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【特集】

仕掛けで人を動かす

松村 真宏
大阪大学大学院経済学研究科 教授

松村 真宏(まつむら なおひろ)

Profile─松村 真宏
2003年,東京大学大学院工学系研究科修了。博士(工学)。専門は仕掛学。2017年より現職。著書(すべて単著)に『実践仕掛学』『仕掛学』(ともに東洋経済新報社),『Shikake: The Japanese Art of Shaping Behavior Through Design』(Liveright Pub Corp)など。

はじめに

仕掛学は,人の行動を変える「仕掛け」を体系的に理解することを目指して筆者が立ちあげた研究分野である。仕掛けの例として,バスケットゴールの付いたゴミ箱がある。このゴミ箱を見ると,ついゴミを投げてシュートしたくなる。筆者が実験したところ,バスケットゴールを付けただけで,ゴミ箱の利用者数が1.6倍になった(図1)[1]。しかも,シュートが决まった人はうれしそうな表情を浮かべていたことから,ゴミ箱の利用を楽しんでいたことがうかがえた。このような行動変容を導く物理的に介入するものを仕掛けと呼んでいる。

仕掛けは,行動の選択肢を増やすものであり,行動変容を強制するものではない。従来の行動の選択肢は残したままにするので,仕掛けに魅かれない人や不都合のある人は行動を変えなくてもよい。このようにすることで仕掛けを無理なく社会に導入することが可能になる。各自の小さな行動変容の積み重ねによるボトムアップな問題解決を狙っている。

運動不足や生活習慣といった個人の問題から働き方や省エネといった社会の問題まで,世の中の問題の多くは元をたどれば人の行動によって生み出されている。そのような問題に対して,教育や啓蒙によって行動変容を促して解決することが試みられているが,それで解決するほど問題は単純ではない。正論が通じない人が問題行動を改めないからである。

仕掛学では,正論では解決しなかった問題を対象とするので,正論が通じない人が対象になる。したがって,教育や啓蒙といった正論は使わず,魅力的な仕掛けによる行動変容を試みる。

図1 バスケットゴールの付いたゴミ箱
図1 バスケットゴールの付いたゴミ箱

仕掛けの要件

「仕掛け」という言葉は日常的にもよく用いられる言葉なので,仕掛学における「仕掛け」なのかどうかを区別できる基準が必要になる。そこで仕掛学では,仕掛けが満たすべき要件として,公平性(Fairness),誘引性(Attractiveness),目的の二重性(Duality of purpose)の頭文字をとったFAD要件を提唱している[2]

公平性は,仕掛けによって不公平が起きないこと,つまり得する人もいれば損する人もいるような状況を作らないということである。仕掛けを悪用させないための要件である。

誘引性はついしたくなる性質を備えているということである。仕掛けは行動の選択肢の一つにすぎないので,誘引性がないと選ばれない。なお,「誘引」は人を誘い入れること,「誘因」は誘引の原因であり,意味が異なる。よく間違われるが,仕掛学では「誘引性」を用いる。

目的の二重性は,仕掛ける側と仕掛けられる側で目的が異なるということである。仕掛けられる側の目的は対象者の目に留まるものなので「表の目的」,仕掛ける側の目的はその裏に隠された目的なので「裏の目的」と呼ぶこともできる。正論は裏の目的に当たるので,正論を隠すことになる。

身近な仕掛けである「ホームベーカリー」を例にあげてFAD要件を説明する。ホームベーカリーは,夜寝る前に材料を入れて予約タイマーをセットすれば,朝の指定した時間にパンが焼きあがる。そのときにとてもいい匂いがするので,心地よく目覚めさせてくれる。しかも焼きあがったパンはすぐに取り出さないと縮んでしまうので,眠くてもがんばって起きなければと奮い立たせてくれる。したがって,誘引性があると判断できる。焼きたてのパンが食べられるだけでなく,目覚まし時計としても機能するので,目的の二重性も満たされている。ホームベーカリーによって誰も損をしないので公平性もある。以上より,ホームベーカリーはFAD要件を満たしているので仕掛けと判断できる。

