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あなたの周りの心理学

「かわいい」は 見た目で 決まるのですか?

入戸野 宏
大阪大学大学院人間科学研究科 教授

入戸野 宏(にっとの ひろし)

Profile─入戸野 宏
博士(人間科学)。専門は実験心理学・心理生理学。著書(単著)に『「かわいい」のちから:実験で探るその心理』(化学同人),『見るだけで心が整うかわいい動物の写真』(アスコム),『心理学のための事象関連電位ガイドブック』(北大路書房)。

いいえ,「かわいい」を決めるのは見た目だけではありません。でも,見た目も大切です。「結局どっちなの?」という声が聞こえてきそうですが,この関係を理解するために,心理学の考え方に基づいて整理してみましょう。

「かわいい」と感じる仕組み

にこにこしている赤ちゃんや,あどけない動物,推しのアイドルの写真や動画をみると,思わず「かわいい!」という声が出てしまいますね。それは赤ちゃんや動物,アイドルがかわいいから無条件に生じることなのでしょうか? 周りを見るとそんなに反応していない人たちもいます。この違いはどこから生まれるのでしょうか?

私たちがある感情を抱くのは,相手(対象)のせいではなく,相手と自分との関係について意識的・無意識的に考えた結果です。この過程のことを「認知的評価」といいます。たとえば,人ごみで足を踏まれたとします。痛いと思うのは自然な反応です。でも,それによって怒りを感じるかどうかは,痛みだけでは決まりません。明らかに悪気がありそうな人なら腹が立ちますが,不注意を申し訳なさそうに謝ってくる人なら許してあげるでしょう。同じ痛さであっても,認知的評価によって,どのような感情が生じるかが変わってくるのです。

「かわいい」も同じことです。かわいいと感じられやすい見た目の特徴というのがあります。動物行動学者のコンラート・ローレンツは1943年に「赤ちゃん図式(ベビースキーマ)」というアイデアを提案しました[1]。ヒトがいとおしいと感じて抱きしめたくなるような見た目の特徴があるというのです。たとえば,身体に比べて大きな頭,前に突き出たおでこ,顔の下の方にある大きな目といった特徴です。こういった特徴のある顔は,実物であっても,イラストであっても,かわいいと感じられます。日本の赤ちゃんの顔を集めて,かわいいと感じられやすい顔に共通する特徴を探ったところ,確かに似たような特徴が認められました[2]

「見た目」も大切だが,それだけではない

このように,かわいいと感じられやすい見た目があることは確かです。私たちは生きていくために,出会った対象が自分に害を与えるものなのか,益を与えるものなのかといった判断を,さまざまな手がかりを集めることで行っています。見た目はそのときの大きな情報源となります。「かわいい」について見た目が大切というのはこういった理由です。

しかし,見た目がかわいいからといって,かわいいと感じられるとはかぎりません。反対に,見た目はかわいくないけど,かわいいと感じられることもあります。これは先ほど説明した認知的評価によるものです。対象が持つ「かわいさ」とその人が感じる「かわいい」感情とを区別して考えると「かわいい」にまつわるいろいろな疑問が解けていきます[3]

図1 「かわいい」感情のモデル 文献4
図1 「かわいい」感情のモデル[4]

図1に「かわいい」感情のモデルを示します[4]。私たちは環境のなかのいろいろな手がかり(刺激)の特徴(属性)を知覚しています。ベビースキーマだけでなく,笑顔や丸み,ある種の色などは,一般的にかわいいと知覚されます。これは個人の好みとは関係ありません。ピンク色が好きでない人でも,それがかわいい色だということは分かります。次に,こうした手がかりに基づいて,自分と対象との関係性についての認知的評価が行われます。その結果,対象が自分に危害を加えないポジティブなものであると分かれば,近づいて関わりたい,見守りたいといった心理状態が生まれます。これが「かわいい」感情です。この感情は,英語やスペイン語では「やさしい(tender, tierno/tierna)」という言葉で表現されることもあります[5]

最近の研究は,個体の見た目を中心とするベビースキーマ説を超えて,社会的な関係性・親和性が「かわいい」感情と関連することを示しています。たとえば,子どものかわいさは見た目だけでなく,性格についての情報によって変わります。やさしい性格だと知らされた子どもはよりかわいいと感じられるようになり,意地悪な性格だと知らされた子どもはかわいいとは感じられなくなりました[6]。また,相手が人であってもロボットであっても,1人よりも2人でいるときの方が,また2人がばらばらでいるよりも社会的につながって見える方が,よりかわいいと感じられました[7]

「かわいい」と感じる気持ちに注意を向けよう

インターネットの動画サイトやSNSには,かわいい動物や赤ちゃんを紹介する投稿があふれています。そういったものを次から次へと見て,時間を無駄づかいしてしまったことはありませんか?

もっともっとかわいいものが見たいという気持ちはよく理解できます。でも,先に述べた「かわいい」感情が生じる仕組みに基づけば,いくら外部に手がかりを求めても「かわいい」感情が満たされることはありません。かわいいと感じるのはあなた自身なのですから。かわいいものの大量消費をいったん中断して,対象に向いている注意を自分の方に向けなおしましょう。そして,かわいいと感じている自分の心の状態をしっかり味わってみてください。胸が温かい,顔の表情がゆるんで微笑んでいるといった自分の身体の変化に気づくことで,やさしい気持ちをより強く感じることができるでしょう。

自分の「かわいい」を取り戻せ

メディアでは,容姿やファッション,メイクなどに対しても「かわいい」という形容詞がよく使われます。ここでも見た目の「かわいさ」に注目が集まっています。でも,これまで述べてきたように「かわいい」感情はそれぞれの人の心の中で作られるものです。だから,かわいいと感じる気持ちそのものは,間違いなくあなたのものです。誰かが言った「かわいい」に左右されたり,他の人と比較したりする必要はありません。何かをかわいいと感じることができたら,そのときのやさしい気持ちの一部を自分にも分けてあげてください。こういったものをかわいいと感じられる自分ってかわいいなと素直に思えたらラッキーです。自分の感覚を頼りに自分の「かわいい」を取り戻してみましょう。

  • 1.Lorenz, K. (1943) Z. Tierpsychol, 5, 235–409.
  • 2.Nittono, H. et al. (2022) Front Psychol, 13, 819428.
  • 3.入戸野宏(2019)「かわいい」のちから:実験で探るその心理.化学同人
  • 4.Nittono, H. (2016) East Asian J Pop Cult, 2, 79–95.
  • 5.Nittono, H. et al. (2023) SAGE Open, 13.https://doi.org/10.1177/21582440231152415
  • 6.Takamatsu, R. et al. (2023) PLOS ONE, 18, e0279985.
  • 7.Shiomi, M. et al. (2023) PLOS ONE, 18, e0290433.
  • 本稿の執筆は科研費21H04897の一環として行いました。

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