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【小特集】

子育てに適応的な脳と心を育む

少子化が加速する日本では,養育行動に適応的に機能する脳と心(親性)を性差を問わず育むことが重要課題となっています。本小特集では,親性発達についてその生物学的基盤や個人差が生まれる機序について理解を深め,今後の親性発達支援のあり方について考えてみたいと思います。(明和政子)

げっ歯類研究からみる親性脳の発達

茂木 一孝
麻布大学獣医学部 教授

茂木 一孝(もぎ かずたか)

Profile─茂木 一孝
2002年,東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。獣医師。博士(獣医学)。専門は動物行動学,神経科学。著書に『犬の繁殖と育児がわかる』(分担執筆,誠文堂新光社),『動物たちは何を考えている?』(分担執筆,技術評論社)など。

はじめに

子育てをする動物種は,魚類,鳥類,哺乳類を中心に全動物種約140万種のうちの2~3%ほどだといわれている。なかでもメス動物のみが母乳を分泌するという進化を遂げてきた哺乳類の子育ては,動物界全体からみれば極めて特殊だといえる。霊長類では主に手を使って仔を撫でたり,毛づくろいをしたりするのに対し,他の哺乳類では手の替わりに主に口を使うといった母性行動の違いはあるが(図1),哺乳類特有の子育てを支える親性脳の発達には種を超えて共通した部分が多いのではないだろうか。本稿では,これまでのげっ歯類研究から親性脳の発達を考えてみたい。

図1 母マウスによる仔舐め行動
図1 母マウスによる仔舐め行動

幼少期における親性脳への影響

動物種によって貢献度に差はあるが,げっ歯類の父親も養育に参加する。特に一夫一妻型のつがいを形成するプレーリーハタネズミの父親は積極的に養育するが,実験的に母親だけに養育される仔ネズミを作出し,それが成熟後の養育行動を調べると,特にメスでは仔を舐めたり,仔の毛づくろいをする行動(仔舐め/毛づくろい行動)の発現頻度が,両親に養育されたものと比べて顕著に低下する[1]。このことから幼少期に両親から刺激を受けるほうが,成熟後に養育行動は発達しやすいと考えられるが,具体的にどのような刺激が重要なのかを示唆する次のようなラットの研究がある。母ラットにおいては養育行動のなかでも仔舐め/毛づくろい行動の発現頻度には個体差がみられるが,その行動形質は次世代に伝播する。例えば,仔舐め/毛づくろい行動の発現頻度が高い母親から産まれ育てられた仔では,自身が母親となった際に示す仔舐め/毛づくろい行動の発現頻度は自身の母同様に高くなる[2]。一方,この母親の仔を出産直後に仔舐め/毛づくろい行動の発現頻度が低い母親へ里子にだすと,その仔が母親となった際の行動形質は育ての母と類似し,仔舐め/毛づくろい行動の発現頻度は低くなる。これらのことから,授乳期に母親から舐められた経験が多いほど養育行動は発達しやすくなることが考えられる。仔舐め/毛づくろい行動を受けた際の優しく撫でられた刺激は,痛み刺激などの伝達とは異なるC触覚線維を有する撫で刺激に特有の感覚神経を介して脳に伝達されるが[3],この幼少期に受ける撫で刺激が親性脳発達に重要だと考えられる。また,幼少期に受ける撫で刺激が低い場合,ストレス内分泌系の発達も影響を受けてストレスに過敏に反応するようになり[2],私達のマウスでの研究では痛みの感受性が増加するといったことも示されている[4]。幼少期に受ける撫で刺激が仔の発達に及ぼす影響のさらなる解明が待たれる。

