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【特集】
女性リーダーが立ち向かう困難と希望─ガラスの崖と女王蜂現象
小久保 みどり(こくぼ みどり)
Profile─小久保 みどり
東京大学文学部社会心理学科卒業後,企業勤務。その後,東京大学大学院社会学研究科修士課程修了。社会学修士。立命館大学経営学部教授を経て現職。専門は社会心理学,組織心理学。著書に『日本における原子力発電のあゆみとフクシマ』(分担執筆,晃洋書房),『マネジメント論』(共編,ナカニシヤ出版),『ビジネスの発見と創造』(分担執筆,ミネルヴァ書房)など。
はじめに
日本の多くの分野で女性リーダーは依然として少ない。特に政治と経済分野は惨憺たる状況である。たとえば,2022年度の10人以上の企業で課長職相当以上の管理職に占める女性の割合は12.7%であり,この10年でわずかに増加しただけである[1]。そのようなこともあって,日本のジェンダー・ギャップ指数[2]の順位は毎年きわめて悪い。それと関係があるのかはわからないが,心理学関連の日本の学会大会では女性管理職のリーダーシップを扱った研究発表をしばしば目にする。私自身はリーダーシップに関わる研究をしてきたが,ジェンダーとリーダーシップの関係についてはそれほど関心がなかった。それが本稿のようなトピックを執筆することになったきっかけは,東日本大震災時の福島第一原発事故である。この事故は世界中の人々を驚愕させたが,私自身強い衝撃を受けた。それが契機となり,緊急時の組織の対応,特にリーダーシップについての研究を始めた。東京電力の経営幹部と福島第一原発所長の事故に対応するリーダーシップを比較する事例研究を行い論文にまとめた。その研究を進めるにあたって,関連する英語論文を検索すると,「ガラスの崖」(glass cliff)というキーワードを持つ論文が多数出てきたのである。また,危機のリーダーシップではないが,「女王蜂」(queen bee)というキーワードを持つ論文も芋づる式に出てきた。これらの論文を読んでみると面白く,日本での研究はあるのだろうかと検索してみたが,私の調べた限りではなかった。それなら私が研究してみようかと思って,「ガラスの崖」と「女王蜂」の研究を行ってみた。今回はその結果を含め,「ガラスの崖」と「女王蜂」現象をふまえて女性リーダーが直面する困難の一端とその先にある希望について見ていきたい。
ガラスの崖:危機はチャンス,意欲ある女性たちはその時に備えよ
「ガラスの天井」という言葉は多くの人が知っていると思うが,「ガラスの崖」は日本ではまだ一般に知られていない言葉であろう。ガラスの崖とは,成功している時よりも,危機の時あるいは失敗のリスクが高い時に女性が組織のリーダーに就く傾向があることである[3]。さらに言えば,リスキーで不確かなリーダーの地位に,女性が男性よりも指名される傾向があることである。人種や民族に基づいた他のマイノリティ集団でも見られ,起こったり起こらなかったりする微妙で状況依存的なものである,とも指摘されている[4]。
この現象を初めて知った時には,そのようなことがあるのかと半信半疑であった。危機の時には決断力と行動力のあるリーダーがメンバーを率いて危機を乗り越えていくという戦国時代の武将のようなイメージを抱いていた。まさに私自身がジェンダー・ステレオタイプ的な考え方をしていた。しかし,現実の社会では確かにガラスの崖と見られる現象が存在するようである。たとえば,日本大学で理事長が不祥事を起こし,日本大学の信用が落ちてしまった2022年に林真理子さんが新しい理事長になった。また,朝日新聞に掲載された野田聖子衆議院議員へのインタビューで,「本当にこの国で女性がトップに立つ日が来るのでしょうか」という質問に対し,野田議員は「リーマン・ショック級の経済危機が起きたらありうるかもしれません。男性首相では手詰まりになって,お手上げになったときに,犠牲者のような形で女性が担ぎ出される。そこでちゃんと食らいついていけば,英国のサッチャー首相のようになれます」と答えている[5]。危機が起きた時に女性リーダーが選ばれるかもしれない,ということがまさにガラスの崖なのである。
