新谷 優 氏(にいや ゆう)
Profile─新谷 優 氏
ミシガン大学ラッカム大学院心理学部博士課程修了。Ph.D.(社会心理学)。ミシガン大学Institute for Social Researchポスドク研究員,法政大学グローバル教養学部助教,准教授を経て現職。専門は社会心理学,文化心理学。2018年スタンフォード大学心理学科客員研究員。著書に『自尊心からの解放:幸福をかなえる心理学』(単著,誠信書房)など。
新谷先生へのインタビュー
─先生の研究テーマについて教えてください。
心理学をやっている人は自分の問題を研究テーマにする人が多いと思いますが,私の場合は自分の弱いところが気になっていました。最初は,失敗をした時に自尊心がどうしてこんなに傷つくんだろうということや,失敗してへこたれる人とそれをバネに成長していく人は何が違うのかということをテーマに掲げ,自尊心の研究をしてきました。そのうち,自分のことばかり気にしていることこそが問題なんじゃないかと気づき,もう少し周りの人に目を配ることによって自分も救われるのではないかと考えました。最近では援助行動について研究しています。他者への援助は,人のためにやってはいるけれども,結局それをすることによって 対人関係が良くなったり,自尊心が高まったり,自分にもポジティブな波及効果が生まれることが面白いと思っています。ただし特に日本人では,困ってる人がいてもなかなか自分から進んで援助をしません。そこで最近の一番の関心事は「お節介」です。
─研究を通して目指していることはどんなことでしょうか。
どんな研究者も同じかと思いますが,もっと生きやすい世の中になればいいなと考えています。自分だけが楽になるのではなく,周り全体が生きやすくなる社会を作りたいと思います。他人に対して無関心なところを目の当たりすると,「ちょっとお節介すれば解決するのに」と思うことがあります。町ですれ違う人がちょっとずつお節介をする世界になれば,それだけでいろんな問題が解決するのではないでしょうか。人が援助をしないのは,人間が冷たいからとか,相手に関心がないからといった理由ではなく,特に日本人の場合は,援助をして相手に嫌われたらどうしようとか,自分が傷つくことが怖いから手を出さないでおこうとか,考えすぎてしまうところがあるのでしょう。先ほどの自尊心とも関連しますが,もっと傷つきにくい自分になれば,お節介をして相手から迷惑がられてもそれほど傷つきませんし,反対に相手が援助を喜んでくれれば大きな効果を生むと思います。そういうことに繋がればと思って研究をしています。
─先生は文化心理学をご専門の一つとされています。文化心理学という枠組みから援助行動について検討することには,どんな背景がありますか。
私は帰国子女でした。その異文化体験の影響から,「文化の違いでどうしてこうも違うのか」といった疑問は自然に浮かび,これは文化心理学に繋がる原動力の一つだったと思います。もう一つはもっとプラクティカルな意味合いです。アメリカの大学院に留学した時,留学生がやる研究となると,どうしても文化の要素を期待されました。アメリカの研究者はアメリカ人を対象にいろいろな実験をしていましたが,私が日本人を対象にやった実験を報告すると「それって日本文化の影響ですか?」といった質問が出てくることが,ちょっと私には悔しくもありました。もちろん文化による違いもあります。しかし私がいろいろな文化を体験して思ったことは,表面上は異文化間で行動の違いがみられるけれども,失敗するとへこんだり,褒められると嬉しかったりといった根本的なところは変わらないのではないかということです。そのため,文化差を検証したいというモチベーション自体はあまりありません。研究では日本とアメリカのデータを両方とったりもしますが,それは文化差をみるためというよりも,本当に一般化できるのかを確かめたくてやっています。
─先生は海外での研究の経験もおありですが,どういった体験でしたか。
