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【小特集】

カスハラ対策は心理学の社会実装

桐生 正幸
東洋大学社会学部 教授

桐生 正幸(きりう まさゆき)

Profile─桐生 正幸
文教大学人間科学部中退。博士(学術)。山形県科学捜査研究所主任研究官,関西国際大学人間科学部教授を経て現職。専門は犯罪心理学。著書に『カスハラの犯罪心理学』(単著,集英社インターナショナル)など。

カスタマーハラスメントとの出会い

2013年夏,大学時代の友人から「公益社団法人消費者関連専門家会議(通称ACAP)」で「カスタマーハラスメント(以下,カスハラ)」について講演しないか,と依頼を受けた。彼の説明から問題の深刻さが伝わってくる。好奇心半分で講演を引き受けたものの,預かった資料などの関連記事を見て大いに驚くことになる。取り急ぎ,企業からの報告,出版書籍やインターネットの事例などを任意で収集し,関連する思われる表現を抽出してみた。すると,「承認欲求,繰り返し行為,被害者意識,自己主張傾向,侮辱,攻撃性の高さ,責任転嫁,孤独感,不満の発散」といった心理的な要因,「怒鳴り散らす,唐突な行動,突発的な激昂,長時間,引っ込みがつかない状態,虚勢を張る,住所や氏名を名乗らない」といた言動の特徴,「無理な金品要求,補償要求,精神的被害の主張,謝罪の要求,責任者を出せ」といった行為の目的といったものが推測された。

心理学研究としては,池内[1]による消費者の苦情行動についての論文が大いに参考になった。この論文では,苦情を申し出た経験のある群は,ない群と比べて商品の不具合や接客対応の悪さなどの状況で苦情を生じさせやすく,物品や謝罪,金銭などの請求を正当化しやすいことが指摘されていた。また,自尊感情(self-esteem)が高い人ほど,自分の情動を自分で調整できると思っている人ほど,それぞれ苦情に対して肯定的な態度をもつ傾向があることを明らかにされていた。

さて,ACAPでの講演も無事終了し帰り支度を始めている間に,これまで経験したことのない,名刺交換の長い行列ができていたのである。そして,さまざまな業種業態の窓口担当者らから切実な悩みと真剣な思いを聞くこととなる。彼らの話題は,カスハラ加害者の攻撃性や現行法律では対処できない言動,エッセンシャルワーカーや窓口対応者のメンタルヘルスの問題が主であったが,それらの背景には経営側の傍観的態度や的外れな組織的対応に対する不満があるよう感じられた。

当時,多くの経営層にとって,「現行法に明らかに反する行為者がクレーマーであり,それ以外は大切な顧客である」「少々困ったお客にもうまく対応できて一人前」といった考えが通念となっていたようである。経営層は,「お客様は神様」といった過度な企業のおもてなしと,それを当たり前とする消費者との消費者文化のバランスの崩れが,カスハラを顕在化させたことに気づいていなかった。

以後,窓口担当者らの横断的な研究会に参加し,さまざまな企業での講演を引き受けながら,所属大学の研究費や科研費を得て,細々と調査分析や対応策を検討することとなった。

研究と支援

主な研究は,それぞれ大学生に対する予備調査を経て,一般社会人に対するインターネット調査にて行った。まず,接客業担当者に対するカスハラ被害経験を分析した[2]。調査時期は2015年8月である。調査対象者は,百貨店,スーパー,コンビニエンスストアなどの接客担当者であり,主な質問内容は,苦情の原因や要求などである。回答者312名のデータから分析可能なデータ273名(平均41.4歳)を用いて,多重対応分析などを行った。その結果,商品欠陥や販売システムの不備があった場合は金品の要求を,また接客対応にミスがあった場合は謝罪の要求があったことが,それぞれうかがわれた。接客担当者の対応ミスは謝罪を,商品の欠陥は金品の要求をもたらすことが予測された。

