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Keeping fresh eyes 心理学研究 最先端

ACTの観点からイップスを科学する

井上 和哉
立命館大学大学院人間科学研究科 助教

井上 和哉(いのうえ かずや)

Profile─井上 和哉
博士(人間科学)。専門は臨床心理学,認知行動療法,関係フレーム理論,スポーツ心理学。主要論文にReliability and Validity of the Implicit Relational Assessment Procedure (IRAP) as a measure of change agenda. Psychol Rec, 499-513, 2020など。

イップスとは?

イップスは,スポーツパフォーマンスにおける微細な運動技能の実行に影響を及ぼす心理,神経筋の障害と定義されている[1]。例えば,野球の送球イップスにおいては,ボールを思う通りに投げることができない,ボールを叩きつけてしまう,暴投してしまうなどが挙げられる。イップスを有する者の割合は高く,大学の野球選手104名のうち47%が送球イップスの経験を報告していることが明らかになっている[2]

イップスはゴルフ,射撃,卓球,クリケット,弓道やアーチェリーなどにおいても報告されている。イップスはキャリアキラーと呼ばれ,著しいパフォーマンスの低下や競技からの引退を招くことも多い[3]

イップスに関する研究

イップスに対する有効な支援方法は未だに確立されていない。三根ら[4]は,12編のイップスに対する介入研究に関するシステマティックレビューを行っている。各研究の支援方法には,イメージトレーニング,音楽を聴くこと,認知再構成法,リラクセーション,ポジティブな自己教示,SFGI(Solution-focused guided imagery)などが用いられていたが,研究の質が低く,イップスの有効な支援方法について,明確な結論は導き出されなかった。また,ムーア[5]は,スポーツパフォーマンスを向上させるために,上記で述べたような思考や感情をコントロールしようとする伝統的な認知技法が上手くいかない可能性を指摘している。

Acceptance and Commitment Therapy: ACT

イップスは完璧主義傾向[6],自己意識や特性不安[7],反芻[8]などとの関連が報告されているが,有効な心理的支援方法を見出すための研究には至っていない。そのため,筆者は完璧主義や自己意識,反芻などを認知行動療法のACT(Acceptance and Commitment Therapy)[9]の観点から捉え直し,イップス症状とACTにおいてターゲットにする変数との関連を明らかにすることで,イップスに対する効果的な心理的支援の糸口を見出すことができないかと考えた。

2021年に筆者らは,ACTの観点から292名の野球経験者を対象とした調査研究を行った[10]。その結果,送球イップスの傾向や送球時の不安や緊張が高い者は,①送球が失敗しないように投げている程度が高いこと,②自らの思考へのとらわれ(認知的フュージョン)が強いこと,③ミスに対してコーチ,監督,チームメイトから叱責される雰囲気があることが明らかとなった。

これらの結果から,思考と距離を置く介入がイップス症状の緩和に有効である可能性が示唆された。また,失敗しないようにスポーツをするのではなく,スポーツを行う本来の目的を見直すといった文脈の操作,ミスに対する叱責といった指導方法の改善がイップス症状の改善に重要であることが示唆された。今後は,本研究結果を踏まえ,イップス者に対するACTの効果検証を行う予定である。

さいごに

アスリートを支援するうえで,イップスやパフォーマンスの向上はその一部に過ぎない。今後,日本においては,アスリートのメンタルヘルス支援や,競技引退後のキャリアへの支援など,支援体制の構築が望まれる。ご関心がある方は,スポーツと認知行動療法SIG(Special Interest Group)[11]にもご参加いただければ幸いである。

  • 1. Clarke, P. et al. (2015) Int Rev Sport Exerc Psychol, 8, 156-184.
  • 2. 青山敏之他 (2021) 体力科学, 70, 91-100.
  • 3. Smith, A. M. et al. (2003) Sports Med, 33, 13-31.
  • 4. Mine, K. et al. (2018) J Phys Ther Sport Med, 2, 17-25.
  • 5. Moore, Z. E. (2009) J Clin Sport Psychol, 4, 291-302.
  • 6. Roberts, R. et al. (2013) Sport Psychol, 27, 53-61.
  • 7. Wang, I. et al. (2004) J Sci Med Sport, 7, 174-185.
  • 8. Bennett, J. et al. (2016) Int Rev Sport Exerc Psychol, 12, 14-27.
  • 9. Hayes, S. C. et al. (2012) Acceptance and commitment therapy (2nd ed.). Guilford Press.(ヘイズ他/武藤崇他監訳 (2014) アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT). 星和書店)
  • 10. Inoue, K. et al. (2023) Int Rev Sport Exerc Psychol. https://doi.org/10.1123/jcsp.2022-0057
  • 11. http://jabt.umin.ne.jp/sig/sports.html

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