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【特集】
空間認知の科学 最前線
カーナビや地図アプリを使うことが当たり前になっても,私たちはたびたび道に迷います。自身を取り巻く空間がどうなっていて,自分がそのどこにいるのか,というのは,案外重要な問題かもしれません。本特集は,そんな空間認知を理解したい探究者のナビゲーターとなるべく,いろいろな立場・視点の記事を掲載しています。
杉村伸一郎氏の記事は,空間認知発達の研究動向を分析しつつ,数的能力といった他の認知機能との関わりにも目を向けさせます。建築・都市計画が専門の北雄介 氏は,地理だけでなく心理が地図を作り,逆に地図が認知を作り出す「地図と認知の相互関係」に光を当てました。理論と実証の両輪で空間認知研究を世界的にリードしてきたケン・チェン氏の最新の考察は,空間認知を含む認知全体の統一理論を予感させます。佐藤暢哉氏による空間認知の神経基盤の解説は,地図もGPSも組み込まないで目的地までたどり着くロボットを作るなら,どんなシステムを組み込むだろうか,そんな想像をしながら読むと楽しんでいただけるかも。空間認知をめぐる旅を楽しむ一助となれば幸いです。(牛谷智一)
空間認知の発達─研究テーマの変遷と今後の課題
杉村 伸一郎(すぎむら しんいちろう)
Profile─杉村 伸一郎
名古屋大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。名古屋大学教育学部助手,神戸女子大学文学部助教授,広島大学大学院教育学研究科教授を経て,2020年より現職。博士(教育心理学)。専門は発達心理学。著書に『実験で学ぶ発達心理学』(共編著,ナカニシヤ出版),『教育・発達心理学(心理学研究の新世紀③)』(共編著,ミネルヴァ書房)など。
はじめに
私たちは,空間に生きている。空間において行動し,空間について思考する。具体的には,スマートフォンを探したり,目的地への移動中に道に迷ったり,折り紙を折ったり,データをグラフや図を用い可視化したりしている。言い換えれば,空間に関する情報や知識を,獲得し利用している。
空間に関する情報は,どのように貯えられているのだろうか。最初はばらばらかもしれないが,しだいに相互に関係づけられ,体制化された知識となる,つまり,空間表象や空間概念が形成されると考えられる。「空間認知の発達」研究における大きなテーマの一つは,この形成過程であった。
「空間認知の発達」を研究する方法は数多くあるが,見て興味をひかれるのは描画である。身近に幼児や小学校の低学年の子どもがいれば,A4サイズの用紙とクレヨン等のセットを用意し,山の下からてっぺんまで,家や木のある絵を描いてもらおう。描き終わったら,いま描いた家に煙突から煙が出ている絵を,ただし風は吹いていません,と言い添えて描いてもらおう[1]。
私が今回集めた絵を図1に示した。上の2枚は,予想どおりと言うか,期待どおりの絵であった。つまり,家や木が,鉛直ではなく,山の斜面に対して垂直に描かれている。また6歳児の絵では,右側の家の煙突から出ている煙が,下に向かって出ている。この2枚の絵と,図の下に示した8歳から13歳の絵を比較すると,質的な違いがあると感じる。
上記のような変化,難しく言えば,空間の組織化の水準や構成される空間関係は,操作の発達(一般的知能の発達)に依存する,と考えたのがピアジェ(Piaget, J.)であった。空間は多くの物から構成されているが,一つの物の認識でさえも,行為の協応を通して,知的に構築されると主張したのである[2]。その根拠は,自身の3人の子どもを対象にした,物の永続性に関する観察であった。
論文数の変化
その後の研究は,1960年代以降に,ピアジェの観察やピアジェが考案した「3つの山問題」等の課題を追試するところから行われた。私が「空間認知の発達」という研究の山に登り始めたのは,1980年代である。主観的な印象であるが,登山者が多く活気があった。1990年代には,「空間認知の発達研究会」が発足し,学会や合宿で議論が活発に行われ,本も出版された[3]。国内の研究だけでレビュー論文を書くこともできた[4]。しかし,2000年代以降は,学会に出かけても空間認知の発達に関する発表が少ないと感じることが多くなった。