このように,仕掛けを意図して作られたものでなくても,結果的に仕掛けとして機能しているものは他にもいろいろある。仕掛けの要件を意識することで,身近な仕掛けに気づくようになる。


そそる仕掛け

仕掛けに誘引性がある,つまり仕掛けが人を「そそる」ための条件は,何か楽しいことが起こりそうだと人が期待することである。しかし,見たことも聞いたこともないものに対しては,そういう期待は起きようがない。期待してもらうためには,何かしらの手がかりが必要である。

その手がかりの一つは,我々の過去の経験や体験である。バスケットゴールの付いたゴミ箱を見たときにそそられるのは,過去にバスケットボールで遊んだことがあり,それが楽しかった体験と結びついているからである。バスケットボールで遊んだことのない人には効果が弱いだろうし,バスケットボールを知らない人には全く効果がないだろう。たとえば,バスケットゴールの代わりにクリケットで用いるウィケットをゴミ箱に付けても,日本ではマイナースポーツなので多くの人にとっては意味不明であり興味を示さないだろう。

人には変化を避けたり未知のものを避けたりする現状維持バイアスがあるので,新しい行動は選ばれにくい。新しい行動はわざわざ選んでもらう必要があるので,そそる仕掛けが必要になる。


フィールド実験

そそる仕掛けが必要だと書いた直後であるが,これは必要十分であって十分条件ではない。仕掛けにそそられても,難しそうだったり,時間がかかりそうだったり,周囲の視線が気になるなどの阻害要因があると,行動変容は起きにくい。仕掛けを取り巻く環境も行動変容の重要な要因になる。

統制すべき要因が多いことに加えて,実際の現場で行動変容が起こるかどうかに関心があるので,仕掛けの実験は基本的にフィールド実験で行う。同じ仕掛けでも場所や状況が変われば結果も異なるが,さまざまな人がさまざまな条件で実験を行うことで知見が溜まっていけば,メタ分析などを通して仕掛けと環境要因との関係も明らかになるだろう。


仕掛けの原理

複雑に見えてもシンプルな原理で説明できることは多い。たとえば,複雑な数学の定理もいくつかの基本的な公理や原理から論理的に導かれる。数多の料理も限られた種類の食材と調味料と調理方法から生まれる。人の失敗事例もわずか10種類の原因で説明できることが知られている。

仕掛けについても,分類を通してシンプルな原理が見えてくる可能性がある。仕掛学の研究を始めた当初からこの仮説を抱いており,仮説を検証するために筆者は仕掛けの事例を収集している。120件の仕掛けを分類して体系化したところ,大分類2種類,中分類4種類,小分類16種類の原理の組み合わせからなる仕掛けの原理が得られた(図2)[2]。大分類は「物理的トリガ」と「心理的トリガ」からなる。物理的トリガは知覚される物理的な特徴,心理的トリガは人の内面に生じる心理的な働きのことである。心理的トリガは物理的トリガによって引き起こされ,互いが自然に想起される関係にあるときに行動が生じると考えている。

図2 仕掛けの原理
図2 仕掛けの原理

たとえば,バスケットゴールの付いたゴミ箱では,バスケットゴールという物理的トリガ(アナロジー)がバスケットボールで遊んだ楽しかった記憶を呼び起こす。それが「シュートしたい」という心理的トリガ(挑戦,期待)を引き起こした結果,ゴミを投げてシュートするという行動が生じる。ホームベーカリーでは,パンが焼きあがるときの「匂い」という物理的トリガ(嗅覚)が「食べたい」という心理的トリガ(期待,報酬)を引き起こす。その結果,寝床から起き出してパンを取り出すという行動が生じるのである。


3秒ルール

筆者らの実験によると,通行人がポスターに目を向けてくれる時間はたったの約3秒しかない[1]。したがって,仕掛けを設置したときも,通行人が目を留めてくれるであろう3秒間が勝負になると考えており,「3秒ルール」と呼んでいる。

3秒でできることは限られている。映画の字幕にはセリフ1秒につき4文字以内という基準がある。この基準に従うと3秒で読める文字数はせいぜい12文字しかない。たったそれだけの文字数で行動を促すのは容易ではない。目を向けさせるだけなら,派手なものや珍しいものを置いてもよいが,それだけだと仕掛けにはならない。行動変容が起きないものは仕掛けではないからである。

