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組織や職場で活かす
今城 志保(いましろ しほ)
Profile─今城 志保
1989年,リクルート入社後,ニューヨーク大学でM.A.,東京大学で博士(社会心理学)取得。単著に『職場に活かす心理学』(東洋経済新報社),『採用面接評価の科学』(白桃書房)。
私は,人事系のコンサルティング,アセスメント,研修などを提供する会社で研究員をしています。専門は産業組織心理学です。専門学会や授業の科目はありますが学科はなく,心理学分野の中では相対的にマイナーだと思います。仕事との関連で産業組織心理学を専門にするようになったのですが,学部では教育や発達心理学を学んでいました。
就職する時のキャリア選択の軸の一つが「心理学を仕事で使うこと」でした。どのように使うのかは当時はぼんやりとしていたのですが,あまりまじめに勉強していなかった割には,きっと使えるはずといった変な自信があったことを覚えています。その後,仕事を始めて以降は産業組織心理学や社会心理学の勉強を行いましたが,振り返るとキャリアの軸は,一貫していたように思います。
私の研究のフィールドである企業や職場では,ほとんどの課題が人にまつわる課題であると言っても過言ではありません。わかりやすいのは上司・部下の関係性や職場の人間関係ですが,企業トップの経営判断ですら,本人の問題というよりも,その人を取り巻く現在や過去の環境によって影響を受けることが多いのです。経営者は,現在のビジネス環境だけを合理的に見るのではなく,自身の経験から得た知識やそれに基づく今後の見通し,さらには役員や顧客など周囲の人たちの反応や意見を意思決定に活用します。大企業であったとしても,最後は人が判断を下している以上,そこには何らかの心理的影響があると考えます。つまり,産業組織場面において,心理学の利用価値はとても高いのです。
一方で,私自身が対応する仕事の中でどのくらい心理学が活用できているかを問われると,雲行きは怪しくなります。なぜならば,企業は問題の分析ではなく,問題の解決を望むからです。乱暴な言い方をすれば,例えば市場から安く資材を調達する方法を提案するように,ほしい人材を獲得できる方法を提案することを求められるのです。
心理学者は,目の前の現象の裏に複雑な心理プロセスが存在することを知っています。また,特定の問題を説明する原理として,複数の理論が候補となることも理解しています。上記の経営者の意志決定などは,経営者個人の意思決定プロセスとしてみることもできますが,経営会議のグループダイナミクスとしてみることもできます。残念ながら,辛抱強くこういった問題の分析に付きあってくれる企業はあまり多くありません。仮にそのような企業があって妥当な課題分析ができたとしても,それに対処するための適切な方法がデザインできるかは,別の問題です。
心理学的知見を用いて課題の分析を行うことには高い価値がありますが,正しい課題把握のうえで適切な対処方法を考えることは,現場の人が主体になって行う方がよいと思います。なぜならば,心理学は一般的な原理原則を明らかにすることを目指しますが,課題の対処にあたっては,状況の個別性に目を向けることが必要だからです。経営者の判断に誤りが生じる主要な原因が,経営会議における心理的安全性の低さにあったとします。経営者以外の役員が誰も経営者に反論できないために,判断に用いる情報や判断の基準に偏りが生じている。この場合に打つ手は,心理的安全性を高めることに限りません。心理的安全性を高めることが難しい状況下でも,役員の意見が経営者に届く方法を考えればよいのです。
正しく課題が把握できていれば,最初の手で効果がなかったとしても,次の効果的な手を考えることもできます。このように,心理学的知見の効果的な活用を目指して,日々チャレンジをしています。
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