【第21回】
立命館大学総合心理学部教授/学部長 サトウタツヤ
キューバの心理学史、完結編です。革命後のキューバの心理学を扱います。社会と心理学の関係も見えてきますね。
キューバ─③
カリブ海に浮かぶキューバは,かつて「アメリカの裏庭」と呼ばれるほどアメリカに親和的で対米従属的な政権が国を統治していました。しかし,1959年1月,カストロやゲバラらが時のバティスタ独裁政権を倒し,革命政府を樹立するに至りました。さらにその政権が1961年に社会主義革命という性格を明確にして当時のソ連側の陣営についたことで米ソ間に深刻な対立をもたらし,1962年にはキューバ危機が起こりました。第三次世界大戦が始まるか?という緊迫した状況だったと言われています。
革命後のキューバでは,1961年のラスビージャス大学など,理学部の中に心理学専攻が設置されました。自然科学に根ざした心理学という考え方が強かったようです。そして,心理学を学んだ卒業生たちは,公衆衛生省(Ministry of Public Health:MINSAP)で心理士として働きはじめ,医療関係のさまざまな職の人びととチームを組むようになりました。この時から,キューバの医療は予防を重視するようになり,健康を社会的現象として捉えるようになっていったと言われています。そして1970年代には,キューバにおいても心理学を社会科学の中に位置づけようという動きが芽生え,臨床心理学,教育心理学,社会心理学などが(自然科学的な)心理学と一体化して一つの学科を構成するようになりました。心理士の養成も組織化されていきました。高校卒業後,大学で5年間学ぶことで資格を得ることができる制度です。これは学部3年+修士課程2年に相当するもので,ヨーロッパの大学のシステムに類似していると言えます。
公衆衛生省で働いていた心理士は1968年の時点では12名でしたが,1979年には300名の心理士と250名の心理測定士が働くようになりました[1]。医療を心理学によって社会に開き,人びとの健康を予防の観点から捉えることに成功したのがキューバ心理学の特徴の一つだと言えるでしょう。キューバの心理学者はすべてコミュニストであり民衆のニーズに応える姿勢が強いため健康心理学が盛んだという解説もあります[2]。
やがてキューバ出身の心理学者の活躍も始まりました。ハバナ大学出身のゴンザレス = レイ(Fernando Gonzales-Rey)は,初期の博士号レベルの心理学者の一人であり,キューバにおける人格と道徳的発達の実験的研究のパイオニアでした[3]。
彼や『キューバ心理学研究(The Revista Cubana de Psicología)』を創刊したバルカルセル(Eduardo Cairo Valcarcel)は当時のソ連に赴いて心理学を学んだため,ロシア心理学の影響が大きかったと言えます。バルカルセルは神経心理学者であり,ルリアと共に研究をしたことがありました。
学会組織も整い始めました。1974年にはキューバ健康心理学会が設立されました(the Cuban Society of Psychology of Health)。名前に健康と入っていますが,あらゆる専門分野のキューバ人心理学者を集めた先駆的な組織だったということです。1981年にはキューバ心理学会(Sociedad de Psichlogos de Cuba)が設立されました。
文献
- 1.Averasturi, L. G. (1980) Am Psychol, 35, 1090–1095.
- 2.Roca, I. (2018) Rev Puertorriquena Psicol, 29, 104–115.
- 3.Bernal, G. (1985) J Community Psychol, 13, 222–235.
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