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【小特集】

男性の親性発達

小崎 恭弘
大阪教育大学教育学部 教授/NPO法人ファザーリングジャパン 顧問

小崎 恭弘(こざき やすひろ)

Profile─小崎 恭弘
西宮市役所初の男性保育士として保育所等に勤務後,神戸常盤大学を経て現職。専門は保育学・父親支援(臨床教育学修士)。男性の育児とその支援についての研究を行う。大阪教育大学附属天王寺小学校長を兼務。著書に『男性保育士物語』(単著,ミネルヴァ書房)など。

近年の父親の育児を取り巻く状況と父親支援

2022年の出生数は過去最低の77.9万人となった。これは第一次ベビーブーム時の3割程度であり,また自然増減数も過去最大の78万人減となっている。日本において1年間に出生数と同数の人口が減っており,少子化と相まってその深刻さが浮き彫りとなった。

そのような状況への対応のために政府は「異次元の少子化対策」に着手し,その取り組みや財源が大きく議論をされている。これらは現在の社会資源や少子化の解消につながるありとあらゆることを総動員して,なんとしてでも少子化の打開を図ろうとしている。「少子化対策のラストチャンス」と言われるように,まさに最後の機会とされている。

その中でこれまで子育てにおいてあまり着目されていなかった父親が,新しい子育ての担い手として注目をされるようになってきている。

例えば2023年6月に政府より出された「こども未来戦略方針」では,子育てにおける固定的な性別役割分業の脱却を目指し,「男性の家事・育児時間の増加」「男性の育休促進」などが明記され,具体的な目標数値が設定されている。

また2018(平成30)年に成立した「成育過程にある者及びその保護者並びに妊産婦に対し必要な成育医療等を切れ目なく提供するための施策の総合的な推進に関する法律(成育基本法)」の推進のために作成された「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針」の「I 成育医療等の提供に関する施策の推進に関する基本的方向 1 成育医療等の現状と課題」において以下の項目が作られている。

【父親の孤独】「母親を支えるという役割が期待される父親についても,支援される立場にあり,父親も含めて出産や育児に関する相談支援の対象とするなど,父親の孤立を防ぐ対策を講ずることが急務である。」(強調筆者)

これまで子育てにおいてあまり重要視されてこなかった父親が,少子化の文脈において新たな子育ての担い手として期待をされるようになった。ここに父親の育児支援の意義が存在している。つまり父親への育児支援は,社会的要請の側面があり,また同時に男性・父親を取り巻く環境の急激な変化が,多くの父親の関心を育児へと向かわせている。そして同時に「パパ友」など,周りに相談できる友人がいないなど「父親の孤独」と指摘されているような状況も,新たに生まれている。父親の育児が社会の変化の中で,新しいステージを迎えている。

父親の親性準備教育に必要なものとは

現在筆者は教育学部で家庭科教員の保育領域の養成に関わっている。中学校家庭科の一分野として「保育」が存在している。中学校「家庭」学習指導要領のA家族・家庭生活「幼児の生活と家族」において,以下のように記載されている。

  • ア 次のような知識を身に付けること。
    •  (ア)幼児の発達と生活の特徴が分かり,子供が育つ環境としての家族の役割について理解すること。
    •  (イ)幼児にとっての遊びの意義や幼児との関わり方について理解すること。
  • イ 幼児とのよりよい関わり方について考え,工夫すること。

基本的にすべての中学生は「幼児とのふれあい体験」の学習を行うこととなっている。中学生が保育施設に赴いたり,幼児が中学校に来校したりすることで直接的な体験授業が期待され実施されている。

これらの取り組みは中学生の次世代の親の準備への学びという意味を持ち,家庭科において「親性準備性教育」[1, 2]とされている。当然男子生徒も女子生徒と同じように,幼児とのふれあい体験を行い,さまざまな学びを深めていく。

