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心理学から データ分析の舞台へ
西村 友佳(にしむら ゆか)
Profile─西村 友佳
2021年3月,関西学院大学大学院文学研究科総合心理科学専攻心理科学領域博士課程後期課程単位取得満期退学,同年4月より現職。修士(心理科学)。専門は認知心理学。
月日が過ぎ去るのはあっという間で,この文章が掲載される2024年4月,私は株式会社ARISE analyticsに新卒入社して4度目の春を迎えます。本記事執筆時点では,博士(心理学)の上司が率いるマーケティング戦略立案・推進のための分析支援を行うチームにアナリストとして所属し,億単位の件数のデータを扱いながら施策の効果検証や,KPI(Key Performance Indicator)モニタリングレポートの運用を行っています。
「ビッグデータを扱うようなデータ分析会社ということは,機械学習や深層学習ができないといけないんでしょう?」「心理学出身者が入る隙などないのでは?」と思われるかもしれません。それに,私の業務範囲では,心理学で扱われる概念の知識そのものが活かされることも多くはありません。私は大学院で顔の短期記憶について研究していました[1]が,今の仕事の中で顔の短期記憶は何秒で形成されるのか等の話はもちろん一切出てきません。では,なぜ心理学出身者である私がデータ分析会社に採用され,4年間無事に生き残れているのでしょうか?
ARISE analyticsの事業は顧客情報や位置情報,センサーデータ等,多種多様なデータを使って分析コンサルティング・AIプロダクトの提供をすることです。このうち,私は分析コンサルティング事業に携わっています。
コンサルティング業務の流れは研究の進め方によく似ています。コンサルタントは,お客様の課題(例えば「電子決済サービスの継続率を向上させたい」)の解決に直結する問いを立て,筋のよい仮説を立案し,仮説検証のために過不足のない分析設計を作ります。そして,適切な分析手法を選定し(可視化だけでよいのか,カイ2乗検定をするのがよいのか,差分の差分法を使うのがよいのか等),得られた結果からビジネスに活かせる示唆を抽出します。得られた示唆を基にした施策を実行した後,新たな課題が出てきたら,その解決のためにまた問いを立て,検証していきます。このサイクルはまさに,研究の目的を明確にし,仮説を基に最初の実験計画を立て,実験・分析を行った後,実験2へつなげていく基礎研究のサイクルに似ていると思います。
私が今のところ無事にデータ分析会社で生き残れている理由は,心理学を通して問いの立て方・仮説の立て方・実験計画の立て方・目的に沿った統計的手法の選び方・論理の飛躍がない考察の仕方を(すごく上手ではないものの)身につけられたからだと考えています。「人の行動について明らかにしたいことを適切に測るためにはどのような実験条件・統制条件を設定すればよいのか」は,心理学では学部生の頃から徹底的に教え込まれることですので,わかって当たり前のことなのかもしれません。しかし,一歩心理学の世界から外へ出てみると,これが有力な強みになり得ます。このように,心理学を通して得た学びやスキルが強みになり得ることに気づくことで,卒業・修了後の進路の幅は格段に広がります。選択肢の一つとして,データ分析業界にも興味を持っていただけますと幸いです。
- 1.Nishimura, Y., Tsuda, H., & Ogawa, H. (2022) Jpn Psychol Res, 64, 449-460.https://doi.org/10.1111/jpr.12327
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