理学においても高い質のエビデンスを支えるゴールドスタンダードということであろう。研究法に絡んで,ここ最近巷では「因果革命」や「統計的因果推論」が話題となっている。調査データの分析からは「相関関係」は把握できても「因果」に言及はできないというのが従来のセオリーであったが,前述の手法によって調査データから因果検証が可能となってきている[4]。心理学では「因果革命」の波はあまりみられないが,介入が困難な臨床現場等に適用できうるため,今後は本トピックに「因果」などが上位にランクするかもしれない。

トピック⑧「大学における教育と支援」

最後のトピックには「教育」をはじめ,「大学」「学生」「支援」といった単語が含まれている。元記事によると,初年次教育やキャリア教育,キャリア支援,学生相談,発達障害を持つ学生への支援といった内容が散見される。近年大学進学率は右肩上がりとなっており,『心理学ワールド』創刊の1998年当時の大学進学率が30%台半ばであったのに対して,2022年は56.6%に達しており,過去最高値を更新している[5]。そのため,多様な学生やニーズに応える役割を大学にはより一層求められていることがうかがえる。それを示すかのように,『心理学ワールド』の48号(2010年)以前に本トピックを含む記事はみられない。

以上を俯瞰すると,「発達心理学」「社会・集団・家族心理学」「知覚・認知心理学」「心理学研究法」といった従来のトピックに加えて,時代背景を反映した内容が盛り込まれてきたことがわかる。加えて,図1の階層的クラスター分析で得られたデンドログラムによると,トピック⑧の「大学における教育と支援」を中心に他のトピックが順々に関連するようにクラスターを形成している。「家族」や「障害者」のトピックが比較的外側に位置したのは,近年公認心理師が誕生したことと関係するかもしれない。一方,トピック①の「未来志向の心理学」は最も外側に位置し,従来の心理学と一線を画しており,AI研究など最先端の異なる領域が心理学領域にも参入されてきた経緯がうかがえる。

『心理学ワールド』アクセス数解析

最後に,ここ数年間における『心理学ワールド』のサイトへのアクセス数を参考までにみていくこととしたい。図2は2019年と2020年の同サイトへのアクセス数である。このアクセス数は,訪問回数であるため,同一人物が複数回アクセスするとその回数分可算される数値であるが,2019年の総アクセス数が27,526に対して同年の総訪問者数でみると15,090となっていた。また,2020年では総アクセス数が45,590,総訪問者数が23,061となっていたことから,およそ総アクセス数の半数程度が訪問者数と推測できる。そこで図2を確認してみると,2019年のアクセス数が横ばいで推移していたものが(2018年も同様の傾向であった),2020年4月を境にアクセス数が急上昇している。これは新型コロナウイルスの感染が日本全国に広まりはじめ,大学において遠隔授業を余儀なくされた時期と一致する。これはあくまで推測に過ぎないが,遠隔授業の資料として『心理学ワールド』が活用されたことが推察される。

図 2 『心理学ワールド』のサイトへのアクセス数(2019年,2020年)
図 2 『心理学ワールド』のサイトへのアクセス数(2019年,2020年)

おわりに

以上,『心理学ワールド』は時代に即したさまざまなトピックを配信しており,今後も日本の心理学を盛り上げる資料として期待される。中でも,AI研究の潮流は無視できそうもない。第1次・第2次AIブームでは,心理学分野の「思考・推論」や「知識・概念」と関連が深かった。また,現在の第3次AIブームにおけるCNN(画像に関わる)やLSTM(「長期・短期記憶」システム),DQN(深層強化学習)といったAI機能は,それぞれ「知覚」「記憶」「学習」と関係深い。かつて認知心理学が情報工学に影響を受けて発展したのと同様,心理学も変革の真っただ中なのかもしれない。今後の動向が楽しみである。

  • 1.Rothman, D., & Gulli, A. (2022) Transformers for natural language processing. Packt Publishing.
  • 2.岩田具治 (2015) トピックモデル.講談社.
  • 3.Kahn, R. L., & Antonucci, T. C. (1980) Convoys over the life course: Attachment, roles, and social support. In P. B. Baltes & O. G. Brim (Eds.), Life-span development and behavior (pp.253-286). Academic Press.
  • 4. パール,J.・マッケンジー,D. (2022) 因果推論の科学(夏目大,訳).文藝春秋.
  • 5.文部科学省 (2022) 報道発表 令和4年度学校基本調査(確定値)について公表します.https://www.mext.go.jp/content/20221221-mxt_chousa01-000024177_001.pdf
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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