男女にかかわらず現在の中学生は,ほとんど幼児と関わる機会がない。少し歳の離れたきょうだいや親戚などとの関わりがある場合を除き,少子化やきょうだい数の減少などが相まって,自分の生活圏に親密な関わりを持つ幼児が存在していないことが多い。つまり家庭科の保育体験以外に,幼児との関わりやふれあい,学びの機会がほとんどないのが現代社会の現状である。そのような社会状況において,特に男子はその後の生育過程においてもほとんど,乳幼児の子どもたちとの関わり体験がないままに親となっていく。

つまり正しい「子ども観」や「子どもの特性」などを,十分に理解しないまま親となるのである。そのような子どもへの無理解が,子育てにおいて大きな問題となる。例えば児童虐待における警察での検挙数は,実父等の男性は実母等の女性の2.5倍となっている。またその内訳は暴力を伴う身体的な虐待が8割と最も多い[3]。いとも容易く暴力に訴える衝動性が,ここに見て取れる。

このような状況を改善するためにも,学校教育における親性準備性教育の取り組みが重要である。この基本的な取り組みは,大きく知識の理解と直接的な幼児とのふれあい体験の二つからなる。知識においては,幼児の成長発達や保育施設のあり方や社会的な子どもたちを取り巻く環境など,幅広い学びが用意されている。それらを踏まえた上で,保育施設などで直接的な保育のふれあい体験や,一緒に遊びや学びの活動を準備して自らが関わり合う授業なども実施されている。これらの知識と経験の二つが相まって,親性準備性教育としての意義が達成できるのである。

父親の育児支援に求められるもの

父親支援は子育て支援の一つの領域と捉えられている。現在少子化や子ども・子育ての育ち環境の悪化を受けて,子育て支援が社会全体で大きく進められている。2020(令和2)年5月には「第4次少子化社会対策大綱」が策定され現在さまざまな分野において,その取り組みが実践されている。

これらは子どもの育ちを主体として,その育ちに関わる支援全体を対象としている。そこには当然ながら理念的には父親も含まれているが,実際の支援の取り組みの場において父親を中心としてはいない。そのような視点にたてば,日本において明確な父親支援に関する定義は存在していない。

筆者はこれまでのさまざまな父親,父親支援に関する調査や研究より,父親支援を以下のように定義づけている。

父親支援とは父親が親としての本来の力が発揮できるようにするための,支援者のかかわり方や環境の整備の総称であり,単に父親のためのプログラムをすることだけではない。

これらを押さえた上で,以下の4つの視点を意識した取り組みが求められている。

  • ①父親が子育てについての正しい知識や理解,価値観を得られるように 父親をエンパワーメントする。
  • ②父親が母親とのパートナーシップについて理解し,夫婦ともに子育てができるようにする。
  • ③父親が仕事や,生活,家庭,地域との良い関わりができるように,ワークライフバランスを意識した生活者になれるようにする。
  • ④父親自身が積極的に育児や家庭生活の主人公として暮らしていけるように,地域社会の環境に対して関わりやネットワークができるようにする。

これまで父親は子育ての中心的な役割ではなく「二番目の親」「遅れてきた親」として,育児の担い手から除外されていた。反面仕事中心の役割を担い,仕事をすることにより育児の免罪符が与えられていた。しかしそのことは父親の「育児をする権利」「ケアに関わる機会」を無条件に奪うことになった。

現在ようやく父親が育児ができる環境の一端が,整ってきている。男性の育児休業の推進や,企業や社会の父親支援の推進への取り組みである。これらの機会を活用し,学校教育から一連のつながりの中において,社会全体で父親の育児をする機会,育児ができる環境を整えていくことが求められている。そのことは少子化対策などにも影響を与えるものではあるが,それ以上に男性がケアに関わり,父親としての喜びや,親としての責任を果たすことができる社会の構築につながる。男性のより豊かな生き方が,今子育てから求められているのである。

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