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この人をたずねて

檀 一平太 氏(中央大学)

檀 一平太 氏
中央大学理工学部人間総合理工学科 教授

檀 一平太 氏(だん いっぺいた)

Profile─檀 一平太 氏
国際基督教大学教養学部卒。東京大学大学院総合文化研究科博士課程中退。健康食品会社営業員等を経て,食品総合研究所に入所。自治医科大学医学部先端医療技術開発センター准教授を経て現職。学術博士。主な専門はfNIRS脳機能イメージング,心理生理学,サイコメトリクス等の産業応用。特にニューロマーケティングに注力中。2024年度,大学発ベンチャーを立ち上げ予定。趣味はロングボードサーフィン。

檀 一平太 氏へのインタビュー

聞き手:長谷 和久

─先生の研究テーマについて教えてください。

これが,なかなか難しいんです。分野でいくとニューロイメージングとサイコメトリクス(心理測定法),心理統計学,さらには生理心理学ですね。研究対象でいくと最近力を入れているのがニューロマーケティング(消費者神経科学)という分野になります。研究対象がつながらないように感じますが,質的には全部同じです。すなわち,「可視化する」ということです。よくわかっていない対象について,神経科学的な手法や認知構造を明らかにするサイコメトリクスに基づく手法を通じて現象をもたらす原因を可視化するというアプローチです。こうしたアプローチの背景にはもともとの専攻が生物学(biology)であることが影響しています。とくに分子生物学では,生命現象を分子,あるいは遺伝子に還元して考えるということが行われます。分子まで還元するんだったらもっと先の素粒子までいけばいいじゃないか,となりますが,素粒子までいっちゃうと逆に生命現象がわからなくなってしまいます。このように,現象の原因を解明するにはちょうどよい還元の仕方があるんですよ。なので,もう少し心理学寄りのところで一段階還元してわかりやすくする方法を考えると,物事ってよく見える。心理学寄りの一段階還元する方法を考えると,ニューロイメージングとか,あるいはサイコメトリクスなんですね。概念の結びつきをきちんと定量的に明らかにするとか,あるいは生理心理学的なアプローチで実際に見えてる現象が一体どのような生理的な根拠があるのかを明らかにできます。

─先生がリサーチ・クエスチョンを立てるときに大切していることをお聞きしたいです。

学生さんが持ってきたテーマですが,fNIRSを用いてイケア効果のメカニズムを検討した研究を例にするとわかりやすいかなと思います。その商品に対する愛着っていうのはほとんどの場合,直観的思考様式であるシステム1の世界です。報酬系やその周辺が関与していると思われるのでfNIRSで測定することは困難です。 でも,家具などについて自分で作ったという体験を思い出して,それを価値とつなげていく過程を考えると分析的で熟慮的なシステム2も関連しているはずです。このように,直接的に測定が難しいと思われる対象についても,変化球を投げるように実験手法や課題の内容をきちんと考えて間接的ではあるけれども,何らかの情報処理過程を明らかにするようにしています。

─異なる分野で研究を行う際に意識されていることを教えてください。

料理をするときにあらゆる食材の候補から食材を調達し,それから料理を作ると大変です。現実的には冷蔵庫を開けて何があるかを確認し,限られた材料の中で何を用意するかを考えます。研究も同じで,今ある材料と今ある人手で何ができるかな,ということを考えます。また,自分が賢くなくていいと思っていて,自分の周りの賢い人を見つける嗅覚がものすごく発達しています。そうした賢い研究者や学生と共同研究をしています。また,学生の様子を見て,この方ならこれをマスターできるなと思い,その方の今の実力じゃなくて伸ばしたときの実力くらいのところでテーマを与えて一緒に研究をします。気をつけていることは,学生が伸びるときに教員がリミットを作っちゃうこと。ゼミでも最初はきちんとしようと思っていたんですよ。なんですけれどもやっぱり学生が萎縮してしまうんですね。先生がいると自由なディスカッションができないので。だから,「先生,しばらく出ないでいただけますか」って言われて,「わかった,君たちでまずは議論ができるようになってから呼んでね」と伝えて,10年以上いまだ呼ばれるのを待ってます(笑)。

