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朝鮮半島にルーツをもつ青年が 抱える異文化適応ギャップ
佐々木 三紗(ささき みさ)
Profile─佐々木 三紗
早稲田大学法学部卒。学士(法学)。専門は臨床心理学,認知行動療法。共著論文に「青年期におけるアジア系移民の家族内の文化的不一致と心理的問題についての研究動向」『人間科学研究』36, 66-75, 2023など。
日本における移民の現状
日本における移民の数は,2023年6月末時点で322万3,858人に上り,過去最多を更新した[1]。その中でも,朝鮮半島にルーツをもつ者は国別移民者数で第3位であるにもかかわらず,自殺死亡率が移民の中で最も高いことが指摘されている[2]。朝鮮半島にルーツをもつ者とは,渡航時期を問わず,朝鮮半島から日本に渡航した人々とその子孫のことを指す。朝鮮半島にルーツをもつ者が抱えやすい心理的問題の背景には,親子間の日本社会に対する親和性のちがいや,使用言語のちがいなどの異文化適応ギャップに関連する要因の存在が指摘されている[3,4]。
移民に生じる異文化適応ギャップ
異文化適応ギャップとは,親子間の移住先社会への適応戦略や適応レベルのギャップである[5]。とくに,子どもは親よりも移住先社会への同化が早いといわれており,親子間の異文化適応レベルのちがいで異文化適応ギャップが生じやすいといわれている[6]。このような異文化適応ギャップが生じると,親の子どもに対する権威づけが困難になり,親子間の葛藤が生じやすくなることが指摘されている[4]。たとえば,ヒスパニック系アメリカ人親子302組を対象とした[5]時点の縦断調査[7]や,韓国系アメリカ人親子77組を対象とした横断調査[8]では,異文化適応ギャップが家族機能の低下を通じて,抑うつや不安などの内在化症状と,大量飲酒や攻撃的行動などの外在化症状に影響を及ぼしていることが示された。
しかし,従来の研究における異文化適応ギャップと心理的問題の関連の検討は,欧米圏の移民のみを対象に行われており,日本における移民および朝鮮半島にルーツをもつ青年を対象とした検討は行われていない。
そこで現在,筆者らは,①朝鮮半島にルーツをもつ青年を対象としたインタビュー調査と,②朝鮮半島にルーツをもつ青年の異文化適応ギャップを測定する尺度の開発および青年の心理的問題との関連の検討を行っている。
朝鮮半島にルーツをもつ青年を対象とした研究
インタビュー調査では,「異文化適応ギャップの認識の有無が朝鮮半島にルーツをもつ青年の心理的問題にどのような影響を与えるか」というリサーチクエスチョンのもと,朝鮮半島にルーツをもつ青年12名を対象に,半構造化インタビュー調査を行った。その結果,異文化適応ギャップの認識がある場合,他人には理解してもらえるはずがないといった「個人的な問題という認識」や,「親との話し合いの回避」が生じることで,青年の抑うつや不安,孤独感などの心理的問題に影響を及ぼしている可能性が示された[9]。
尺度開発では,民族団体に所属する学生や首都圏の大学生・大学院生319名を対象に,質問紙調査を行った。その結果,一定の信頼性と妥当性を有する異文化適応ギャップ尺度が開発された。そして,異文化適応ギャップの認識が,朝鮮半島にルーツをもつ青年の抑うつ,不安,孤独感,認知的フュージョン(自らの思考に対する過度なとらわれ)と関連していることが明らかになった。
以上の結果から,異文化適応ギャップと朝鮮半島にルーツをもつ青年の心理的問題との関連が示された。今後は,「個人的な問題という認識」と過度に思い込んでしまう状態である認知的フュージョンや,「親との話し合いの回避」を含めた異文化適応ギャップと心理的問題の因果関係の検討や,心理療法の開発および効果検証を行うことで,朝鮮半島にルーツをもつ青年に対する支援の糸口を増やしていきたい。
- 1.出入国在留管理庁 (2023) 令和5年6月末現在における在留外国人数について. https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/13_00036.html
- 2. Gilmour, S. et al. (2019) Int J Environ Res Public Health, 16, 3013.
- 3. 金沢晃 (2011) こころと文化, 10, 159–166.
- 4. 額賀美紗子他 (2019) 移民から教育を考える:子どもたちをとりまくグローバル時代の課題.ナカニシヤ出版
- 5. Szapocznik, J., & Kurtines, W. M. (1993) Am Psychol, 48, 400–407.
- 6. Bacallao, M. L., & Smokowski, P. R. (2007) Fam Relat, 56, 52–66.
- 7. Schwartz, S. J. et al. (2016) J Res Adolesc, 26, 567–586.
- 8. Kim, M., & Park, I. J. K. (2011) J Youth Adolesc, 40, 1661–1673.
- 9. 佐々木三紗他 (2023) 日本学校メンタルヘルス学会第27回大会.
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