そこで今回,この印象を,行動科学と社会科学を網羅するデータベースPsycINFOを用いて客観的に検証してみた。サブジェクト用語に“spatial cognition”がなかったため,まず,分類で“Cognitive & Perceptual Development”を指定し,次に,サブジェクトに“spatial”を含むものに限定した。さらに,ソースが学術専門誌で,年齢層を私が関心を持っているchildhood(birth-12 yrs)という条件で絞り込んだところ,2,381件であった(2023年10月13日に検索)。このデータを1960年代(1960~1969年)から10年単位で示したものが図2の棒グラフである。また,10年ごとの件数を同じ条件の“Cognitive & Perceptual Development”の件数で割った値を折れ線グラフで示した。
さて,結果を見ると,論文数は1980年代までは急激に上昇しているが,それ以降は横ばいに近い。しかし,“Cognitive & Perceptual Development”に分類された論文数は1960年代以降ずっと増加しているため,それを分母とした“spatial”を含む論文数の割合をみると,1970年代以降ずっと減少している。ちなみにこの傾向は2020年から2023年のデータにおいても同様であった。さらに悲しいことに,研究対象の年齢層がchildhood(birth-12 yrs)である論文全体における“Cognitive & Perceptual Development”のシェアは,1980年代の18%をピークに減少しており,2010年代は9%であった。したがって,子どもを対象にした研究全体における空間認知のシェアの低下傾向は,図2の折れ線の傾きの約2倍ということになる。
研究テーマの変遷
空間認知の発達に関する論文数やシェアが右肩上がりであればよかったが,そうでないからといって,それほど悲観する必要はない。「空間認知の発達」の山においても,新たな芽がたくさん出て,その中から大木が育ちつつある。
先ほどの2,381件のデータを使い,各論文におけるサブジェクトを抽出し,全期間で出現頻度が50以上のものを分類し,表1の左側に示した(今回は発達の時期に関するサブジェクトは除外した)。さらに,1999年までと2000年以降とに分けて,件数と各期間の論文数を分母とした割合を算出し,表の右側に示した。
2つの時期における変化が大きかった研究テーマを中心に表を見ていこう。まず「領域」では,知覚発達が減少している。具体的には,表の中ほどにある「知覚」において,形の知覚などが減少している。また,「年齢差・性差」や「表象・概念」に関する研究も減少気味で,後者では概念形成がかなり低下している。これらの変化を言い換えれば,空間はどのように知覚されているか,空間に関する情報はどのように体制化されているか,といった問いから出発し,空間認知の発達段階を明らかにするような研究が少なくなった,と言えるであろう。
それに対して,空間認知の発達を「能力」や「記憶」「思考等」のテーマと関連させた研究が増加している。この増加の背景として,ワーキングメモリに関する研究が活発に行われ,その中に視空間性の側面があること,空間認知の発達を教育や学習と関連づけながら研究するようになったこと,が考えられる。
今後の課題
最後に,研究テーマの移り変わりを踏まえつつ,私が興味や関心を持っている幼児教育や数能力の発達の観点から,今後の課題を検討しよう。
まず,研究テーマの「思考等」中では,空間学習の増加が目立っていた。これは,国内外でSTEM(Science, Technology, Engineering, and Mathematics)教育や空間的思考力の育成が重視されるようになってきたことと関係している。STEM学習では,前,左,裏といった空間言語を理解したり,グラフや図,地図などを読んだり作成したり,空間的な推論を行ったりする。そのため,これらのスキルを幼年期から身につける必要がある。
幼児期においては,読み書きや計算,そして近年では英語教育などが重視されることはあっても,空間的思考力の育成は積極的に行われてこなかった。しかし,海外の研究では,パズルや積み木などの空間的な遊びの量と,図形の心的変換を伴う課題の成績との間に関係があることが明らかにされており[5, 6],環境を通して教育を行うことを基本としている日本の幼児教育においても,さまざまな活動を通して,空間的思考が培われていると考えられる。
今後は,日本において以前から使われていた折り紙等も含め[7],幼児の空間的思考は,どのような場面で生起するのか,各場面で保育者はどのようにかかわっているのか,といった実態を明らかにしていく必要がある。また,積み木などの構成遊びにおいて,役割遊びと同程度に自己調整機能が働いていることが示唆されているため[8],空間的経験が発達に及ぼす影響を幅広く検討すべきであろう。