ガラスの崖を発見したのはライアンとハスラム[6]である。ロンドン証券取引所に上場するトップ100 の企業が,女性を取締役に指名した時期を検証したところ,会社がそれに先立つ数か月の間,一貫して業績が悪かった場合,女性を指名する傾向があった。そしてハスラムとライアン[7]が,実験室実験でガラスの崖が架空の組織とさまざまなタイプの研究参加者で起こることを明らかにした。2022年にお茶の水女子大学でガラスの崖の国際シンポジウムが行われた。これらの研究をなさったライアン先生も私もその時の登壇者で,なぜ研究にいたったのかのお話を直接うかがうことができた。ライアン先生は約20年前にイギリスの大学に移られたそうだが,その時に当地の新聞タイムズのある記事を読まれた。そこには,女性たちはガラスの天井を打ち破ってイギリスを代表する企業の取締役についたが,会社の業績を悪くしたということが株価データを基に書かれていたのである。その記事に疑問を持ったライアン先生は,真実かどうか確認するために,タイムズの記事と同じ株価データとさらに詳しい企業データを分析し,その成果が先に紹介した研究となったのである。つまりタイムズの記事は因果が逆だったのだ。女性がリーダーになったから組織の業績が悪くなったのではなく,組織の業績が悪くなった時に女性リーダーが選ばれていたのである。危機の時にリーダーに選ばれるということは,火中の栗を拾う(拾わされる)ということで,誰がリーダーになっても失敗するリスクが大きい。つまり,いつ崩れるかわからないもろいガラスの崖の上に立っているような状況のため,そのように名付けられたそうだ。そのような状況でなければ女性はなかなか上位のリーダーに選ばれないということなのだが,ここで失敗してしまうと,前述のタイムズではないが「やはり女性ではだめだ」というジェンダー・ステレオタイプを強めてしまう可能性もある。しかし裏を返せば,野田議員がインタビューでいみじくも話されていたように,そのような時にこそ,トップリーダーになるチャンスがめぐってくるということでもある。意欲ある女性はそれに備えて,もろい崖から落ちないように腕にみがきをかけておく必要があるだろう。
ライアン先生たちの研究以降,ガラスの崖について欧米を中心として多くの研究がなされてきた。現在,ガラスの崖は危機のリーダーシップ研究の中でも一つの大きな柱になっている[8]。ガラスの崖がなぜ起こるのかについては,ブルックミュラーとブランスコム[3]が,現状バイアス,ジェンダーとリーダーシップのステレオタイプから説明している。現状バイアスからの説明は次のようなものである。会社の業績が良い限り,変化の欲求はない。現状維持のバイアスが生まれ,リーダーシップの男性優位の歴史があるので,リーダーの地位に男性が選ばれるようになる。しかし業績が悪い時には,変化の欲求が生まれるかもしれない。男性が組織を困難に陥れたのなら,女性リーダーを指名することは,変化を達成する一つの方法とみなされる,という説明である。ジェンダーとリーダーシップのステレオタイプからの説明は次のようなものである。「マネジャーと言えば男性」(think manager – think male)バイアス[9]があり,ほとんどの人にとって,マネジャーというものは一般的な男性と多くの特性が同じであるが,一般的な女性の特性と同じものはごくわずかである。しかし,危機の時にはこの考えが変化する。成功していない会社のマネジャーにとって望ましいと評価された特性は,一般的な男性よりも一般的な女性の特性に似ていて,対人的な特徴を含んでいた。すなわち,「危機と言えば女性」(think crisis - think female)ということが起こるのである。
他方で,先行研究は危機の組織を変えるための男性ステレオタイプ的特性である作動性を強調してきた,ということをクリッチら[10]は指摘して,危機の時にはジェンダーに関係なく,共同性よりも作動性を持つリーダーが選ばれるということを明らかにした。ちなみに作動性は,自信がある,独立的などの目標達成やスキルの習熟を強調する特性で,共同性は暖かい,思いやりがあるなどの社会的つながりや協力を強調する特性である[11]。女性は共同性があり,男性は作動性があると知覚される傾向がある[4]。筆者もこのクリッチらの研究に基づいた方法でオンライン実験を行ったところ,同じような結果が得られた[12]。つまり,危機の時にリーダー候補者の作動性,共同性を明示したなら,ガラスの崖は起こらず,ジェンダーにかかわらず作動性が大きい候補者がリーダーに選ばれる有意な傾向が見られた。筆者がさらに行った研究[13]では,先の実験の手順などを変更して,危機に陥った組織のリーダーを選択する前後でリーダー候補者はどのように評価されるのか,そして候補者のジェンダーによって評価に違いはあるのかを検討した。