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こころの測り方
シングルケースデザイン法
島宗 理(しまむね さとる)
Profile─島宗 理
専門は行動分析学。1992年,Ph.D. in Psychology(ウェスタンミシガン大学)。2006年より現職。著書に『パフォーマンス・マネジメント:問題解決のための行動分析学』(単著,米田出版)など。
シングルケースデザイン(Single-Case Design: SCD)は行動分析学ではテッパンとなっている実験計画法です[1]。本稿ではSCDで因果を実証する考え方に焦点を当てて解説します。
この行動はどうすれば増やせるのかという問いに答えるため,行動分析学の研究では,目の前の人や動物の行動を記録しながら,環境を変え,それが行動に及ぼす影響を観測していきます。
初めに行動ありきで次が測定。どのように環境を変えるかは,観察・測定した行動によって決めていきます。実験者が何をするかがデータによって変わることが前提です。初めに仮説ありきで,その仮説を検証するための実験条件を考え,計画した通りに実験を実施する要因計画法とは真逆のアプローチです。
よく言えば柔軟,悪く言えば適当。それでも環境(独立変数)が行動(従属変数)に及ぼす因果的な影響を探求し,同定できるように考案されてきたのがSCDです。以下,環境は「介入」と書きますが,臨床や教育を目的としない基礎研究でもロジックは同じです。
統計的因果推論を広めたルービンは,因果の実証には実験者による操作が必須で,かつ効果検証には無作為化比較試験(RCT)が必要であると考え,でも現実にはRCTの実施が難しい場面が多いために,すでにあるデータから因果を推測するための計算方法を提案しました[2]。
まったくその通りなのですが,もしもしルービン先生,介入していなかった場合の世界線(反事実)はRCTでなくても得られますよ,というのがSCDです。SCDにはいくつか方法がありますが,ここでは参加者間多層ベースライン法を例に説明します。
典型的な実験結果を図1に示します。3人の参加者に共通する標的行動があり(例:小学校で掃除の時間に掃除をする),それを増やす介入(例:保護者に協力してもらい,学校で掃除をした日のみ家に帰ってからゲームで20分間遊ぶことを許可する)の効果を検証するとします。図1の縦軸は従属変数(例:掃除した時間の割合),横軸は時系列の指標(例:日)で,各参加者のデータを折れ線グラフにして横軸を合わせ,縦に並べます。
縦に走るジグザグ線が介入開始時点を示し,条件変更線と呼ばれます。これより左側が現状把握のためのベースライン記録期間で,これより右側が介入後の記録です。介入開始時点を参加者ごとにずらすところにこの方法の特徴があります。
SCDでは,行動の水準(頻度や強度の高低),傾向(上昇下降など),分散,そして介入効果を,できるだけローデータをそのまま作図したグラフを目視して評価します。統計的検定を行うことはあまりありません。いくつか理由がありますが,明瞭に目視できるくらい大きな効果を持つ変数を探そうという指針が大きいです。とはいえ目視による判断にも第1種,第2種の過誤は生じますので,統計量を計算した検定や機械学習による判断の併用など,リスクを減らすための手順も検討されています。
補助線を使う手順にも目視判断の正確性を高める効果が確認されています。SCDで因果を検証するロジックと関連しますので,この手順を追ってみましょう。
図2には図1から参加者1のグラフのみを抜き出して補助線を追加しました。Ⓐはベースラインのデータを元に作成した予測傾向線です。傾向線の引き方はいくつか考案されていますが,このまま条件を変えず,測定を続けていたらどうなるかを予測することが目的です。そのために平均的な水準を示す線とデータの分散を範囲として示す上下の線で構成し,ベースラインから条件変更線を超えて右側へ延長します。
介入開始後のデータを使って同じように実測傾向線を引きます。Ⓑがこれです。介入の効果はⒶとⒷがどれだけ離れているかで評価します。範囲がどのくらい重複するか計算する効果量の指標も開発されています。
実はSCDの中ではここまでがAB法と呼ばれる方法になります。介入開始とたまたま同時に生じた条件変化が行動に影響した可能性もあります(例:学校で掃除をしていないことを保護者が強く叱ったなど)。そうした剰余変数が影響している可能性がある限り,内的妥当性は低いままですし,Ⓐは測定していない予測データですから,ルービン先生の言う反事実にはなりません。
そこで参加者2,3のデータの出番です。図3の灰色の四角で囲んだ部分(ⒸとⒹ)は介入前のデータです。参加者1に介入を導入して行動に変化が見られたときに,まだ介入していない参加者2と3の行動を測定することで,介入していなかった世界線を示すデータを得るのです。ⒸとⒹに,参加者1で確認された行動変化が生じなければ,図2の予測傾向線(Ⓐ)はもっともらしくなりますし,参加者1と同じような行動変化が生じるなら,独立変数以外の何かしらの剰余変数が標的行動に影響していたことになります。
これで終わりではありません。次は参加者2,その次は参加者3に介入を導入していきます。図4には,図2と同じ方法で補助線を引きました。Ⓕが参加者2のベースラインデータから作成した予測傾向線,Ⓔは参加者2に介入を導入した後の実測傾向線です。両者が十分に離れていれば,参加者1で確認された独立変数の効果が参加者2でも確認できたことになります。同一実験内の直接再現です。参加者2に介入を導入した時点では参加者3には介入を導入していませんから,Ⓖが介入していなかった世界線を示すデータになります。
最後に,参加者3に介入を導入し,その効果をⒾとⒽで比較して,実験が終了します。この部分に対する反事実のデータはありませんが,介入効果が同一実験内で再度再現されたとみなします。参加者数を増やし,その都度,直接再現が確認されれば,剰余変数が影響している可能性をさらに低められます。
SCDはRCTを実施するには参加者が足りない場合にも使えます。教育,臨床,医療などの現場で,実践しながら実験したい研究者には重宝するはずです。どのような介入に効果があるかまだわからないときにも使えます。まずはAB法を繰り返し,目の前のその行動を変える介入を探索的に見つけてから,より厳密な効果検証に挑むのもありです。
SCDには,他に,反転法(ABA法),基準変更法,条件交替法があり,これらを組み合わせて使うこともあります。因果を検証するロジックはそれぞれ少しずつ異なりますが,どの方法でも,予測傾向線と実測傾向線を目視して介入効果を評価する方法や,本稿では解説できなかった無作為化の手順,実験内の直接再現を重視する点は共通しています。
同一実験内で再現した介入効果は,他の研究者による追試により再現性が確認されていきます。介入効果の一般性を帰納的に検証していくところもSCDの特徴の一つです。
- 1.島宗理 (2019) 応用行動分析学:ヒューマンサービスを改善する行動科学.新曜社
- 2.Rubin, D. B. (2005) J Am Stat Assoc, 100, 322-331.
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