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Keeping fresh eyes 心理学研究 最先端

「のりうち」とハーム・リダクション

横光 健吾
人間環境大学総合心理学部 講師

横光 健吾(よこみつ けんご)

Profile─横光 健吾
北海道医療大学大学院心理科学研究科博士後期課程修了。博士(臨床心理学)。専門は依存症と臨床心理学,メンタルヘルスとICT。著書に『心の健康教育ハンドブック』(分担執筆,金剛出版)など。

ハーム・リダクション

ハーム・リダクションとは,もともと物質使用に関する治療,実践から生まれてきた理念であり,違法か合法かに関係なく,物質使用や特定の行動を「ただち」にやめることを求めず,そのうえで,それらの物質や行動が引き起こす,さまざまな健康上のあるいは社会的なリスクを優先づけし,そのリスクからの影響を減らすための介入と定義されている[1]。ハーム・リダクションは,厳罰政策の限界から出発した,効果的な公衆衛生政策と支援実践の理念であり,何よりも薬物使用者の人権を尊重し,支援から疎外された人間を孤立から救い出すための倫理的実践であると言われている。その実践のタイプから,従来型(違法薬物の使用許可エリアの設定),付随する害の低減・除去型(加熱式タバコ・1円パチンコ),報酬効果低減型(低カフェイン飲料・低カロリー食品)に分けることができる。

ギャンブルとハーム・リダクション

筆者は,ギャンブルにおけるハーム・リダクションアプローチを考えるにあたり,「のりうち」の可能性に注目している。「のりうち」の学術的な定義は,「複数のギャンブラーが一緒にギャンブルを行い,お互いの収支がプラスになるように相談しながらギャンブルをし,最終的な収支差額を折半する」ことである[2]。筆者を含む研究グループは,予備的な研究を終えたばかりであるが,40名のギャンブラーを対象に無作為化比較対象試験を実施し,「他人の存在が危険なギャンブルを抑制するのではなく,刺激する」ことを明らかにした。二次的な解析を実施したところ,重症度の高いギャンブラー同士の場合,一人でギャンブルをする場合と比較して,「のりうち」をした場合のほうが,ギャンブルの抑制につながる可能性を示唆した。今後,スロットマシーンやパチンコ,ディーラーとのテーブルゲームなど,実機や実際のギャンブル場での研究の実施,謝礼を支払ったうえで,協力者自身のお金を使用してもらうなど,より実際のギャンブルに近い形での研究成果を積み重ねていくことで,「のりうち」が「本当に」ギャンブルのハーム・リダクションアプローチとして有効か,明らかにしていくことが可能であろう。

社会的促進・社会的存在の影響を検討したギャンブル研究者

横光らの論文が出版されて間もなく(正確には39日後),ギャンブル研究の第一人者であるグリフィス(Griffiths, M. D.)博士が,コメント論文[3]を発表している。そこでは,「横光らの論文では引用がされていないが,社会的促進や社会的存在の影響を検討した研究は他にも複数あるので,横光らはもっとそういった論文を引用しなさい」というものであった。横光らの論文の主な狙いは「のりうち(つまり,複数で一緒に行うだけではなく,収支差額を折半すること)」にあったため,社会的促進や社会的存在の影響に関する引用が少なかったと言える。横光らの論文では,ギャンブル時の社会的存在の影響を検討した研究者であり,他者から観察されることで,ギャンブル行動が抑制されることを明らかにしたロックロフ(Rockloff, M. J.)博士の論文は複数引用されている。このように,他者が存在するかどうかと,他者との収支差額を折半するかどうかとは,ギャンブル行動に異なる影響を与えるかもしれない。

おわりに

筆者はギャンブルとハーム・リダクションアプローチの研究をしながら,「ギャンブルと上手に付き合うことはできるのか」という問いに挑戦している。現在,オンラインカジノをはじめとして,インターネットからいつでも,どこからでも参加可能なギャンブルの問題が顕在化し始めてきている。社会からの要請は,これまで以上のギャンブル研究の加速化であり,ギャンブル研究者が増えていくことは筆者の願いでもある。

文献

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