公益社団法人 日本心理学会

詳細検索

心理学ワールド 絞込み


号 ~

執筆・投稿の手びき 絞込み

MENU

刊行物

  1. HOME
  2. 刊行物のご案内
  3. 心理学ワールド
  4. 104号 空間認知の科学 最前線
  5. 随意性の呼吸位相が視覚的注意課題の成績に及ぼす影響を調べる

【小特集】

随意性の呼吸位相が視覚的注意課題の成績に及ぼす影響を調べる

一川 誠
千葉大学大学院人文科学研究院 教授

一川 誠(いちかわ まこと)

Profile─一川 誠
大阪市立大学文学研究科後期博士課程修了。博士(文学)。山口大学時間学研究所客員教授を兼任。人間の知覚認知過程や感性の特性についての実験心理学的研究に従事。単著に『仕事の量も期日も変えられないけど,「体感時間」は変えられる』(青春出版社)など。

きっかけ

呼吸においては息の吸入(吸息)と吐き出し(呼息)が周期的に繰り返される。この周期を構成する各段階を呼吸位相と呼ぶ。ここ数年,さまざまな知覚認知課題の成績が随意的な呼吸の位相によってどのような影響を受けるのか調べている。

この問題に興味を持ったきっかけは,筆者の近親に武道の指導者が複数おり,親族内での酒席などで,呼吸を重視する彼らのやりとりに興味を持ったことにあった。彼らは,たとえば,随意的な呼吸に関して,「吸うは虚の息,吐くは実の息」との表現で,呼息の吸息に対する優位性を指摘した。すなわち,息を吸っているときは隙ができやすく,無防備な状態であるのに対し,吐いているときは準備ができた状態にあるというのである。そのため,相手と対峙する際には,相手の呼吸を把握し,相手の吸息の際に攻撃を仕掛けたり,相手の呼吸の位相を操作したりすることも重要と指摘した。

彼らのこうした呼吸位相に関する指摘は,実証科学に基づく知見から得られたものではなく,競技における個人的体験に基づくものであった。ところが,呼吸位相が人間の行動に及ぼす影響についての先行研究を調べると,武道を中心とした日本のスポーツ科学の領域で,1950年代から,攻撃に適した呼吸位相や,相手に隙ができる呼吸位相に関する研究が行われ,呼息の吸息に対する優位性を見出した研究もあることがわかった[1]。こうした研究の成果に基づき,剣道や柔道などでは,相手と対峙する際には,下腹(丹田,ヘソ下3寸程度)に意識を集中させ,吸う息を短く,吐く息を長くする「長呼気丹田呼吸法」が有効とされている[2]

しかしながら,そうした呼吸位相の効果にどのような心理学的な基礎があるのかはまだあまり解明されていない。そこで,我々の研究室では,オーソドックスな知覚認知心理学的課題の成績が呼吸位相によってどのように変動するか検討してきている。ここでは,そのいくつかの成果について紹介しよう。

随意的な呼吸位相調整

我々の研究では,主に,実験参加者が随意的に調整できる呼吸位相が知覚認知課題の成績に及ぼす効果について調べている。呼吸位相が身体の状態や身体運動課題成績に及ぼす効果を調べた研究の多くは,非随意的で自発的な呼吸の位相の効果を調べている。本研究であえて随意的な呼吸を扱っているのは,もともと武道における呼吸位相に対する関心が基礎にあったことによる。というのも,武道においては,相手と対峙する際の自分の呼吸の随意的な制御が関心の対象となっているからである。

実験の各試行で実験参加者は,随意的に呼吸位相を調整しながら,さまざまな知覚認知課題を遂行する。実験では,1試行1呼吸の割り当ての原則で,呼吸位相(呼息,吸息)×タイミング(呼吸中,呼吸終了後)の4通りの条件を用いることが多い。たとえば,呼息×呼吸中の条件では,息を吐き始めたタイミングで実験参加者がスタートキーを押した。吸息×呼吸後の条件では,息を吸いきったタイミングで息を止め,実験参加者はスタートキーを押した。スタートキーが押された後,一定の時間間隔以降で知覚認知課題用の画像がディスプレイに提示され,実験参加者はその課題を遂行した。

損失利得法を用いた検討

視覚的注意の特性についての研究におけるオーソドックスな研究手法に損失利得法(cost-benefit method)がある。典型的な損失利得法では,2つの刺激提示領域の一方を指示する手がかり刺激を提示した後,2つの領域のどちらかにターゲットを提示する。実験参加者には,できるだけ速く正確に,ターゲットに対応したキーを押すことが求められる。手がかり刺激が提示されない中立条件と比べて,手がかりの指した領域にターゲットを提示したことによる反応時間の短縮や正答率の上昇を利得,手がかりの指したのとは異なる領域にターゲットを提示したことによる反応時間の伸張や正答率の低下を損失として,それらが呼吸位相(呼息,吸息)×タイミング(呼吸中,呼吸後)の4通りの条件によってどのように変動するのか調べた[3]

