公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

【小特集】

ヒトの親性脳の発達とその個人差

田中 友香理
京都大学大学院教育学研究科 特定講師

田中 友香理(たなか ゆかり)

Profile─田中 友香理
京都大学大学院教育学研究科修了。博士(教育学)。京都大学大学院教育学研究科助教,教育学研究科特定助教,日本学術振興会特別研究員RPD(関西大学大学院心理学研究科)を経て現職。著書に『発達科学から読み解く親と子の心』(単著,ミネルヴァ書房)。

はじめに

この数年間に,子育てに関する政策は大きく変化している。2021年に育児・介護休業法が改正され,2022年10月から新たに出生時育児休業(産後パパ育休)の制度が創設された[1]。この改正で,男性も育休を取得できる権利が明確化された。

男性の育児参加の推進は,「共同養育」という観点からみると,合理的な流れであると言えよう。共同養育とは,母親以外の複数の大人が養育に関わることを指す。ヒトは,母親以外にも,父親,祖父母,非血縁者の大人を含めた複数の大人が,養育に関わるという形質をとって進化してきた。核家族化が進む昨今において,母親以外の育児の担い手として父親が育児に関与すれば,母親の育児負担の軽減が期待できる。

他方で,ヒトの養育行動の多様性(個人差)についても考慮すべきであろう。産後パパ育休が制度化されたとしても,全ての父親が積極的に育児に従事するとは限らない。しかし,父親の養育行動の個人差を説明する要因や,産後の養育行動を妥当に予測するバイオマーカーの検討は十分に進んでいない。私たちの研究グループは,(生物学的男性としての)父親に焦点を当て,養育行動の発現・維持に関わる神経生理学的機序(親性脳)とその発達多様性を検討してきた。

親性脳とは

親性脳(parental brain network)とは,養育行動の発現と維持に関わる脳ネットワークの総称である。これまで,げっ歯目を対象とした神経生理学的研究,あるいは成人を対象とした脳画像研究により,親性脳領域が検討されてきた。ヒトでは,生物学的性差によらず,複数のネットワークが親性脳に含まれる[2](図1)。一つは,感情的処理ネットワークである。これは,子どもの泣きなどの信号行動に無意識,反射的に反応し,敏感に対応させるシステムで,感情の識別に関わる扁桃体や,報酬に関わる腹側被蓋野などが含まれる。これに対して,メンタライジングネットワークは,子どもの置かれた状況や心の状態を冷静に判断し,どの養育行動をとるべきか,論理的に考えるシステムである。推論に関わるとされる内側前頭前野(medial prefrontal cortex: mPFC)や側頭極などが含まれる。

図1 親性脳の2つのネットワークに含まれる脳領域
図1 親性脳の2つのネットワークに含まれる脳領域
黄色で縁取りされた領域が感情的処理ネットワーク,紫色で縁取りされた領域がメンタライジングネットワーク(文献[2]を基に改変)

親性脳ネットワークは,養育経験の蓄積によって可塑的に発達する。第一養育者(育児の主たる担い手)の母親,第一養育者の父親,第二養育者(育児に関わるが主たる担い手ではない)の父親,を対象に,自分の子どもと遊んでいる様子の動画を呈示した際の親性脳ネットワークの活動パターンを比較した研究によると,感情的処理ネットワークの活動は,第一養育者の母親と第一養育者の父親で強く活動し(両者の間には差がなく),両者は,第二養育者の父親よりも強い活動を示した[2]。この結果から,生物学的性差によらず,養育経験の蓄積によって親性脳が活性化することが示唆される。

父親の親性脳の発達と個人差

親性脳に関する先行研究の多くは,子どもの出生後の父親に焦点を当ててきた。他方で,父親の親性脳の創発と発達過程の多様性については未解明な部分が多い。そこで,私たちは,パートナーの妊娠期に焦点をあて,次のような方法により縦断研究を行った[3, 4]