─脳機能イメージング法とサイコメトリクスといった異なる測定技法を組み合わせることの意義についてお尋ねしたいです。

簡単に言うと違った方法の良さがあるんです。心理的な測定っていうのはみんな自己判断でブレが大きすぎるけれど,機械で測定すればそういうことがないと言う人もいますが,現実は逆です。機械で心理的側面の計測をするとノイズの塊ですから,限られた分析しかできなくなります。そこで利用できると思ったのがサイコメトリクスです。300人ほどを対象によく練られた心理尺度を用いると,めちゃくちゃ再現性が高い結果が得られます。たとえばある企業のロイヤルティがどんな要因から成り立っているのかに関する解析をすることがあるんですけれども,これが経時的に違った会社で実施しても,びしっと同じような結果が毎回ちゃんと出てきます。このようにしてそれぞれの手法を適材適所で使い分けています。

─社会実装を見据えた研究も重視されています。基礎的な研究と社会実装はどのような関係にあると考えられているでしょうか。

基礎的な研究は優秀な人たちで占められています。でも,応用のところは研究しつくされていなくて,ニーズがあるところに解決策を持っていけば何らかの価値が出ます。研究費というのを取ってくるという世知辛い世界があるんですけれども,研究費を取ってくるためにまず基礎的なところをきちんと把握して,その上で最新の内容を語るというのが一番大型予算につながります。でも,大型予算だけに依存して研究を維持するのは無理だよねということで,それよりは企業さんと共同研究して,そこでお役に立っていただいて研究資金を得ることで持続可能な研究室運営ができるようになります。

─大学院への進学者数が減少しているというニュースもあります。研究者を目指す若手や学生に対してメッセージをお願いします。

日本はくいっぱぐれることがないので,リスクがあっても研究者の道にチャレンジしてくれるとうれしいなと思います。心理学分野だと実験心理学って絶対必要ですよね。そして,社会心理学や発達心理学といった多様な研究を行う研究者が必要です。研究を続けるには好きだということ,本当に続けたいって思うことが重要です。もしも,リスクヘッジがしたいのであれば,研究を通して身につく心理統計のスキルと英語のスキル,そして論理的な考え方をきちんと身につけていれば,もうそれだけで転職市場で生きていけますからそんなに恐ろしいことはないです。なので,全く恐れずに,ぜひ研究にチャレンジしてほしいなと思いますね。

聞き手はこの人

インタビュアー:ながや かずひさ

インタビューを終えて

檀先生は生物学から始まり脳神経科学,心理学と分野横断的に研究をされています。この度のインタビューを通じて,檀先生の研究の背景には情報処理過程の可視化を通じて現象の原因論的説明を目指す研究姿勢が根底にあることがうかがえました。学生指導も印象的で,ゼミに教員が顔を出さず (!),ゼミ生どうしの主体的な議論にまずは任せるというスタイルが衝撃的でした。もちろん,ただ任せておくのではなく,学生さんの研究テーマが定まったらそれをしっかりと受けとめ,檀先生が学際的な視点から知識の枠組みを提供して具体的な研究計画につなげていきます。こうしたことは教員と学生との間で強い信頼感がないとできないことだと思いました。研究姿勢だけでなく,目指すべき研究室モデルについても重要な示唆を得ることができました。

研究テーマ

現在は社会心理学の観点から,判断と意思決定やリスク認知に関する心理学的研究を実施しています。損失回避性のように人には多様な判断・意思決定の特徴が存在することが指摘されています。従来まで損失回避性などは個人の中で完結する閉じた情報処理過程の産物だと考えられていましたが,評価懸念や評判維持といった個人間の相互作用過程にも着目し,多様な意思決定バイアスが維持・促進される過程について明らかにしたいと考えています。

Profile─ながや かずひさ
山口大学教育学部講師。同志社大学大学院心理学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。専門は社会心理学。共著論文にEffects of graphical presentation of benefits on cognitive judgments induced by affect heuristic: Focusing on the acceptance of genetically modified foods. Appetite, 182, 2023など。

ながや かずひさ

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