成熟期における親性脳への影響

交尾経験のないオスマウスは仔マウスに対してしばしば攻撃的となる。しかし,仔マウスが単独隔離された際に発する超音波発声を特殊なスピーカで再生し,その際の音源探索反応などを調べた私達の研究では,オスマウスは交尾を経験すると仔マウス超音波発声に反応するようになり,養育行動を発現しやすくなった[5]。また交尾後のオスマウスは妊娠メスと一緒に過ごすことで,自身の仔かどうかにかかわらず,仔マウスに対して養育行動をより多く示すこともわかっている[6]。成熟したオスマウスにとっては,交尾したメスマウスと過ごす経験が親性脳発達に重要だといえそうである。オスマウスに関しては,父親となった後も母マウスの存在が影響を及ぼすことを示唆する研究もある[7]。この研究では父マウスを新規環境に隔離し,その後に自身の仔マウスが残されているホームケージに父マウスだけ戻した際,仔マウスを巣に回収する行動を調べている。結果として父マウスのみで単独隔離した場合,ほとんどの個体が仔マウスを素早く回収しない。しかし,父マウスを母マウスと一緒に隔離した場合,ホームケージに戻った際に仔マウスを素早く回収する個体数が増加する。興味深いことに,母マウスは一緒に隔離された父マウスに対して特徴的な超音波発声をしていることが観察されている。そして母マウスと一緒の隔離時に細工をし,母マウスと接触はできなくても超音波発声や匂いが届く状況にした場合,仔マウスを素早く回収する父マウスの個体数は多いが,母マウスと一緒の隔離時にそれら母からのコミュニケーション信号が届かない状況にすると,ほとんどの個体が仔マウスを素早く回収しなかった。これらのことから,母マウスから父マウスに対して養育を促すよう働きかけるコミュニケーションがあることが示唆されている。

メスマウスの場合,交尾経験がなくても仔マウスへ攻撃性はないが,仔マウスへの興味は母マウスほど高くない。交尾後の妊娠に伴う生殖腺からのステロイドホルモンの分泌が母性行動を高める素地を作り,出産後の仔マウスとの触れ合いで分泌されるオキシトシンなどのホルモンの働きによって養育行動が発達する。一方で,私達は養育未経験のメスマウスでも仔マウスと触れ合った経験量に比例して,養育行動が発達することも見出してきた[8, 9]。例えば,養育未経験のメスマウスに見知らぬ仔マウスを提示するテストを1日に1度実施し,仔マウスを巣に素早く回収する個体の数を調べると,その個体数は日を追うごとに増加する。成熟したメスマウスにとっては,自身の仔かどうかにかかわらず,仔マウスと触れ合う経験が親性脳発達に重要だと考えられる。さらに興味深いことに,養育未経験のメスマウスを子育て中の母マウスと共飼育した場合,未経験個体だけで飼育する場合よりも仔マウスを素早く回収する個体数の増加スピードが各段に上がる[9]。共飼育ケージ内の行動を詳細に解析すると,母マウスがメスマウスのお尻を押して仔マウスのいる巣に誘導する行動が頻繁にみられ,時には母マウスが巣から離れた仔マウスをメスマウスの目の前に置き,巣に運ばせるよう促す行動も観察された。母マウスは未経験個体に積極的に子育てを教えているようである。

おわりに

これまでのげっ歯類研究から,少なくとも幼少期には撫で刺激を多く受ける環境が,また成熟期では自身の仔かどうかにかかわらず仔と触れ合う経験が親性脳発達に重要だといえそうである。さらに,母マウスが父マウスや養育未経験メスマウスの養育参加を促すこともわかってきたが,このようなコミュニケーションも親性脳発達に貢献していると考えられる。今後もげっ歯類研究を通して親性脳発達の生物学的基盤を明らかにしてゆき,ヒト親性脳の科学的理解にも貢献できれば幸いである。

  • 1.Ahern, T. H., & Young, L. J. (2009) Front Behav Neurosci, 3, 17.
  • 2.Weaver, I. C. et al. (2004) Nat Neurosci, 7, 847-854.
  • 3.Vrontou, S. et al. (2013) Nature, 493, 669-673.
  • 4.Sakamoto, T. et al. (2021) Exp Anim, 70, 13-21.
  • 5.Okabe, S. et al. (2010) Zoolog Sci, 27, 790-795.
  • 6.Tachikawa, K. S. et al. (2013) J Neurosci, 33, 5120-5126.
  • 7.Liu, H. X. et al. (2013) Nat Commun, 4, 1346.
  • 8.Okabe, S. et al. (2017) Psychoneuroendocrinology, 79, 20-30.
  • 9.Carcea, I. et al. (2021) Nature, 596, 553-557.
  • *COI:本稿に関連して開示すべき利益相反はない。

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