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【小特集】

呼吸と健康─心拍変動バイオフィードバック

榊原 雅人
愛知学院大学心理学部 教授

榊原 雅人(さかきばら まさひと)

Profile─榊原 雅人
愛知学院大学大学院博士後期課程満期退学。博士(文学)。専門は応用心理生理学,臨床心理学。2012年より現職。公認心理師,臨床心理士,バイオフィードバック認定国際機構(Biofeedback Certification International Alliance: BCIA)有資格者。

息を吸うと心拍数が増加し,息を吐くと心拍数が減少する。呼吸に伴うこのような心拍のゆらぎは呼吸性洞性不整脈(respiratory sinus arrhythmia)と呼ばれる生理的現象である。正常成人の呼吸数はおよそ12~20回/分であるが,たとえば意図的に呼吸を遅くすると心拍のゆらぎの程度(呼吸性洞性不整脈の振幅)はそれに伴って大きくなり,反対に速い呼吸では小さくなる[1]。ちなみに心臓の拍動は呼吸活動のほかにも血圧などの影響を受けてゆらいでおり,これを心拍変動(heart rate variability)と呼ぶ。図1(A)のように,心電図のR波間隔を測定することによって心拍変動の振る舞いを捉えることができる(R–R間隔の短縮は心拍数増加に,延長は心拍数低下に対応する)。心臓の拍動のペースメーカである洞房結節は交感神経と副交感神経の影響を受けるため,心拍変動を詳細に分析すると自律神経活動の様相を知ることができる。

さて,ゆっくりとしたペースの呼吸を行うと上述のように心拍変動の振れ幅は大きくなると予想される。しかし,あるペース,すなわち“約6回/分のペース呼吸”においては心拍変動が著明に増大することが知られている。また,このようなペース呼吸(おおむね5秒吸気・5秒呼気)をもとに大きく振れる心拍変動を維持するトレーニングのことを心拍変動バイオフィードバック(heart rate variability biofeedback)と呼ぶ。近年,この手順を継続的に練習することで抑うつや不安などのストレスに関わる症状が改善することが報告されている[2]。本稿は呼吸と健康の観点から,心拍変動バイオフィードバックの特徴について紹介する。

技法の特徴

心拍変動バイオフィードバックに関する一連の研究は1980年代にエフゲニー・G・ヴァシロらのグループによって始められた。彼ら[3]は5名の宇宙飛行士を対象として,刻々と変化する瞬時心拍数をモニタ画面に呈示し,これを意図的に変化させる実験を行った。この際,ゆっくりと移動するサイン波が同じ画面に映し出され,参加者はこれに合わせて自らの瞬時心拍数をコントロールするよう求められた(このとき瞬時心拍数を変える方略についてはいっさい説明されなかった)。いくつかの周波数(サイン波)条件を比較したとき,瞬時心拍数の変動(心拍変動)は0.1Hzに近い条件で著しく増大した。この際,ほとんどの参加者は“呼吸”を通じて瞬時心拍数をコントロールしていた。これらの結果から,ヴァシロらは心臓血管系には約0.1Hzで共鳴を起こす性質があることを見出し(共鳴とはある振動システムaに対して他のシステムbから同じ振動で刺激を与えると,システムaの振動幅が増大する現象のこと),当該周波数の振動(すなわち,0.1Hz = 6回/分のペース呼吸)を与えることによって自律神経の調節機能を刺激し,結果的にそれを向上させることができるのではないかと考えた。実際,この手順を神経症患者に適用すると,胸部不快感,頻脈または徐脈,気分不安定,焦燥感などの症状が軽減した[4]

その後,「共鳴周波数のペース呼吸」の手順は,研究と臨床応用の目的で心拍変動バイオフィードバック・プロトコルとして整えられていった[5, 6]。これには心拍変動を測定して個人の共鳴周波数を特定し,当該周波数のペース呼吸を日常で継続的に練習することなどの要領が盛り込まれている。具体的に,共鳴周波数は4.5~6.5回/分の範囲で個人毎に異なるため,最も大きな心拍変動が現れるペースを特定する。また,ペース呼吸は1度に20分程度練習し1日に2セット行う。これらを2~3週間練習すると心拍変動の振る舞いを自ら十分に理解できるようになり,4~5週間で修得することが可能となる。ただし,練習中は過呼吸症状や呼気の終わりに期外収縮(脈の乱れ)が起こることがあるので注意が必要である[2]

