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巻頭言

高齢者研究を始めて

京都大学名誉教授/京都大学野生動物研究センター 特任教授
積山 薫(せきやま かおる)

もともと私は,知覚・認知機能の発達と可塑性に興味があり,研究対象は若年成人,子ども,赤ちゃん,高齢者などを含んでいました。とはいえ,10年くらい前までは横断的な基礎研究にとどまっていたのですが,この10年くらいは,高齢期の認知機能を維持・向上させる余暇活動としての運動,楽器演奏,ダンスなどの効果を調べる介入研究をしています。

こうした介入研究の原点は,大学院生のころに力を注いだ逆さメガネ長期着用実験にあります。左右反転メガネを1か月超かけ続ける実験を学生の被験者で何度もやった後,自分も被験者になった際,20歳の学生たちと40歳半ばだった自分とでは,逆さメガネへの適応スピードが全く違うことに驚き,加齢変化への認識を新たにしたのです。また,この実験中に風邪をひいて一日寝ていたら,せっかく積み上げた適応が大きく後退する体験をし,高齢期の不活発が記憶などの認知機能に及ぼす影響に思いを馳せるようになりました。

高齢者研究に参入してまず知ったのは,個人差がとても大きいということ。その個人差が何に起因するかは心理学的に興味深い問題です。たとえば,教育年数は高齢期の認知機能に影響する非常に堅固な要因です。また,学術的な裏づけはよく知りませんが,最近テレビで100歳の方の元気の秘訣を見るにつけ,手につけた職で100歳でも仕事を続け(!)仕事を通して人と交流するほど強いものはないようです。

研究参加者募集では,自立した方を募る場合のヘルシーバイアスについても学びました。横断研究で,5歳刻みの年齢区分で比較しようとしたとき,80~84歳の方が75~79歳より認知行動課題の成績の平均が良いこともありました。これは,80歳以上で大学の研究室に自力で来てくださる方は,その年代では相対的にお元気で生き残っている方に限られるためだと思われます。また,縦断的な運動や楽器などによる介入研究をやるたびに,自立した参加者の平均年齢は73~74歳で,これはほぼ日本人の健康寿命に相当すると気づきました。

私の研究関心の軸は,「身体運動に基づく経験が認知機能を形作ることを示したい」というところにあり,このことを調べる研究対象として高齢者は適しているという直感は間違っていなかったと感じます。ただ,高齢期の認知機能維持に効果のある「身体運動」とはどのような運動なのか,まだ十分に分かったとは言えず,今後の研究が必要です。

積山 薫

Profile─積山 薫
大阪市立大学大学院文学研究科博士課程後期単位取得退学,博士(文学)。日本学術振興会特別研究員,ATR視聴覚機構研究所研修研究員を経て,金沢大学文学部助手,公立はこだて未来大学システム情報科学部教授,熊本大学文学部教授,京都大学大学院総合生存学館教授を務め,2023年4月より現職。専門は認知心理学,認知神経科学。著書に『左右反転眼鏡の世界』(単著,ユニオンプレス),『身体表象と空間認知』(単著,ナカニシヤ出版),『こころが育つ環境をつくる』(分担執筆,新曜社),『身体と空間の表象』(分担執筆,勁草書房)など。

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