経歴も実績も全く同じ男女どちらかのリーダー候補者について,今度は特性を明示せず実験参加者に評価させ,業績が好調または不調な,どちらかの会社の社長に推薦させたが,ガラスの崖は起こらなかった。ジェンダー差が見られた点に絞って記すと,リーダー候補者をどちらかの会社の社長に推薦させた後でそのリーダーを評価させると,図1のようなジェンダー差が見られた。この図では従属変数が課題志向的リーダーシップであるが,人志向的リーダーシップでも似たような結果であった。独立変数が「リーダーのジェンダー」と「社長に推薦された会社の業績」で,2要因の分散分析を行った結果,どちらのリーダーシップについても,交互作用が5%水準で有意であり,図1のような単純主効果があった。つまり男性リーダーは,社長に推薦された会社の業績の善しあしにかかわらず二つのリーダーシップともに高く評価された。女性リーダーは社長に推薦された会社の業績が不調の場合は,二つのリーダーシップとも高く評価されるが,業績が好調の場合にはどちらのリーダーシップも低く評価された。ガラスの崖が起こる説明の「危機と言えば女性」に通じるような結果であった。
ベクトルドら[14]は,ガラスの崖のほとんどのフィールド研究がアメリカとイギリスの企業データを使っており,国によってリーダーの地位に就く女性の数の違いや文化差があるので,ガラスの崖が国際的に一般化された現象と見ることはできず,異なる文化状況からの考察が必要であると指摘している。筆者は日本というさまざまな分野で女性リーダーが少ない国で調査したが,さらに多様な文化状況においてガラスの崖を調べると興味深い結果が得られるかもしれない。
女性上司は女性部下の敵なのか:女王蜂現象とは
ジェンダー関連のリーダーシップ研究の近年の別のトピックとして女王蜂(queen bee)現象があげられる。女王蜂現象とは,女性リーダーが後輩の女性から距離を置き,組織のジェンダー不公平を正当化することによって,男性支配的組織に同化する現象であり,次の三つの方法で起こる[15]。一つめは,自分自身を男性のように提示すること,二つめは物理的にも心理的にも自分を他の女性から遠ざけること,三つめは現在のジェンダー・ヒエラルキーを支持し正当化することである。ダークスらは次のように説明している。成功しているリーダーのステレオタイプ的な特性(作動性)は,女性のステレオタイプ的な特性(共同性)と合わないので,女性はリーダーの地位を得るのに不利である。男性支配的組織の中でリーダーの地位を手にしようとする女性は,自分が作動性を持っていることを強調する。そして他の女性と距離を置き,現状を正当化する。女王蜂現象は,女性たちにとって自分のジェンダーがキャリアの成功に不利であるとみなされる状況で特に見られ,また女性特有のものではなく,他のマイノリティ集団でも見られる[15]。
さてダークスら[16]は,女性が職場で社会的アイデンティティ[17](以下「アイデンティティ」は「ID」と記す)への脅威を経験する時に女王蜂現象が引き起こされるということを実証した。その説明は次のようなものである。女性の価値を低く見ている組織で働くことは,女性にとって社会的IDへの脅威となる。社会的IDへの脅威を低減するには,一つには属する集団の地位の向上をめざす行動をすることである。もう一つは,自分のIDにマイナスの影響を与える集団から自分を心理的に分離することである。女性集団へのIDが高い女性は前者の反応をし,女性集団の評判を高める行動をとる。女性集団へのIDが低い女性は後者の反応をとり,女王蜂現象が起こると推測した。調査の結果,キャリアを始めた時点でジェンダーIDが低かった女性が,キャリアの途中でジェンダー差別を受けると,女王蜂現象が起こることを示した。キャリア開始時に,ジェンダーIDが高かった女性には,ジェンダー差別の有無にかかわらず,女王蜂現象は起こらなかった。
筆者は,このダークスらの調査のいくつかの点を変更して,企業の正社員の女性管理職300人に対して質問紙調査を行った[12]。ダークスらと同じく,キャリア開始時にジェンダーIDが低かった女性管理職がその後ジェンダー差別を受けた経験が多いと,女王蜂現象が起こった。とはいえ筆者の研究とダークスらでは違っている点があり,その一つが女王蜂現象の指標ではないが,女性管理職が評価する自分の女性部下のキャリア・コミットメントである。ダークスらの研究では見られなかった図2のような交互作用が筆者の研究では見られ,これまでのキャリアの中でジェンダー差別を受けた経験のあるキャリア開始時のジェンダーIDが高い女性管理職は,女性部下の評価,評判を高める行動をとるという社会的ID理論から説明できる結果となった。