海外はすごく刺激的でした。大きな研究大学に留学やサバティカルに行けたおかげもあって,毎日が学会のようでした。世界各地から研究者が来て,研究発表や議論をしたり,講演会があったり,そういう場がほぼ毎日ありました。それが心理学部だけではなく,隣の学部やいろいろなところで同時進行していました。日本では学会や講演会が年に数回ある程度ですが,アメリカだと普段の生活の中でも「こういう発表あるけど行く?」といった感じで日常的に勉強する機会がありました。そういった場に参加すると,関係ないと思っていたところからも研究のヒントが得られることもありました。
─研究活動を続けるあたって,研究テーマをどのように発展させておられるのでしょうか。
その当時は興味があるからという理由でいろいろな研究をやってはいますが,今振り返ってみると,自分の関心事として一本通っているものがあることに気づきます。学生の時は,自尊心の研究と甘えの研究をそれぞれ別の先生とやっていました。当時は両者の接点を意識していませんでしたが,最近になってそれほどテーマが離れていないことに気づきました。自尊心の研究が行き着く先としては,人を助けることによって自分も救われるといった話に繋がります。甘えには,援助を求めるという意味もあり,また甘えを受け入れることが援助でもあります。一見異なる研究にみえても,結局はどこかで繋がってくると思うので,無理やりテーマを繋げる必要はなく,いろいろなことに目を向けて研究ができるといいと思います。そのためには共同研究者の存在は大きいですね。一人で全部はできないので,たまたま一緒に研究をした人の影響から自分の興味も広がって,研究のレパートリーが増えていくこともあるでしょう。
─最後に,若手研究者に一言お願いします。
研究をやっていると,やはりその研究が好きか嫌いかをどこかで感じていると思います。研究をやろうとしている人は,何かしら研究が面白いと思ってここまで来ていると思いますが,その「面白いからやる」というスタンスが一番大切だと思います。やりたくてやっている研究の方が絶対面白いし,アイデアも出てきてより良い研究になると思います。なので,本当にワクワクするかを自分に問い直してみて,自分の中の原動力を探り当てていくことが長続きの秘訣かと思います。興味がある研究をしていく中で,たとえ周りの研究者や査読者に面白いと思われなかったとしても,それは相手がまだ面白さに気づいていないのかもしれません。一つの学術誌で評価されなくても,他の学術誌にはその研究に関心をもってもらえることもあります。自分の研究が面白くないわけではなく,面白さをちゃんと伝えられていないかもしれないという視点をもち,面白いと思ってくれる人を探すことも大事だと思います。
聞き手はこの人
インタビューを終えて
今回のインタビューでは,新谷先生のこれまでのご研究の経緯や,その背後にあるお考えを中心にお話をうかがいました。印象的だったのは,例えば,援助-被援助関係において,援助者側が実は援助されている側面があるということなど,人と人とが共に生きる中で体験する事象をていねいに見つめ,それを研究に反映しておられることでした。紙幅の都合で全てをご紹介できないことが残念ですが,新谷先生のお話から,人々の現実的な生活に根差した研究を行うことの大切さを改めて意識しました。また,日々の生活で出会う素朴な疑問や興味関心を大切にすることや,他領域の研究者やさまざまな機会との接点から視野を広げていくことの重要性を感じました。
研究テーマ
私は,教師の職場における援助要請をメインテーマに研究をしています。また,スクールカウンセラーとして臨床実践にも携わっています。学校が,子どもはもちろん,子どもたちを支える教師にとっても安心できる場であることが重要だと考え,組織風土をはじめとする教師を取り巻く環境要因に着目して研究を行ってきました。今後も教師の相互的な援助要請や協働の促進につながるような研究を行い,その知見を臨床実践にも活かしたいと思っています。
Profile─さかい まきこ
名古屋大学心の発達支援研究実践センター 講師。名古屋大学教育発達科学研究科心理発達科学専攻博士後期課程修了。博士(心理学)。専門は臨床心理学,教育心理学,学校心理学。共著論文に「小学校教師の職場における援助要請に関わる要因の検討」『教育心理学研究』67, 236-251, 2019など。
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