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【小特集】
親性を育む妊娠期からの家庭支援
奥山 千鶴子(おくやま ちづこ)
Profile─奥山 千鶴子
1985年,筑波大学第2学群人間学類卒業。2000年,商店街で親子の交流の場を提供するNPO法人びーのびーの設立。2007年,NPO法人子育てひろば全国連絡協議会設立。子ども家庭庁こども家庭審議会臨時委員,内閣官房こども未来戦略会議委員などを歴任。
乳幼児期の子育ての現状
乳幼児期の子育て家庭の交流の場である地域子育て支援拠点(以下,拠点)は,主に就園前の子どもとその養育者が集う場所で全国に8,000か所程度ある。この拠点事業は児童福祉法に位置づけられた市町村事業で,「子育て支援センター」「子育てひろば」等の名称で呼ばれている。
2021年の出生動向基本調査[1]によると,子育て家庭において第一子が3歳になるまでの間に利用した子育て支援制度や施設は,「地域の親子交流や相談の場」(58%),「育児休業制度(妻)」(43%),「認可保育所」(36.4%)」の順となっており,「地域の親子交流や相談の場」である拠点等の利用が進んでいる状況が把握されている。
NPO法人子育てひろば全国連絡協議会(以下,ひろば全協)が,2015年に拠点を利用している母親を対象に実施したアンケート調査[2]からは,母親が育った市区町村で現在子育てをしていない割合が74.4%であることがわかり,土地に不慣れで孤立しやすい状況を踏まえて「アウェイ育児」と名づけた。アウェイ育児の場合は,近所に子どもを預かってくれる人がいない割合が7割を超えており,周囲に手助けが得られない状況等も把握されている。
また,日本の子育てにおける課題の一つに根強い男女の性役割分業観が指摘されている。2020(令和2)年度少子化社会に関する国際意識調査[3]において,「小学校入学前の子どもの育児における夫・妻の役割について」を聞いたところ,日本では「主に妻が行うが,夫も手伝う」が49.9%であったのに対し,スウェーデンでは「妻も夫も同じように行う」が94.5%であり,大きな意識差がみられる。日本の女性は,ひと昔前に比べれば,社会で活躍する機会は用意されていても,一人の女性として,自立を阻むさまざまな壁に行く手をふさがれ,息苦しさや閉塞感を経験することが少なくないと指摘される[4]。したがって,親になること(=親性を育むこと)は,親になる前から,少なくとも妊娠期にはスタートする必要があると感じている。
コロナ禍の影響を受ける子育て家庭と多様な両親教室の開催
認定NPO法人びーのびーのが運営している「港北区地域子育て支援拠点どろっぷ(以下,「どろっぷ」)」が横浜市港北区と共同で行った4か月児健診調査[5]において,コロナ禍の影響を受ける前年2019年とコロナ禍の影響があったその後の2年との出産前後の状況について比較を行った(図1)。出産前後の里帰り率は年々下がり,一定程度手伝いに来てもらった人の割合も減少傾向がみられ,夫婦二人で乗り切らざるを得ない状況が把握された。
このような結果から,「どろっぷ」では,妊娠期の夫婦が両親教室に参加しやすいよう「土曜日両親教室」や「オンライン両親教室」の開催を区役所に提案し,現在ほとんどの週末において区内のどこかで両親教室が開催されている。また,本事業の周知のリーフレットが母子健康手帳配布時に提供され,「どろっぷ」主催の両親教室はホームページから申し込みが可能となっている。多くの妊娠期にある家庭は夫婦ともに就労している場合がほとんどであるため,土曜日開催やオンラインの活用は重要であると考えている。
両親教室のプログラムと可能性
「土曜日両親教室」は,初めて出産する方(参加する時点で妊娠20週以降)とそのパートナーを対象に午前中2時間のプログラムで実施されている。まずは,助産師より30分ほど出産,育児などのついての講座が行われ,その後2つのグループに分かれて1グループは沐浴体験,もう1グループはさらに男女別に分かれて座談会や地域の子育て支援情報の提供,先輩家族との交流や質疑応答が行われる。後半はグループを交代してすべてのプログラムを全員が体験することになる。実際に拠点を会場として実施することで,出産後の利用のハードルが下がっているようだ。参加者の語りからは,居住地である自治体の支援情報を得ることができ,出産時期の近い家族と知り合いになれる,また先輩家族の話を聞くことで漠然としていた出産後のイメージを夫婦ともに得られるなどの支援効果を感じているようだ。
