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おトクな誌面を目指して─小特集「マンガを科学する」を例に

清水 由紀
79号~95号 編集委員 早稲田大学文学学術院 教授

清水 由紀(しみず ゆき)

Profile─清水 由紀
博士(人文科学)。2020年より現職。専門は発達心理学。編著に『学校と子ども理解の心理学』『他者とかかわる心の発達心理学』(ともに金子書房)など。

『心理学ワールド』の編集委員を4年間務めた感想は,とにかくおトクな委員であったというものである。3か月に一度の編集委員会では,心理学の各領域の専門家が一堂に会して「今面白いこと」を次々と話題にするので,旬なトピックのエキスを一気に吸収しているような感覚があった。そしてなんと言っても,委員として特集を企画する際に,とっておきのテーマについて,とっておきの方々に執筆してもらえるという,贅沢な経験ができるのが醍醐味であった。

そして湧き上がった疑問は「これは編集委員が一番おトクなのでは?」というものである。ちゃんと読者におトクだと思ってもらえているだろうか?……という心配から,委員として感じた面白さをいかに誌面に反映させるかが次第に目標になった。それが実際に達成できたかについては自信はないが,それはともかく,作り手側としてどう読み手にとってのおトク感を意識したかの一例として,企画した96号小特集「マンガを科学する」(2022年)を振り返ってみたい。

マンガは今や日本の全出版物の約3分の1を占め,海外の人々が日本に興味を持つきっかけの一つである。そのような身近でかつ国際的なマンガという存在を,どう科学的な研究に乗せるのかというテーマは,心理学会員のみならず,中高生を含めた幅広い層に響くのではないかと考えた。さらにマンガは,学際研究の題材として研究者の観点からも面白い。家島明彦氏がまとめたように,近年マンガは独特なグラフィック表現形式をとるビジュアル言語と見なされ,その構造や読解過程に関して学際研究が盛んになされるようになっている。その学際性を際立たせるため,心理学,認知科学,言語学,漫画家と多方面の方々にご執筆いただいた。

原稿が上がってきて,「面白い!」と唸ったのは,複数の著者が「視点」を中心テーマとして提示してきたことであった。例えば発達心理学を専門とする中澤潤氏は,マンガリテラシーが高い子どもと低い子どもの眼球運動を比較し,効率的な読みは視線の動きの違いに現れることを示した。一方で認知言語学を専門とする出原健一氏は,言語学で自由間接話法と呼ばれる構造が,マンガでは,例えば登場人物Aの視点が描かれているにもかかわらず,Aの後ろ姿が映りこんでいるという「身体離脱ショット」に見られると解説した。さらに漫画家のすがやみつる氏からは,このような多重視点は,キャラクターを印象づけるための苦肉の策として用いられるようになったことが述べられた。例えば,すがや氏の代表作『ゲームセンターあらし』では,主人公が見ているゲーム画面,周囲の人々が見ている主人公の姿,主人公の心の中,という幾重もの視点が一つのコマに収められている。このような複雑で現実にあり得ない多重視点が,マンガの中では成り立ち,小学生にもすんなり理解されるのである。一読者として,この8ページの凝縮された小特集を読んでみて,このユニークな視点構造が,マンガの世界的な人気の一つの要因になっているのではないかという仮説が生まれた。なお,今回はマンガがテーマだったので,(特にマンガ作家のすがや氏には)実際のマンガのコマを原稿に含めていただけるようにお願いした。例示されたコマには視点の多重性が実に効果的に示されているので,是非誌面で確認していただきたい。

さて,例えばマンガの研究について知りたくなり,検索すれば,ウェブ版『心理学ワールド』の上記の特集にたどり着く。たった数ページの小特集記事を読んだら,背景と最新の研究を知ることができ,根拠に基づいた仮説を導き出すことができる。やっぱり,『心理学ワールド』は読み手にとってもおトクではないか。企画後の(大いに自己満足的な)結論はやはりこれであった。幅広い方々に,是非積極的に活用していただきたいと心から願っている。

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