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思考からの脱却 ─聞き分けよ,さらば驚かん
松川 昌憲(まつかわ まさのり)
Profile─松川 昌憲
学士(心理学)。専門は臨床心理学,文脈的行動科学(特にアクセプタンス&コミットメント・セラピーと関係フレーム理論)。共著論文に「アクセプタンス&コミットメント・セラピーがADHD傾向をもつ大学生に与える影響」『心理臨床科学』12, 17-28, 2022など。
フュージョンと脱フュージョン
認知行動療法のなかにACT(Acceptance & Commitment Therapy) という心理療法がある[1]。ACTはその理論のなかで,「考える」という行動に注目している。
私たちの生活において,「考える」ことは必要不可欠である。しかし思考はときに,あたかもそれが真実かのように認識されることがある。恋に落ちたことがある人なら,「私は嫌われているかもしれない」と本気で思い悩む感覚に心当たりがあるだろう。ACTはこの状態を認知的フュージョンと呼ぶ。この状態では,思考と現実が混同し,苦悩の増大を招くリスクが高くなる。
一方,「考える」ことから離れる行動として,ACTでは認知的「脱」フュージョンを提唱している。脱フュージョンとは,思考をただの思考として捉えるプロセスのことである。先の例でいえば,恋に「ただ」思い悩んでいる「だけだった」と気づくことが脱フュージョンにあたる。
脱フュージョンに関する基礎研究
ACTは認知を扱ううえで,RFT(Relational Frame Theory)という理論を基盤にしている。そしてRFTでは,文脈制御という観点から,脱フュージョンに注目している[2]。
そもそも「考える」ことがもつ力は,思考内容よりもその時の文脈によるものといえる。例えば,学生時代には深刻だった恋の悩みも,大人になれば淡い思い出に変わってしまう。これと同様にRFTでも,提示刺激(思考)とは別に文脈手がかり(文脈)を設定する。そして,文脈手がかりの変化によって提示刺激に対する反応が変化するかを検討している。
しかしACTの究極的な目標は,自力で脱フュージョンができるようになることである。その場合,文脈手がかりを思考そのもの(提示刺激内部)に位置づけなければならない。どうすれば私たちは外界の変化に頼ることなく思考から脱却できるだろうか。
思考の音声的特徴に注目した研究
ここで筆者は思考の「音声的特徴」に注目した。もし思考が「声」ならば,脱フュージョンとは「声そのものに気づく」プロセスだといえる。
そこで筆者は,音声の高低を文脈手がかりとした基礎研究を行った[3]。本研究では,意味的に(機能的に)等価な2種の音声(高音と低音)を作成し用いた。まず低音を提示し,実験参加者が特定の文字と色を選択するように訓練した。その後,高音(発声内容は低音と同じ)を提示し,文字と色の選択を求めた。この時,文字選択は低音時と同じ選択がなされることを確認した。その一方,色選択では,高音であることを文脈手がかりに,どれも選択しないという反応の訓練を試みた(図1)。実験の結果,意味的(機能的)に等価な音声に対する反応の制御が確認された。これは思考の声そのもの(音声の高低)に注意を向けることで,思考内容(音声内容)にとらわれない自由な行動が生起することを示唆する。しかし音声の高低が本当に文脈手がかりとして機能したかについては,さらなる検討が必要である。
さいごに
人は「考える」ことによって発展と苦悩を手にした。諸刃の剣である思考を使いこなすためには,思考を「聞き分ける」ことが必要だろう。
- 1. Hayes, S. C. et al. (2012) Acceptance and commitment therapy (2nd ed.). Guilford Press.(ヘイズ他/武藤崇他監訳 (2014) アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT).星和書店)
- 2. 木下奈緒子他 (2011) 行動療法研究, 37, 65-75.
- 3. 松川昌憲他 (2023) 心理臨床科学, 13, 3-16.
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