臨床的効果

心拍変動バイオフィードバックはストレスに関連した臨床的症状を緩和することが報告されている。具体的に,この技法を実施した喘息患者は統制群(通常治療のみ)に比べて投薬量が有意に減少し,介入終了時に中等症から軽症に改善した[7]。一方,大うつ病患者では当該の訓練を通じて複数の抑うつ尺度得点に有意な低下がみられ[8],線維筋痛症患者ではうつ尺度と痛み尺度得点が有意に低下した[9]。この他,慢性疼痛[10],心的外傷後ストレス障害[11],不眠[12]などにおいても症状の緩和が確認され,近年はアスリートのパフォーマンス改善にも利用されている[13]。このような研究の多くは症状の改善とともに安静時の心拍変動の増加を報告しており,訓練によって自律神経活動のベースレベルが変化することが示唆されている。ちなみに,抑うつや不安などの状態は心拍変動を減少させることが知られている[2]

心拍変動バイオフィードバック研究の系統的レビューとメタ分析は,小~中程度の効果量(Hedges’ g=0.37)を示しており,ポール・M・レーラーら[14]はこの技法が補完的な治療として有用であると結論づけている。

生理学的な作用機序

上述のように,共鳴周波数のペース呼吸によって心拍変動は著しく増大する。このときの呼吸,心拍変動,収縮期血圧の関係を図1に示した。はじめに,呼吸(B)と心拍変動(C)に注目すると,呼吸性洞性不整脈の働きによって吸気でR–R間隔が短縮し呼気で延長しているのがわかる。次に,収縮期血圧(D)と心拍変動(C)の変化をみると,血圧の低下に続いてR–R間隔の短縮が生じている(血圧増加のときはR-R間隔の延長)。このような血圧と心拍の相互作用は圧反射(baroreflex)と呼ばれ,血圧を一定に保とうとするホメオスタシスが働いていることを示している。圧反射の過程では,たとえば血圧の上昇に際し,大動脈弓や頸動脈洞にある圧受容体から孤束核(nucleus tractus solitarius)に情報が送られて心拍数と血管緊張の低下が起こる(血圧低下の際は反対の作用)。このように,共鳴周波数のペース呼吸においては呼吸性洞性不整脈と圧反射がほぼ同じタイミングで作動し,両者が心拍を同じ方向へ導くことによって顕著な心拍変動が現れる。

図1 共鳴周波数(6回/分)ペース呼吸の際の呼吸,心拍変動,収縮期血圧(ある実験参加者の例)
図1 共鳴周波数(6回/分)ペース呼吸の際の呼吸,心拍変動,収縮期血圧(ある実験参加者の例)

心拍変動バイオフィードバックは孤束核を通じ上位中枢にも影響を及ぼしている。特に,情動の生成や調節に関与する領域(すなわち,大脳辺縁系,帯状皮質,前頭前皮質)の血流を増加させ,大脳辺縁系と前頭前領野の結合性にも影響を与えることが報告されている[15]。これらの知見は心拍変動バイオフィードバックにおける感情調整のメカニズムを反映しているかもしれない[14]

以上,心拍変動バイオフィードバックの特徴について解説した。リラクセーション反応をもとにしたストレスマネジメント技法がこれまでにもいくつか知られているが,心拍変動バイオフィードバック(共鳴周波数のペース呼吸)は自律系ホメオスタシスの生理学的基盤に直接働きかけるユニークな方法である。

  • 1.Hayano, J. et al. (1994) Am J Physiol, 267, H33–40.
  • 2.Lehrer, P. M., & Woolfolk, R. L. (2021) Principles and practice of stress management (pp.264–302). Guilford Press.
  • 3.Vaschillo, E. G. et al. (1984) Human Physiol, 10, 402–408.
  • 4.Chernigovskaya, N. V. et al. (1990) Human Physiol, 16, 105–111.
  • 5.Lehrer, P. M. et al. (2000) Appl Psychophysiol Biofeedback, 25, 177–191.
  • 6.Lehrer, P. et al. (2013) Biofeedback, 41, 98‒109.
  • 7.Lehrer, P. et al. (2004) Chest, 126, 352–361.
  • 8.Karavidas, M. K. et al. (2007) Appl Psychophysiol Biofeedback, 32, 19–30.
  • 9.Hassett, A. L. et al. (2007) Appl Psychophysiol Biofeedback, 32, 1–10.
  • 10.Berry, M. E. et al. (2014) Glob Adv Health Med, 3, 28–33.
  • 11.Zucker, T. L. et al. (2009) Appl Psychophysiol Biofeedback, 34, 135–143.
  • 12.McLay, R. N., & Spira, J. L. (2009) Appl Psychophysiol Biofeedback, 34, 319–321.
  • 13.Paul, M. et al. (2012) Asian J Sports Med, 3, 29–40.
  • 14.Lehrer, P. et al. (2020) Appl Psychophysiol Biofeedback, 45, 109–129.
  • 15.Mather, M. (2019) The annual meeting of the Society for Psychophysiological Research. Washington, D.C., September, 27–29.
  • *COI:本稿に関連して開示すべき利益相反はない。

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