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社会の役に立つとは?

白井 真理子
88号「この人をたずねて」インタビュアー 信州大学人文学部 助教

白井 真理子(しらい まりこ)

Profile─白井 真理子
同志社大学大学院心理学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。専門は感情心理学。論文にShirai, M., & Soshi, T. (2022) Current Psychology, 1-12.など。

「この人をたずねて」のインタビュー経験についての執筆依頼を先輩からいただいたときに,私でいいのかな……と不安な気持ちにはなりましたが,せっかくなので,ペンをとることにしました。そもそも88号「この人をたずねて」(2020年)のコーナーにて,関西学院大学の佐藤寛先生にインタビューする機会をいただいたのも,「白井さんの研究は臨床の方とも相性がいいだろうから,一度お話ししてみては」という研究室の先輩のご配慮から実現したものでした(ちなみに私は悲しみ感情についての研究をしています)。そう思うと大変よい先輩に恵まれています。

さて,インタビュー当時の経験を振り返ると,なんといっても新型コロナウイルスが蔓延する前で,佐藤先生と直接お会いしてお話をうかがえたこと,当時新設された心理科学実践センターについてご紹介をいただいたことなどを思い出しました。お話をうかがう中で,今も印象に残っているのは,科学者と実践者の両立を体現されている姿と,佐藤先生が行われているご研究の一つである子どもに対する認知行動療法における,感情の扱いでした。

まず,科学者と実践者の両立という側面に関して,当時研究対象がもっぱら大学生であり,感情そのものの特徴というものを検討していた私にとって,科学的な知見を社会に応用・還元するということは,申請書等に形式的に言及するようなものでした(……すみません)。頭では大事さが分かりつつも,現実感を持てずにいました。佐藤先生は精力的に研究を行われているのはもちろんのこと,実践活動も行われているため,臨床心理学領域にとどまらず,他領域そしてさまざまな場面に応用し得る知見について具体的にお話を伺うことができました。この経験は,現在私自身も実験室を離れた研究を始めたり,社会の役立つために本当の意味で使える基礎的な知見は何なのかと思索することにつながっていると感じます。現状,特に答えが出ているわけではないですが,今後もその視点を本当の意味で忘れずにいたいと思っています。

次に感情の扱いについてです。インタビューの中で,小学生のうつ病介入プログラムにおいて,感情的な体験を言葉にするというプロセスの一つを紹介してくださいました。これはまさに,感情制御研究におけるaffect labeling[1](感情を言語化する,非意識的な感情制御方略の一つ)に該当するものだ!と思い,こんなところでつながってくるんだなとワクワクしたことを思い出します。こうした感情体験の言語化がもたらす効果について,感情心理学の観点から科学的知見として支えることができる,その可能性を身をもって感じることができました。

感情は,ありとあらゆる人間活動に関わるからこそ,人間関係や社会から生み出されるさまざまな問題に本質的に関わっています。現実に生じている問題への対応や解決を目的とする際に,感情は常に関係するものの一つです。感情は異なる分野や方法の接点となるハブ・テーマであるともいわれており,心理学の枠にとどまらず,哲学,文学,歴史学,工学,医学など数多くの他領域で扱われてきています[2]。近年では,感情への注目が高まり,知覚,注意,記憶,行動といった研究分野においても,感情を扱った研究数が増加しています[3]。こうした現状を考えれば,インタビュー当時よりも社会の役に立つ感情の姿というものがよりリアルな形で描けるようになった気がしています。

  • 1.Torre, J. B., & Lieberman, M. D. (2018) Emotion Review, 10, 116-124.
  • 2.今田純雄・中村真・古満伊里(2018)感情心理学.培風館.
  • 3.Dukes, D. et al. (2021) Nature Human Behaviour, 5, 816-820.

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