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この人をたずねて

浅野倫子 氏

浅野倫子 氏
東京大学大学院人文社会系研究科 准教授

浅野倫子 氏(あさの みちこ)

Profile─浅野倫子 氏
2008年,東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。2009年,博士(心理学)の学位を取得。東京大学大学院人文社会系研究科,玉川大学脳科学研究所,慶應義塾大学環境情報学部/日本学術振興会でのポスドク研究員を経て,2014年より立教大学現代心理学部助教,2018年より同・准教授,2022年より現職。著書に『シリーズ統合的認知 第6巻 共感覚:統合の多様性』(共著,勁草書房)など。

浅野先生へのインタビュー

聞き手: 前田 楓

─浅野先生が取り組まれてきたご研究について教えてください。個人的には,共感覚[1]に関する研究をされているイメージが強いのですが……。

視覚の研究の中でも,文字の読み,文字や文章の中の単語,文章の認知処理について研究してきました。文字の音(読み)や形(綴り)などの基本的な要素の処理に関する研究もありますが,私が主にやってきたのは,単語を見てどのような情報が取り出されているか,文章の中にある一個一個の単語の処理と文章全体の文脈の処理がどういう関係にあるかなどです。古典的な理論だと,単語一個一個を頭から処理していって文法で組み立てて,単語の意味がわかったから文章の意味がわかる,というメカニズムが強く想定されていて,そうした側面は間違いなくあるんですけれど,私がやっていたのは「一個一個の単語が十分にわかっていなくても,全体の文脈がぼんやりわかっている」というような研究でした。

─私自身も心理学の本などを読んでいて,個々の単語をきちんと理解しないまま全体の意味がなんとなくわかったら流し読みしてしまうことがあります。そういうイメージでしょうか。

それにすごく近いです。なので,速読とか斜め読みのメカニズムを研究していたんだと思います。音声で聴く文章とは違って,書かれた文章は複数の単語がいっぺんに視野に入るので,視野に入った単語を粗く処理して,それらの単語から活性化した粗い意味の情報の重なりみたいなものから文脈がわかる,ということが起こっているのかなと考えています。心理学を学んでいる人が心理学の本を斜め読みしてもなんとなく理解できることが多いのは,心理学の知識が多少頭の中にあるからで,これが同じくらいの難しさだとしても全然分野の違う文章になると難しいと思うんですよね。文章を読むときってその文字からボトムアップ的に情報をとっているけれど,それと同時に知識からのトップダウン情報も使っている,そういう「ボトムアップとトップダウンのせめぎあい」みたいなものが私の研究の興味の対象なんだろうなと思っています。

そういった研究をしてきて,なぜ共感覚の研究が始まったかというと,すごく少ないと言われている共感覚の保持者(共感覚者)が身近に2人現れたんです。それで当時指導教員だった横澤一彦先生と「これは奇跡じゃないか」って。しかもその共感覚者さんたちと話していると,「文字にさまざまな色を感じる」というのは,どうも文字の物理的な形(線の配置)というよりは文字の意味や音に色を感じているようだとわかって。単語認知の分野では文字を見たときに音や意味,形などの情報がどう処理されるかが研究されているのですが,そことすごくつながっていると感じて始めたのが共感覚の研究です。

共感覚にもいろんな種類がありますが,その中で文字に色を感じる「色字共感覚」の研究が,英語圏を中心に進んでいます。英語圏の場合,文字はアルファベッド26文字と数字10文字しかないんですけど,日本語だと何種類も文字の種類があって,しかもそのほとんどに色があるという方も多くいる印象なんですね。形は違うけれども同じ音を表す同音異義語の文字が多かったり,アルファベットとは違い1文字で単語のように意味を表せる漢字を使ったりする日本語は,文字に感じる共感覚色に音や意味概念が影響しているかを調べるのに好都合です。文字のどういう情報に色を感じるのかを考えたときに,文字の線の形というよりも,文字の音や概念など,その文字が指し示す先の情報に色を感じるという側面が強く存在するんじゃないかということが日本語を使うとはっきりとわかってきました。もともと言語の研究をしていたことと,共感覚がどういうしくみなのかということがうまく合ったんですよね。

