説明の心理学
山本 博樹(やまもと ひろき)
Profile─山本 博樹
博士(学術)。専門は教育心理学。2016年より現職。著書に『教師のための説明実践の心理学』『公認心理師のための説明実践の心理学』(ともに単編著,ナカニシヤ出版)など。
受け手を「明らかに」しない問題
「・・・生徒をこきおろし,・・・自分をいつも彼らよりえらい者に見せかけようとしている教師たちの間違った威厳を,私はここで指摘せずにはいられない。」[1]
「教師」が威厳をかざしても「教師」の声は生徒には届きません。教育学の古典である『エミール』の中で,ルソーは生徒たちが「熱病にかかったライオン」のように「教師」の説明に耳を傾けなくなるといいます。間違った説き方に我慢ならないという生徒の意思にいたく同感します。
一方で「教師」の字義を調べると「学術・技芸を教授する人」とあり(広辞苑第二版),この限りではだれもが「教師」になりうるものだと気づくとき複雑な気持ちになります。実際,皆さんは友人に難解な英文の意味を説明し,部活では後輩にプレーのコツを説明するでしょう。また,卒業後にデパートの店員となれば商品の扱い方を説明もするし,医師になれば病状の説明もします。現代社会が説明社会なだけに学校でも職場でも説明力が求められるわけです。
いま「複雑な気持ち」と言いましたが,今度は攻守が交代して,自らがさまざまな場面で説き手となったときに,「相手意識」を持った説明が提供できるのかと,自らを振り返り思うからです。杜撰(ずさん)な説明が大事な命を奪うこともあるのです。1960年頃のイギリスで起こった少年の凍死事故はレスキュー隊の派遣が遅れたためでしたが,これは公衆電話に貼られた操作説明書の内容をだれ一人として理解できなかったためでした。この事故が契機となり説明書の改善の歴史が始まるのですが,私などには説明の業務は荷が重すぎる気がします。
もとより「説明」(explain)は「明らかにする」ことを意味するわけですから,相手の抱える「明らかでない状態」を「明らかな状態」に転じるように支援する行為ともいえます。しかし,説き手はこの理解支援に踏み込むことが容易ではない。このことを説明書の歴史が教えてくれるのです。
本稿では,説明社会を説き手として生き抜かねばならない皆さんに,「本当の」説明のあり方を教育心理学の力を借りて解説しましょう。
豊かな知識を持つために陥るワナ
それでは手始めとして,なぜ説き手が理解支援に踏み込めないかについて,データや事例を踏まえて解説しましょう。
一つめの理由が説き手と受け手の知識ギャップです。伊藤貴昭(いとうたかあき)らが面白い実験[2]をしました。図1のように,説き手(右側)が受け手(左側)に説明をします。ここで説き手に求めるのは,「説明を受け手がわかっていない」と思ったときに親指を立てることです。同様に,受け手には「説明がわからない」ときに親指を立てるように求めました。両者の親指はついたてで隠れており相互に見えませんが,実験者からは見えるので,説き手が汲み取った「受け手の理解不振」と,受け手の自覚した「自身の理解不振」の一致が評定できるのです。
驚くべき結果が得られました。親指が同時に挙がったのは30%ほどに過ぎませんでした。事後のインタビューからは,自分の説明を自分なりに内省し,「相手に伝わらないかも」と判断したために,相手が「わかっていない」と推察してしまったと回答した者が多くみられたのです。これは説き手が豊かな知識を持つからこそ,それを使って受け手の理解状態を推論したことによると解釈されました。これは「知識の呪縛」という現象ですが,「知識の呪縛」に囚われると相手の理解状態は捏造(ねつぞう)されるため,理解支援は困難になります。
「わかりにくさ」に寄り添う難しさ
説き手が理解支援に踏み込みにくいもう一つの理由は,受け手の理解が個人的体験だからです。私事で恐縮ですが,約20年前に父のがん検診に付き添った母がたまたまがん検診を受診し,その場で末期がんが発覚しました。医師はすかさず医学の「論理」に基づいて余命を「説き」ましたが,説かれた当事者の母親には理解などできようはずもありません。時は流れ,医師から母は抗がん剤の効果の説明を疼痛(とうつう)に堪えつつ聞くことになった際にも,鎮痛剤を投与されて意識レベルの下がった母には「わからない」。この「わからなさ」は当事者である母の心身両面の経験からにじみ出た個人的体験です。医師にはつかみかねるものでした。
