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メンタル不調とリスク認知─行動経済学のアプローチ

山口大学大学院医学系研究科高次脳機能病態学講座 助教

陳 冲(ちん ちょん)

Profile─陳 冲
2016年,北海道大学大学院医学研究科博士課程修了。博士(医学)。2018年より現職。専門は精神医学,認知神経科学。『頭を良くしたければ体を鍛えなさい:脳がよろこぶ運動のすすめ』(共著,中央公論新社)など。

ストレス社会の現状

私たちが今暮らすこの時代は,過去最高の文明の発展を享受しながらも,新ストレス源が増加している。都市化,グローバル化,デジタル化の進展と共に,環境問題,競争の激化,そして情報の過剰などが心の負担となっている。この結果として「ストレス社会」という言葉が広がり,コロナ禍による孤立感もストレスを増大させている。これらの問題には,不確実性が大きく関与している。不確実性は未来の出来事や結果の予測が不明確または不確かであることを意味する。テクノロジーや経済の変化などが未来予測の困難さを増やしており,これが人々のストレスや不安を引き起こしている。

メンタル不調のコスト

ストレスは,うつ病や不安症の大きな原因とされている。最近の調査によると,うつ病と不安症の生涯有病率は6.0%と4.2%と高く,両疾患の合併を除外して計算すると,10人中約1人がいずれかの疾患を経験することが明らかとなった[1]。うつ病や不安症によるメンタルや認知の不調の結果,欠勤が増え,生産性が低下する[2]。私たちの調査では,K6といううつや不安のスクリーニング尺度を使用し,得点が13点以上の者は,それ未満の者に比べて過去1か月の欠勤率が約2.2倍,生産性の低下率も約4.9倍と高いことが分かった[3]

リスク認知の役割

多くの疫学調査により,女性は男性の2倍ほどうつ病や不安症になりやすいことが示されている。私たちの研究では,行動経済学の手法を用いてこの性差の関連要因を調べている。慢性ストレスを受けた際,女性は低確率(例えば0.1や0.2)の不確実性を男性よりも強く嫌悪し(リスク回避と呼ばれる),非合理的な行動選択をする傾向が確認された[4]。例えば,20%の確率で9,000円を得る選択肢と,80%の確率で1,000円を得る選択肢の間で,高ストレスの女性は後者を選ぶことが多かった。この選択に対し,彼らから「高いリターンの選択肢は当たらない限り意味がない」という意見が多く寄せられた。

この傾向はうつ症状の重さと関連しており[5],半年間の追跡研究では,不確実性を強く嫌悪する人は,半年後のうつ症状がより高くなることが確認されている[6]。報酬とその獲得確率の両方を考慮すべき場面で,彼らは報酬額よりも確率を重視する傾向がある。

不確実性に対する高い感受性は,うつ病患者特有の「白黒思考」やリスク回避行動の一因として認識されている。うつ病患者は,不確実性に特に敏感で,些細なリスクであっても過大に評価し,それを避ける傾向にある。これが不適切な結果を招き,抑うつ気分の増加という悪循環を生んでしまう。これらの認知の歪みや行動パターンは,治療やサポートの際の重要な考慮点となる。

ポジティブな自伝的記憶の効果

興味深いことに,自分の人生で経験した幸せや楽しい出来事を振り返ることで,不確実性に対する嫌悪感が軽減されることが確認された[7, 8]。この結果は,ポジティブな感情が思考や行動の幅を広げ,新しい可能性を生み出すと主張するバーバラ・フレドリクソンの拡張-形成理論と一致する。さらに,我々の別の研究で「全般的に,あなたは普段幸せを感じていますか」という質問に10点満点中8点以上と答えた人は,そうでない人に比べて,欠勤および生産性低下のリスクがそれぞれ21%,47%低いことが示された[3]

脳とこころに良い活動として,記憶想起のほか,運動や自然とのふれあいがある。これらがリスク認知にどのような影響を与えるのかは,今後の研究で調べていく予定である。

  • 1. Ishikawa, H. et al. (2018) J Affect Disord, 24, 554-562.
  • 2. Sado, M. et al. (2011) Psychiatry Clin Neurosci, 65, 442-450.
  • 3. Chen, C. et al. (2023) J Affect Disord. https://doi.org/10.1016/j.jad.2023.10.091
  • 4. Lei, H. et al. (2021) Sci Rep, 11, 8700.
  • 5. Hagiwara, K. et al. (2022) Front Psychiatry, 13, 810867.
  • 6. Chen, C. (2022) J Psychiatr Res, 1, 307-314.
  • 7. Shimizu, N. et al. (2022) Front Psychiatry, 13, 930466.
  • 8. Watarai, M. et al. (2023) Cogn Affect Behav Neurosci, 23, 1365-1373.

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