─先ほどお話されていた,トップダウン,つまり自分がすでに持っている知識から文字に色を感じているということですね。

私は「トップダウンとボトムアップのせめぎあい」に興味があるんだなって感じるのはまさにそこなんです。例えば認知・知覚心理学の授業で最初に学ぶことって,ボトムアップ的に外から情報が入ったらこうなる,という研究が多いじゃないですか。でも実際は,頭の中にいろんな情報(知識や記憶)がもともと詰まっていて,それらも絡み合って認識されている。当たり前と言えば当たり前なんですけれど,そのあたりをちゃんと研究するのは簡単ではないなと感じます。でもそういうところに魅力を感じているのかなとも思いますね。

─文字の組み合わせもたくさんありますし,それこそ,個々人の頭の中は一緒ではないから,そう考え始めたら共感覚について研究できることはまだまだたくさんありそうです。

そこがまさに面白くって。個人個人が違うということが面白くもあり難しくもあり,ですけれど。色字共感覚者の中でも,人によって色と文字の組み合わせが違うんですね。「あ」は赤いと感じる人が多いんですけれど,例えば「い」は黄色いと感じる人もいれば青いと感じる人もいる,というように全然一致しないんです。そうすると,この人はなぜ「い」を黄色いと感じるのかを調べてもその人のことしかわかりません。でも,具体的に「い」が何色かは人によって違うけれど,共感覚者Aさんの場合は「い」という音の文字はなんでも黄色っぽいことが多い,Bさんの場合は青っぽいことが多い,ということがわかると,具体的な色はともかく「これらの文字は音の影響を強く受けている」ことは共通しているとわかってきます。個人差が見えてくると同時に共通のルールも見えてくる,その共通ルールがおそらく脳のしくみなどと関係しているはずで,そこを掬い取る研究をしてきました。

─「個人個人で違うということが面白くて難しい」とお話されていましたが,知覚心理学や認知心理学の研究をされている方は個人差に対する関心も強いのでしょうか?

最近は個人差への関心も高まっていますが,基本的には平均像を議論するのが一般的です。それは心理学実験が,多くの人のデータを集めてノイズを打ち消し,平均値で議論をするという設計を基本としていることからもわかると思います。平均像への着目はすごく大事で,そこから離れるわけにはいかないだろうと思っています。私自身の研究でも,共感覚者一人一人違う部分はありますが,共感覚というひとまとまりの現象の全体像や基本メカニズムを科学的に明らかにするために,共感覚者集団の平均像を定量的にとらえることをしています。

一方で個人差にも多くの情報が含まれている可能性があります。個人差を,ノイズではなく信号としてとらえるというイメージですかね。個人差がなぜ起こるか,個人差がどういう影響を及ぼすかをちゃんと調べれば社会に還元できたりもするわけですよね。そういう意味でも,平均像もあるんだけど個人差もあることを意識する,常に両輪でやっていくことが大事かなと思います。

聞き手はこの人

インタビュアー:まえだ かえで

インタビューをおこなった感想

自分とは異なる研究分野の先生とじっくりお話しできる機会なんて滅多にないと思い,これまで気になっていたことを思う存分質問させていただきました。紹介しきれませんでしたが,浅野先生のこれまで取り組まれてきた実験研究の方法や研究に関わるエピソードなど,非常に刺激を受けました。私自身も最近アイトラッカーを使った実験室実験を実施しており,とりわけ平均像と個人差の観点は自分の研究においても意識したい部分だと感じました。

現在の関心や研究テーマ

現在は,二重過程理論の観点から人間の協力行動を理解するための研究に尽力しており,人間は直観的に協力するのか,そうした協力行動は集団の枠を超えるか等の問いを,経済ゲームを用いた実験で検討しています。また,その意思決定過程にも関心があり,囚人のジレンマゲームの利得行列に対する視線や注視率のデータなども分析しています。

Profile─まえだ かえで
立教大学現代心理学部心理学科 助教。安田女子大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。修士(文学)。専門は社会心理学,教育心理学。共著論文にTime pressure and in-group favoritism in a minimal group paradigm. Frontiers in Psychology, 11, 603117, 2020, など。

まえだ かえで

  • 1.共感覚とは,情報入力に対し,一般的に喚起される感覚や認知処理に加えて,別種の感覚や認知処理も喚起される現象(例:文字→色,月日→空間配置)を指す。

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