一方で当事者の個人的体験ということでいえば,あえて個人的な「わからなさ」を重視した説き手がいます。「伝説の教師」と呼ばれた東井義雄(とういよしお)です。彼は当事者の「感じ方・思い方・考え方・行い方」を徹底的に重視しました。この文字をご覧ください。これが「A」の続きだと思えば「B」と見えますが,「12」に続く「13」として見える世界があってもよいわけです。東井は,つまずきながらも本人なりに意味理解を続ける子どもに寄り添い,その意味理解の支援に踏み込んでいきます。これは,著名な教育心理学であるリチャード・E・メイヤーの言葉を借りれば,意味理解者の支援ということになるでしょう。
意味理解を支援する説明のあり方
ここまでの要旨を整理しておきましょう。相手をこきおろす説き手など論外ですが,攻守が交代して自分が説き手に代わったとき,相手を「明らかに」する説明がいかに難しいかが自覚されるでしょう。説き手は自身の知識に縛られ,当事者の「わかりにくさ」をつかみ損なうため,理解支援に踏み込めません。
そんな説き手に対して,教育心理学の観点から最低限必要な提案をします。先のメイヤーは理解過程が図2のように,「選択」(概念に注意を向ける),「体制化」(概念同士を整理し関係づける),「統合」(既有知識と結びつける)からなると考えました。これはあらゆる受け手に再現可能なので,これに基づいて,「選択」-「体制化」-「統合」を支援した説明にすればよいことになります。一つずつ解説しましょう。
①「選択」を支援する説明授業の説明でキーとなる概念や法則を聞き逃して理解に苦戦する生徒がいます。これが「選択」のつまずきです。対して上手な説き手は,生徒の注意が概念や法則に向くように,冒頭から出会いの準備をします。そして本格的に説明する前にサラリとこう言います。「一次関数って知っている?」 新出概念だから知るはずもないのに,です。これは挿入質問と呼ばれ,大事な概念などへの選択的な注意を支援する効果があります。
②「体制化」を支援する説明概念などの説明を聞くうちに,関係がつかめなくなる「体制化」のつまずきが起こります。このような生徒には,「第一に,第二に」のような序数詞や,「先に○○を説明します」のような表現を用いて交通整理をするとよいです。交通整理の役目を果たす説明をメタ説明と呼びますが,他には見出しや余白も有効です。動作を説明する場合では,動作を箇条書きで列記し,①や②などと番号を振ることも「体制化」の支援に寄与します。
③「統合」を支援する説明2024年より公民科「倫理」に心理学領域が本格導入されますが,この「倫理」は新出概念が生徒の既有知識と結びつかず,「統合」につまずきやすい科目です。例えば半世紀も指摘され続けてきた例を示すと「悪人正機説」があります。ここで「悪人」を「法律上の悪人」と捉える生徒がいます。授業の説明では「法律上の意味」と「真の意味」の異同をコンパクトに概説することが有効で,これは先行オーガナイザーと呼ばれる有名な手法です。
説明社会を生き抜く皆さんへ
皆さんが受け手の意味理解を支援する上手な説き手になることを期待しています。授業やクラブなどで説明の機会を持つことは,将来実社会で役立つことでしょう。これは口頭説明や文書説明に限りません。今後求められる映像説明にも効果は及ぶと思います。いずれの説明でも共通するポイントは相手の理解状態に寄り添い,理解支援に踏み込むこと。皆さんの説明によりこの社会が「明るく」なることを願ってやみません。
ブックガイド
- 『教師のための説明実践の心理学』(山本博樹 編)ナカニシヤ出版,2019年 説明が独りよがりな言語活動ではなく,むしろ苦戦する受け手の理解を手助けし,深い学びを紡ぎ出す支援行為であることを説いた書です。
文献
- 1.ルソー/今野一雄訳 (2013) エミール(中).岩波書店
- 2.伊藤貴昭他 (2016) 読書科学, 58, 17-28.
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