パートナーが初産で妊娠初期(在胎週数20週以下)の男性(父親群)と,独身,またはパートナーがいるが当面妊娠の予定のない男性(統制群)を対象に,妊娠初期,後期,出産後半年以内に相当する[3]セッションにおいて, fMRI(機能的磁気共鳴画像法,functional magnetic resonance imaging),唾液測定,質問紙調査により,神経,内分泌,行動のデータを取得した。fMRI計測では,養育行動(e.g., オムツ交換)を示す動画(実験条件)と,養育以外の行動(e.g., 箱を包む)を示す動画(統制条件)を呈示した際の対象者の脳活動を測定した。唾液測定ではオキシトシンとテストステロンを解析し,質問紙調査では,育児に対する態度や,子どもへの愛着感情などを測定した。

fMRI解析の結果,妊娠初期時点からすでに,父親群と統制群では親性脳領域の一部(島(とう),感情的処理ネットワーク領域)における脳の活性化パターンに違いがみられた[3]。父親の親性脳の発達は,パートナー妊娠初期からすでに始まっていることが示唆されたのである。

さらに,妊娠期から産後にかけての親性脳の活動パターンの縦断的変化と,その個人差についても検討した[4]。その結果,妊娠期〜産後時期のmPFC(メンタライジングネットワーク領域)賦活の変化量において,統制群に比べ父親群でより大きな活性化がみられた。さらに,mPFC活性化のパターンには個人差が見られ,妊娠初期から後期にかけて活性化した群(A群)と,妊娠後期から産後にかけて急激に活性化した群(B群)に分けられた。この二群間で内分泌・行動指標を比較した所,A群の方が,B群よりも,子どもに対する愛着感情が強く,育児に対する態度がより肯定的であった(図2)。

図2 親性脳の2つのネットワークに含まれる脳領域
図2 親性脳の2つのネットワークに含まれる脳領域
A)クラスタリング解析による前頭前野活性化パターンの群分けの結果,B)セッションごとの前頭前野の活性化の変化パターン,C)各セッションにおける両群の行動・内分泌データの推移(文献4を基に改変)

これらの結果から,父親の親性脳の発達は,パートナー妊娠期から始まり,妊娠期から産後にかけて著しく発達すること,そして,その発達過程には大きな個人差がみられることが示唆された。

親性発達支援のための課題

親性脳に関する一連の研究結果を基に,先ほどの男性の育児休業について改めて考察する。全ての男性が育児休業を一律に取得したと仮定しても,父親の親性脳は一様に発達しない可能性が高い。これは「男性には育児はできない」という意味ではない。そうではなく,父親の親性脳はパートナー妊娠期から発達し始めるが,その発達過程には大きな個人差がみられるため,妊娠期からの個別型の親性発達支援が必要であるということを意味する。

個別型の親性発達支援を実現するための課題の一つは,それぞれの親が,自分自身の親性の発達段階を認識すると共に,養育経験を通して,親性の自己成長を実感できるような仕組みの構築である。こうした仕組みは,「親性の発達には個人差があって良い」という認識の広がりや,自己成長を実感することで養育行動への動機づけが高まることにつながると期待できる。この課題に取り組むため,機械学習を用いて,父親の行動・心理特性の個人差と,親性脳の活動パターンとの関連を検討し,産後の養育行動を予測するバイオマーカーの検討を進めている。

今後の課題として,父親だけでなく,シングルペアレントや,義親,祖父母や保育士など,さまざまな養育者を考慮にいれた追加の検討が必要である。この他にも,社会実装までにはいくつものハードルが存在するが,それらを一つずつ乗り越え,各家庭の親子の心身の健やかな発達を促す支援へとつなげていきたい。

  • 1.厚生労働省 (2021) 育児・介護休業法について. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000130583.html
  • 2.Abraham, E. et al. (2014) PNAS, 111, 9792-9797.
  • 3.Diaz-Rojas, F. et al. (2020) NeuroImage, 225, 117527.
  • 4.Diaz-Rojas, F. et al. (2023) J Cog Neurosci, 35, 396-420.
  • *COI:本稿に関連して開示すべき利益相反はない。

PDFをダウンロード

1