視覚的注意には,瞬間的な輝度変化に強制的に惹きつけられる外発的注意と,観察者自身が意識的に注意を向ける内発的注意がある。実験では,注視点の左右に設定されたターゲット提示領域の枠の幅を瞬間的に太くする外発的注意条件ブロックと,注視点の上部に左右どちらかを指す矢印手がかりを提示し,矢印の向いた領域に実験参加者に注意を向けさせる内発的注意条件ブロックを設けた。

実験の結果,外発的注意と内発的注意で,呼吸位相の影響が異なることがわかった。まず,外発的注意に関しては,どの呼吸位相とタイミングでも明確な利得が得られ,損失は呼息の方が大きくなった。他方,内発的注意に関しては,利得は吸息より呼息の方が大きくなること,損失は,呼吸後のタイミングで,呼息より吸息で大きくなることが示された。これらの結果は,内発的注意に関して,利得と損失の両方において,吸息に対する呼息の優位性があることを示唆している。

視覚的探索を用いた検討

視覚的注意の特性について調べる研究手法として視覚的探索課題がある。複数の妨害刺激の中からターゲットを探し出す課題である。ターゲットと妨害刺激が単独の特徴次元で区別される場合,妨害刺激の数が増えても,ターゲットはすぐに見出される(特徴探索)のに対し,ターゲットと妨害刺激とが複数の特徴次元で区別される場合,妨害刺激の数が増えるに従って,ターゲット探索に要する時間が長くなる(結合探索)。特徴探索が行われる条件と結合探索が行われる条件において,探索時間は呼吸位相によってどのように変動するのか調べた[4]

ターゲットと妨害刺激が単独の特徴次元で区別される特徴探索条件では,ターゲットは縦長の黒い長方形,妨害刺激は横長の黒い長方形であった(刺激の方位の次元でターゲットと妨害刺激が区別された)。ターゲットと妨害刺激が複数の特徴次元で区別される結合探索条件では,ターゲットは縦長の黒い長方形,妨害刺激は横長の黒い長方形,縦長の白い長方形,横長の白い長方形であった(刺激の方位と明るさの2つの次元でターゲットと妨害刺激が区別された)。ターゲットと妨害刺激とを合わせた刺激数(セットサイズ)は2,4,8,16の4段階であった。特徴探索条件,結合探索条件はそれぞれブロック化され,4通りの呼吸位相,呼吸タイミング条件で,セットサイズ×ターゲットの有無の8通りの条件がランダム順で10回繰り返し提示された。実験参加者は,各刺激画像にターゲットがあるか否かできるだけ速く正確にキー押しで判断することを求められた。

結果として,特徴探索条件では,ターゲットはどの条件でも速く見出され,反応時間,探索率(反応時間をセットサイズで割ったもの)いずれにおいてもセットサイズ,呼吸位相条件による明確な効果は認められなかった。他方,結合探索条件では,セットサイズが大きくなるにつれ,反応時間が長くなった。吸息より呼息で長い探索時間が認められ,探索率も吸息より呼息の方が大きかった。これらの結果は,視覚的注意の関与を必要とする結合探索課題においては,呼息に対する吸息の優位性があることを示唆している。

まとめ

これまでの実験のうち,損失利得法を用いた実験の結果は,内発的注意に関して,利得と損失の両方に関して,吸息に対する呼息の優位性があること,しかしながら,視覚探索課題では,結合探索課題において,むしろ呼息に対する吸息の優位性があることが示された。これらの結果から,呼吸位相や課題実施タイミングの効果は,注意課題の内容によって変動するものと推察される。武道における随意的呼吸位相調整も,目的に応じて行う必要があるのかもしれない。

呼息の優位性の基礎には,副交感神経の興奮,交感神経の抑制,吸息における副交感神経の抑制,交感神経の興奮が関係していることが示唆されている[4]。先行研究でも,正確さやスピードが重要な課題成績は呼息により促進されるのに対し,筋力を必要とする課題成績は吸息により促進されることが指摘されている[5]。今後,さまざまな知覚認知課題が呼吸位相やタイミングによってどのような影響を受けるのか解明されることを期待している。

  • 1. 永田晟(2000)呼吸の奥義:なぜ「吐く息」が大切なのか.講談社ブルーバックス
  • 2.秋山知丈・片岡暁夫(2003)日本体育学会大会号 第54回,174.
  • 3.小池俊徳・一川誠(2019)VISION, 31, 87-100.
  • 4.一川誠(2014)VISION, 26, 57.
  • 5.永田晟(2012)呼吸の極意:心身を整える絶妙なしくみ.講談社ブルーバックス
  • *COI:本稿に関連して開示すべき利益相反はない。

PDFをダウンロード

1