次に,カスハラの加害経験についてインターネット調査で検討した[3]。調査時期は2020年3月,調査対象地域は日本全国である。調査対象者は,主な質問内容として回答者の属性,カスハラ加害の有無,加害があればその内容,攻撃性などの心理尺度である。その結果,回答者2,060名のうち加害経験があると回答した924名(44.9%,平均年齢46.4歳)が分析対象となった。加害経験の割合が多かったのは45歳から59歳,世帯年収1000万円から2000万円,職業は経営者・役員,自営業,会社員(営業など)などであった。性差をみると,女性は男性と比べ「店員の態度の悪さ」を加害理由として多く選択し,男性は女性と比べ「大声を上げる」「攻撃的な話し方」を多く選択していた。

次に,カスハラ対応の支援である。2017年と2020年に,UAゼンセンが実施した所属組合員に対する実態調査の分析を手伝った。これらは,日本のカスハラの実態を知るうえでとても貴重なデータであった。2017年は流通部門(総合スーパー,家電関連,百貨店など)の168組合の組合員52,710名のデータであり,2020年は同じく流通部門の16,793名のデータである。2017年の調査では,これまでに被害を受けた経験者が39,134名(75.1%)であり,2020年では,2018年以降の被害経験を尋ねたところ,被害があると回答した人は10,298名(61.3%)であった。それら被害経験者の回答を分析したところ,その実態には業種業態によって多様な違いがみられたこと,また組織対応があるほど従業員のストレスが軽減していることが特筆された[4]。なお,このUAゼンセンのデータ分析以降,多様な組織からの個別相談が増えたところである(分析結果の詳細は,UAゼンセンのWeb[5]を参照)。

社会への還元,具体的な対策

これらの研究や現場支援の成果を,国会議員に報告する機会を得た。2020年12月3日,参議院議員会館で開催されたUAゼンセンの調査報告「『カスタマーハラスメント実態調査』緊急報告集会」の場である。カスハラが社会問題化し,各企業でも対応が急がれる状況にあるにもかかわらず,なかなか具体的な行動できていない。その大きな理由として,国の法整備が進んでいないことが起因している。この集会では,心理学の観点から分析した結果と共に,法整備に必要な構成要件に関わる事項を提案してみた。数人の議員と意見を交わした。

心理学の社会実装には,現場や実態の地道な分析と,問題となっている現象の心理学からの説明が必要であろう。加えて,それら知見を関連学会以外の異分野場面で報告していく活動は,たぶん不可欠な行動であると考えている。そこで2021年と2022年に,企業人などとの共同シンポジウムを企画し,カスハラの具体的な対策について意見を取り交わした(表1参照)。社会は,心理学者同様に心理学の社会実装の可能性に気づいていないことに気づかされる。

表1 カスタマーハラスメントに関する公開シンポジウム
表1 カスタマーハラスメントに関する公開シンポジウム

さて,2022年に厚生労働省より「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」が発表された。このマニュアルが出た意義は,法整備に向けて大きな一歩となっている。現在(2024年2月),北海道や東京都にてカスハラ条例の制定に向けて活発な動きとなっているが,今後,法整備となった際は,各企業における消費者や従業員への対応が具体的となり,カスハラの減少に大きく寄与するものと予測される。

ただし,カスハラ加害の心理的発現機序や組織・集団の加害誘発要因,従業員の心理的な安心・安全の確保と維持などに関する研究は,法が制定されても重要である。現在,各企業や組織における相談や介入について,任意の組織を立ち上げて取り組みを開始しているが,それら心理学の課題を踏まえ対応を実施している。ご興味のある方は,活動をご覧いただきたい[7]

  • 1.池内裕美(2010)社会心理学研究, 25, 188–198.
  • 2.桐生正幸・入山茂(2019)日本法科学技術学会誌, 24, 136.
  • 3.桐生正幸(2021)東洋大学社会学部紀要, 58, 111–117.
  • 4.桐生正幸・島田恭子(2021)現代社会研究, 19, 47–53.
  • 5.UAゼンセン(2020)カスハラ実態調査「分析結果」を公表します.https://uazensen.jp/2020/12/22/3388/
  • 6.古屋健・桐生正幸他(2022)応用心理学研究, 48, 38–65.
  • 7.ココロバランス研究所.https://customer-harassment.or.jp/
  • *COI:本稿に関連して開示すべき利益相反はない。

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