特に座談会では,先輩ママから,パートナーに対しては具体的にしてほしいことを伝え,妊娠期から実行してもらうと自分のストレスが軽減できるなどのエピソードが語られることがある。また男性グループでは,父親になる実感がいつ頃に生まれたのかという先輩パパへの質問も飛び出す。時には,育休をとった父親のエピソードから,育休を申請する覚悟ができたという参加者もいる。オンライン開催においては,少し体調が悪い場合でも自宅から安心して参加できるメリットが大きいようだ。同じように助産師からの講義と参加者同士の交流や先輩家庭との交流や地域情報も伝えられるが,沐浴体験だけはできないため,希望者には後日,「どろっぷ」などの拠点で体験ができることをお伝えしている(図2)。
夫婦の共同育児を妊娠期から
ヒトの子育ては,他の霊長類と比べても時間も労力もかかるものであるといわれる。だからこそ,母親だけでなく父親や祖父母,血縁のない人による子育て,共同養育(アロマザリング)が広く行われてきたとされる。しかしながら,日本における夫婦と子どもで構成される核家族に代表される子育てにおいては,共同養育の環境が十分に満たされてはいるとはいえない。出産前後に里帰りする習慣は,アロマザーとしての祖母を活用する方法であるが,コロナ禍を経て父親の役割が核家族における重要なアロマザーとして期待されている。もはや血縁家族のなかではほとんど唯一無二のアロマザーといってもよい[6]との指摘もある。
夫婦の共同育児の環境整備に向けては,まずは男女ともに妊娠期から,①地域とのつながりをつくる,②赤ちゃんのいる暮らしがイメージできる場をつくる,③学びの機会をつくることから始め,子育てにおけるイメージトレーニングを行い,赤ちゃんを迎える環境を十分に用意しておくことが必要である。そのためには,男女ともに働く職場の理解や男性育休取得の促進,長時間労働の是正といった労働環境,子どもを生み育てる期間の所得保障等といった制度も含めた広い意味での共同養育の環境が求められる。
私たち地域子育て支援の現場は,いわば身近な相談と生活支援の場である。妊娠期からつながった家庭が,「生まれました」と拠点に来てくれた時にはいっしょになって喜びを共有することができる。さらに,子育て家庭を支援する産前産後ヘルパー,ファミリー・サポート・センター事業等の地域人材は,祖父母にかわるアロマザーの役割を果たす大切な事業であり,どの地域にも十分体制が整備されてほしい。
子育てのスタート準備期(妊娠期)から夫婦で共に育てるための学びや交流の機会,何かあったら気軽に相談できる人と場を用意して,地域のなかに共同養育の場を切れ目なく構築できるか,これこそ「こどもまんなか社会」に必要な視点である。
- 1.国立社会保障・人口問題研究所 (2022) 第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査). https://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou16/doukou16_gaiyo.asp
- 2.子育てひろば全国連絡協議会 (2016) 地域子育て支援拠点事業に関するアンケート調査2015.
- 3.内閣府 (2021) 令和2年度少子化社会に関する国際意識調査報告書. https://kosodatehiroba.com/new_files/pdf/away-ikuji-hokoku.pdf
- 4.渡辺顕一郎・橋本真紀(編著),子育てひろば全国連絡協議会(編) (2023) 詳解 地域子育て支援拠点ガイドラインの手引(第4版).中央法規出版
- 5.横浜市 (2020-2022) 港北区4か月児健診調査. https://www.city.yokohama.lg.jp/kohoku/kurashi/kosodate_kyoiku/nyuyoji-kenshin/nyuuyoujikenshin.html
- 6.根ケ山光一 (2021) 「子育て」のとらわれを越える. 新曜社
- *COI:本稿に関連して開示すべき利益相反はない。
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