次に,研究テーマの「能力」の中から,算数能力を取り上げよう。空間と数との間には密接な関係がある。例えば,心的回転課題が得意な人は,数学の課題も得意な傾向があるだけでなく,心的回転の訓練を受けた子どもは,代わりにクロスワードパズルを解いた子どもに比べて,計算問題の成績が有意に向上した[9]。最近のメタ分析においても,空間的な訓練が算数や数学の成績を向上させることが確認されているが,そのメカニズムは不明である[10]。計算問題の成績に関しては,手指の巧緻性が影響することが明らかにされているため[11],積み木などの経験が手指の巧緻性を経由して算数能力に影響を及ぼしている可能性もあるだろう。
国内でも,小学生を対象にした研究で,空間言語や心的折り紙,そして心的数直線の得点が,算数の文章題テストや標準学力テストの得点と相関があることが示されている[12]。算数では図を描いて考えるよう指導することがあるが,線分図などで表現することで,問題の構造を整理し考えやすくなる。そのような図の基本が数直線で,幼児期から心的に形成されつつあるが[13],明らかにされていないことも多い。数と空間の初期の交わりに,空間認知の観点から積極的アプローチすることが期待される。
最後に,個人差について触れておきたい。イメージ能力の個人差に関する研究は以前からあったが,最近,あらためて注目を集めている。その契機は,2015年に,視覚的なイメージを思い浮かべることができない状態や,心的イメージの形成が難しい特質に対して,アファンタジアと命名されたことであった[14]。日本でも大規模な調査が行われ,成人では約3.7%存在することが明らかになっている[15]。
アファンタジアは,心的回転課題など行う場合,対象を心的に回転する以前に,対象を思い浮かべること自体が難しい。心的回転に限らず,空間的思考やその訓練は,視覚的イメージを使うことが多い。幼児や児童を対象にしたアファンタジアの研究は国内外でまだ行われていないが,成人と同程度の割合で存在するならば,空間的な訓練場面だけでなく,保育や教育場面においても,アファンタジアの子どもに対する配慮や支援が必要になるであろう。
最近の「空間認知の発達」の山の風景は,今後の課題で述べたように変わりつつある。登ってみようと思う人が増え,関連する論文数の変化が,1970年代から2050年代にかけて,U字型を描くことを願っている。
- 1.萩生田忠昭 (1993) 日本理科教育学会研究紀要, 34, 25–33.
- 2.ピアジェ, J. /中垣啓訳 (2007) ピアジェに学ぶ認知発達の科学. 北大路書房
- 3.空間認知の発達研究会編 (1995) 空間に生きる:空間認知の発達的研究. 北大路書房
- 4.杉村伸一郎 (1997) 空間認知. 日本児童研究所編, 児童心理学の進歩 1997年版(pp.26–52). 金子書房
- 5.Levine, S. C. et al. (2012) Dev Psychol, 48, 530–542.
- 6.Jirout, J. J., & Newcombe, N. S. (2015) Psychol Sci, 26, 302–310.
- 7.杉村伸一郎 (2018) Origamiの基礎的能力の発達:空間認知能力の観点から. 丸山真名美編, 保育・教育に生かすOrigamiの認知心理学(pp.31–60). 金子書房
- 8.藤翔平・杉村伸一郎 (2022) 発達心理学研究, 33, 12–24.
- 9.Cheng, Y. L., & Mix, K. S. (2014) J Cogn Dev, 15, 2–11.
- 10. Hawes, Z. C. et al. (2022) Dev Psychol, 58, 112–137.
- 11.Asakawa, A., & Sugimura, S. (2022) Acta Psychol, 231, 103771.
- 12.今井むつみ他 (2022) 算数文章題が解けない子どもたち:ことば・思考の力と学力不振. 岩波書店
- 13.浦上萌・杉村伸一郎 (2015) 発達心理学研究, 26, 175–185.
- 14.ケンドル, A. /髙橋純一・行場次朗訳 (2021) アファンタジア:イメージのない世界で生きる. 北大路書房
- 15.Takahashi, J. et al. (2023) Front Psychol, 14, 1174873.
- *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。
- 謝辞:描画の収集にご協力いただいた濱田祥子さんに心よりお礼申し上げます。