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Psychology for U-18 高校生に伝えたい

偏見の心理学

唐沢 かおり
東京大学大学院人文社会系研究科 教授

唐沢 かおり(からさわ かおり)

Profile─唐沢 かおり
専門は社会心理学。著書に『社会的認知』(編著,ナカニシヤ出版),『〈概念工学〉宣言!』(共編著,名古屋大学出版会),『なぜ心を読みすぎるのか』(単著,東京大学出版会)など。

偏見をめぐる問題

現代社会では,「偏見はよくない」という価値観が共有されています。皆さんも,偏見的な言動に接したら不快に思うでしょうし,自分がその対象となったら,悲しく感じるでしょう。偏見やそれに基づく差別的な他者の取り扱いは,人権問題にもつながり,社会の中にあってはならないことだと私たちは考えています。しかし,そうであるにもかかわらず,この社会に偏見が存在していることは否定できません。なくすべきことだと皆が考えているのに,社会からなくならない……。それはなぜでしょうか。社会的な場面での判断や行動の特性を研究してきた社会心理学は,偏見に関わる心の働きという観点から,この問題に取り組んできました。本稿では,その成果を踏まえ,「気が付かないうちに偏見的な判断をしてしまう」という点に着目して解説します。まずは,次の文章を読み,最後の問いについて考えてください。

ドクター・スミスは,アメリカのコロラド州立病院に勤務する腕利きの外科医。仕事中は常に冷静沈着,大胆かつ細心で,州知事にまで信望が厚い。ドクター・スミスが夜勤をしていたある日,緊急外来の電話が鳴った。交通事故のけが人を搬送するので執刀してほしいという。父親が息子と一緒にドライブ中,道路から谷へ転落し,車は大破,父親は即死,子供は重体だと救急隊員は告げた。20分後,重体の子供が病院に運び込まれてきた。その顔を見てドクター・スミスはアッと叫び,そのまま茫然自失となった。その子はドクター・スミスの息子だったのだ。さて,交通事故にあった父子とドクター・スミスの関係は?

有能な外科医は男性?─ステレオタイプの働き

この文章は,社会心理学の教材としても使われますので,見たことがある読者もいるでしょう。授業でこの問いかけをすると,悩んだ末,「ドクター・スミスは離婚しており,元の奥さんは,ドクター・スミスとの間に生まれた息子を連れて再婚した。運び込まれたのはその息子で,なくなった父親は再婚相手」というような答えが出てきます。その一方で,種明かしをするかのようにニヤッとしながら,「ドクター・スミスはなくなった父親の奥さんですよね」と言う人もいます。さて,皆さんはどのような答えを考えたでしょうか。

どちらもこの文章から成立する関係であり,正解が決まっているわけではありません。しかし,ドクター・スミスと亡くなった父親が夫婦だというシンプルな関係が,人によっては思いつけず,より複雑な,離婚して云々という関係を答えたのです。このことの背後には,ドクター・スミスを男性だと思いこんでしまった心の働きがあります。有能な外科医という社会集団のイメージが女性ではなく男性であったので,関係を考えるときにも,ドクター・スミスが男性だという前提を,暗黙のうちに持ち込んでしまったのです。

社会集団に対する固定的なイメージや信念はステレオタイプと呼ばれており,様々な判断に影響します。例えば「高齢者は頑固だ」というステレオタイプを持っていると,ある高齢者に接したとき,本人をよく知らなくても,「頑固だ」と決めつけた判断がなされがちになります。ステレオタイプには「日本人は真面目だ」のようにポジティブなものもありますが,個々人の違いに注意を向けることなく,集団全体へのイメージや信念から紋切り型に判断してしまうことが問題になるのです。

先の問題において,「有能な外科医」から男性だと思い込むこと自体は,偏見とは言えないという考えもあるでしょう。実際,外科医は女性より男性の方が多いという現実もあります。しかし,その思い込みから,女性の外科医に対して「有能ではない」と判断すると偏見となってしまいます。ステレオタイプが偏見的な判断につながる可能性を確認しておきましょう。そのうえで,次節では,気が付かないうちに,ステレオタイプが偏見的な判断につながることを示した実験を紹介しつつ,「確証バイアス」と呼ばれる情報処理の働きについて考えていきます。

確証バイアスと偏見

ステレオタイプを当てはめた判断が偏見につながる可能性を指摘しましたが,単に当てはめるだけではなく,ステレオタイプに合致するように情報を解釈してしまうことも問題となります。この点について,アメリカの社会心理学者であるダーリーたちが行った実験を紹介しましょう[1]

