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アートセラピーに魅せられて─塗り絵は人の心を夢中にさせるのか
昆野 照美(こんの てるみ)
Profile─昆野 照美
札幌市立大学大学院デザイン研究科修了。修士(デザイン学)。専門は認知心理学,色彩学,デザイン学。カラーユニバーサルデザインなど色覚の研究も行う。NPO法人北海道カラーユニバーサルデザイン機構理事。
アートセラピーとの出会い
小学生のころ,私は歯科医院に通院していた。歯科に喜んで通う人はいないが,そこは小学生の私にとって安心して通院できる場所であった。それは,なぜか? その医院の診察台の正面にはゴーギャンの絵が飾られ,加えてリラックスをさせる目的なのかいつもNHK-FMのクラシック音楽が流れていたからである。歯科医は,音楽と絵画をこよなく愛す方であった。現在は不安を和らげるための方法として絵画療法や音楽療法による知見が多くある。しかし,この例では,院長の芸術的な志向が,幼少の私と合致していたため,心地よい空間であったのかもしれない。その後,芸術の分野の中でも私は,絵画に最も興味を抱いた。絵画がなぜ人の心を打つのか,どのような絵画を見ることでポジティヴ感情が起こるのか,加えて絵画に含まれているどのような要素が感情にかかわってくるのかなどを調査したいと考えたのが私の研究生活のスタートである。思いついてから大学院に行くチャンスを狙っていたら20年以上がゆうに過ぎていた。
塗り絵の図柄と色選択
現在の私の研究の題材は,着色行動が気分や体調へ及ぼす影響[1]である。絵画療法には,風景構成法など患者の描いた図柄を臨床心理士などの専門家が複数の要素から分析する方法の知見は多数ある。また,専門家を伴わない描画も人の感情や気分へ影響を与えることが知られている[2]。しかし,色の効果を主にとりあげ研究しているものはほとんどみられない。そのため,描画における着色の研究を行うにあたり,塗り絵を対象にすることとした。
最近は書店の一角に塗り絵本のコーナーがあり,当初一過性のものと思われていた大人の塗り絵は市民権を得たと言ってもよい。それに対し塗り絵研究の知見はあまり多いとは言えない。塗り絵には説明するまでもなく着色するための図柄がある。海外の研究では塗り絵の不安低減が明らかにされている[3]。先行研究の多くはマンダラ図柄によるものであるが,私たち日本人が幼児期より慣れ親しんだ塗り絵はキャラクターや具象図柄が多い[4]。描画研究では,描く図柄によって感情への異なる影響が明らかにされており[5],静物画を描くとポジティヴ感情の向上が見られるが,対照的に,自身の現在の状況を描く場合は感情の変化に差は見られないことが明らかになっている。以上のことから,塗り絵の図柄がポジティヴ感情に異なる効果をもたらすのではないかと考えた。また,色選択については,赤と青のユニフォームの着用により対戦成績が異なる[6]という研究結果同様,同じ図柄に対する着色でも,用いる色が感情に異なる影響を及ぼす可能性がある。具体的には,暖色系(黄や赤)で塗ることと,寒色系(青,水色)で塗ることを比較すると,前者がポジティヴ感情により影響を与えるかもしれない。しかし,音楽療法では,悲しい曲を聴いた場合,感情が必ずしもより悲しく変化するわけではないという研究結果[7]もあるため,先行研究を参考に実験を重ねている。
デジタルによるアート体験
超高齢社会になり,在宅で過ごす自由時間はますます増加する。人々の気分転換には映画を観る,本を読むなど体に負担がかからないさまざまな方法がある。私たちが何かに夢中になることによってカタルシス効果が起きる可能性がある。スペインのアルタミラの遺跡の描画は,人が狩猟など基本的な生活を営むと同時に洞窟の奥で絵を描き創造性を育んでいたのではないかと推測されている。絵を描くのが苦手な場合でも,塗り絵への着色であれば比較的簡単な作業で満足感が得られる。今後は,着色をこつこつとアナログで行う方法と,デジタルによりマウス等で簡単に行う方法の違いが感情に及ぼす影響についても研究を続けていきたいと考えている。
- 1. 昆野照美・川端康弘 (2021) 日本色彩学会誌, 45(3 Suppl.), 56-59.
- 2. 吉岡聖美・蓮見孝 (2013) 日本デザイン学会, 60, 95-100.
- 3. Eaton, J., & Tieber, C. (2017) Art Therapy, 34, 42-46.
- 4. 小田久美子 (1998) 美術教育, 277, 60-65.
- 5. Diliberto-Macaluso, K. A., & Stubblefield, B. L. (2015) Psychol Aesthet Creat Arts, 9, 228-234.
- 6. Hill, R. A., & Barton, R. A. (2005) Nature, 435, 19.
- 7. Kawakami, A. et al. (2013) Front Psychol, 4(311), 1-15.
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