女性がキャリアの途中でジェンダー差別を受けるということは,大いにありうるが,それによって自分がリーダーになった時に女王蜂になってしまうということは,キャリア開始時のジェンダーIDが高ければ防げる可能性がダークスらにより示された。さらに筆者の研究により,キャリアの途中でジェンダー差別を受けた経験があり,キャリア開始時のジェンダーIDが高ければ,女性部下の味方になりえるかもしれない可能性を示した。また,アルベイトら[18]は,女性リーダーは女王蜂現象が示すように他の女性たちのキャリアを毀損するかもしれないが,ロールモデルにもなるかもしれないと指摘している。そして,社会的認知理論から次のように説明している。女性リーダーを目にする機会が増えると,女性リーダーとリーダーの男性ステレオタイプの間の不一致が解消されて,組織内のジェンダー差が減っていく。女性リーダーがロールモデルとなり,若い女性たちにとっては代理学習が行われる。彼女たちの自己効力感が増し,男性が多い組織にも入っていく勇気が得られるかもしれない。このような考えに基づいて,彼らはブラジルで大規模な調査を実施したが,公的な組織では女王蜂現象は見られなかった。
おわりに
女性リーダーには,ここで見てきた以外の困難もたくさんあるだろう。しかし危機の時はチャンスであり,女性リーダーが女王蜂になることを防ぐ要因も見えてきた。ジェンダーに関する一般的な意識の面では日本でも変わってきており,ジェンダー平等ということが言われ,女性リーダーを増やそうという施策もとられている。社会は変わりつつある。女性リーダーを研究面から少しでも支えることができればと思う。
- 1.厚生労働省(2023)令和4年度雇用均等基本調査.
- 2.World Economic Forum (2023) Global Gender Gap Report.
- 3.Bruckmüller, S., & Branscombe, N. G. (2010) Bri J of Soci Psyc, 49, 433-451.
- 4.Ryan, M. K. et al. (2016) Leadersh Q, 27, 446-455.
- 5.朝日新聞(2019/5/24)大阪本社朝刊, p.11.
- 6.Ryan, M. K., & Haslam, S. A. (2005) Bri J of Management, 16, 81-90.
- 7.Haslam, S. A., & Ryan, M. K. (2008) Leadersh Q, 19, 530-546.
- 8.Wu, Y. L. et al. (2021) Leadersh Q, 32, 1-22.
- 9.Schein, V. E. (2001) J of Soci Issues, 57, 675-688.
- 10.Kulich, C. et al. (2018) Leadersh Q, 29, 295-308.
- 11.Rucker, D. D. et al. (2018) Advances in Experi Soc Psycho, 58, 71-125.
- 12.小久保みどり(2021)立命館経営学, 60, 73-94.
- 13.小久保みどり(2023)立命館経営学, 61, 155-166.
- 14.Bechtoldt, M. N. et al. (2019) Leadersh Q, 30, 273-297.
- 15.Derks, B. et al. (2016) Leadersh Q, 27, 456-469.
- 16.Derks, B. et al. (2011) Bri J of Soci Psycho, 50, 519-535.
- 17.Tajifel, H., & Turner, J. C. (1979) An integrative theory of intergroup conflict. In W. G. Austin & S. Worchel (Eds.), The social psychology of intergroup relations (pp.33-48). Brooks-Cole.
- 18.Arvate, P. R. et al. (2018) Leadersh Q, 29, 533-548.
- *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。
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