この実験の課題は,小学生の女の子が登場するビデオを見て,学力レベルを判断することです。ビデオは,女の子が自宅周辺で遊ぶ様子の前半と,教師の質問に答える様子の後半とで構成されています。参加者の半数は,前半だけを見て,また残りの半数は後半も見てから学力レベルを判断します。さて,この実験で重要な点は,前半の自宅周囲の様子で,女の子が所属する社会階層がわかることです。2種類用意されており,富裕層の居住エリアを見る条件と,さほど裕福ではないエリアを見る条件のいずれかに参加者は割り当てられます。ビデオの後半は一種類しかなく,難しい問題に正答したり,簡単な問題に間違ったりというように,学力レベルがわかりにくい内容になっています。

実験の条件を整理しましょう。ビデオの種類により,参加者は,①富裕層エリアで遊ぶ様子のみを見る,②裕福ではないエリアで遊ぶ様子のみを見る,③富裕層エリアで遊ぶ様子を見た後,教師の質問に答える様子を見る,④裕福ではないエリアで遊ぶ様子を見た後,教師の質問に答える様子を見る,のいずれかに割り当てられます。

さて,参加者は学力レベルをどう判断したでしょうか。前半のビデオのみを見た参加者に着目すると,居住エリアにかかわらず,女の子の学年相当の学力であるという判断をしていました。つまり,ここでは偏見的な判断は見られませんでした。しかし,後半も見た参加者については,裕福ではないエリアで遊ぶ様子を見た方が,富裕層エリアで遊ぶ様子を見た場合に比べ,学力が低いと判断したのです。「社会階層が低いと学力も低い」というステレオタイプを当てはめた,偏見的な判断がなされたということになります。

しかしながら,参加者はそのことに気が付いていません。また,さらに重要なことは,居住エリアに関する情報に基づき,後半のビデオに対して,偏見的な学力判断を裏付ける見方をしていることです。この実験では後半のビデオを見た参加者に,内容についていくつか質問をしていますが,そこでは,前半に富裕層エリアで遊ぶ様子を見た参加者に比べて,裕福ではないエリアで遊ぶ様子を見た参加者は,出された問題が簡単であった,正答数が少なかったなど,学力が低いことを裏付けてしまうような見方をしていたのです。

このような情報処理のありかたは,確証バイアスと呼ばれます。このバイアスは,自分の考えや信念が正しいことを確認する情報を集めることにつながるので,他者や社会に対する安定した認識を維持できるというメリットがあります。考えや信念に反する情報に接するたびに,それらを疑い変えることは,確かに大変でしょう。しかし,保持している考えや信念が変わりにくくなるのですから,偏見的な考えや信念が,反する事例に出会っても変わらず維持される結果を招くことにもなるのです。

偏見の低減にむけて

ステレオタイプの当てはめや,確証バイアスにより,自分でも気がつかないうちに,偏見的な判断がなされるという心の仕組みを見てきました。

このことから偏見をなくすことについて,悲観的な見方が出てくるかもしれません。私たちの心の働きの中に,偏見を維持する仕組みが埋め込まれているわけですから,確かに偏見を根絶することは困難です。しかし,だからと言って低減する努力の放棄が正しいとも言えないでしょう。偏見や差別に苦しむ人たちがいる以上,私たちはこの問題に向き合わねばなりません。啓発活動や,差別を禁止する法律などが,まずは対応策として思いつくことがらでしょう。

それらに加えて,心理学の立場からは,本稿で述べた「偏見を生み出す心の仕組み」に抵抗する必要を挙げておきましょう。偏見がもたらす問題を知り,それを少しでも低減しようという動機を持つこと,そして,自分の考えや信念,また言動に対して,より注意を向け,意識していなかった偏見を意識することがポイントです。ステレオタイプや確証バイアスの働きを知ることは,意識しないまま保持したり表明されたりする偏見への気づきを促します。気づけば,そして,偏見が良くないと思っているなら,反省したり,不用意な発言はしないよう気をつけるでしょう。これは地道なことですが,一人ひとりが積み重ねることで,少しずつでも社会から,偏見的な判断や言動が減ることにつながります。偏見を生み出す心について知ることは,社会から偏見を減らすためにも重要だと言えるでしょう。

ブックガイド

  • 『偏見や差別はなぜ起こる?:心理メカニズムの解明と現象の分析』北村英哉・唐沢穣(編),ちとせプレス,2018年
    偏見や,偏見を生み出す心の仕組みを,人種・ジェンダー・高齢者などの具体的な対象も取り上げて,解説しています。
  • 1Darley, J. M. et al. (1983) JPSP, 44, 20–33.

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