したがって,仕掛学では見ただけで意図が伝わる物理的トリガを用いる。バスケットゴールは見ただけでシュートしたくなるし,焼きたてのパンの匂いをかぐと食欲をそそられる。これらの仕掛けはいずれも3秒ルールを満たしている。

なお,3秒ルールにも例外はある。立ち止まることが強いられる場所,たとえば電車の中やエレベーターの中,信号待ちをしているとき,行列に並んでいるとき,レストランで料理を待っているときなどである。そういう場面では3秒を越えるアプローチも可能である。


新規性と親近性

仕掛けが満たすもう一つの条件に「新規性」と「親近性」がある。新規性と親近性は相反する条件のようにみえるが,必ずしもそうではない。何か知らないものがあると,気になってつい見てしまう。これが新規性である。また,初めて見たものでも,よく知っているもののような気がして,使い方が容易に想像できるものがある。それが親近性である。

バスケットゴールの付いたゴミ箱は,ほとんどの人は見たことがないので新規性がある。しかし,バスケットゴールもゴミ箱もよく知っているものなので,それらを組み合わせたものにも親近性がある。したがって,通りすがりの人々の興味を引くし,使い方も容易に想像がつくのである。このように,よく知っているものを本来とは異なる文脈で用いると新規性と親近性を同時に満たすことが多いので,仕掛けを発想する際にもしばしば用いられる。


仕掛けの使い所

冒頭で述べたように,仕掛けは正論が通じない人を対象とするときに効果を発揮するが,それ以外にも使い所はある。仕掛けの誘引性は接触頻度とともに下がる傾向にあるが,行動変容は最初のハードルが最も高い。たとえば,お手軽そうにみえるランニングでも,いざ始めようとすると,シューズやウェアを用意しないといけないし,走るコースも調べないといけない。走る時間を工面するために生活のルーチンを改める必要もある。このような最初のハードルを乗り越えるために仕掛けを使ってもよい。

また,行動変容は3週間から3か月毎日繰り返すことで習慣化するといわれているので[3],生活の導線上に飽きられにくい仕掛けを設置することで習慣化を狙ってもよい。


行動変容研究における仕掛学の位置づけ

行動変容を扱う研究分野は仕掛学以外にもいろいろある。ここでは,それらの隣接分野と仕掛学との違いについて整理する。本誌の主要なテーマである心理学との関係については,別途述べる。

行動分析学におけるオペラント条件づけやレスポンデント条件づけは,報酬や罰を与えたり二つの刺激を関連づけたりすることで行動を強化して行動変容を実現する[4]。一方,仕掛学では,すでに強化された行動を利用して行動変容を実現する。バスケットゴールを見ると楽しい記憶が想起されるのは,過去にバスケットボールを楽しんだ経験を通してすでに強化されているからである。

仕掛学は行動経済学のナッジとよく混同される[5]。ナッジは人の系統的なバイアスを利用するので,無自覚的であり消極的な選択になる。一方,仕掛学はわざわざ選ばないとできない行動なので,自覚的であり能動的な選択になる。また,ナッジではパターナリズムの思想に基づいているので,多くの人々の行動を変えることが社会的に望ましいと考えており,行政が国民や市民に対して行う施策と相性がよい。一方,仕掛学では仕掛けに興味をもった人だけが行動を変えればよいと考えているので,特定の相手や場所を対象とする問題にも活用できる。ナッジでは文面の変更による概念的な介入が主であるのに対し,仕掛学では文字はなるべく避けて物理的に介入する点も異なる。

デザインに興味のある人にとっては,ドナルド・ノーマンのアフォーダンスとの関係も気になるだろう。アフォーダンスは,オブジェクトの使用方法が直感的にわかる(アフォードする)ことを示唆するものである[6]。たとえば,椅子は平らな座面が地上から40センチメートルくらいのところにあるので,座れることがわかる。しかし,椅子を置いたからといって座りたくなるわけではない。つまり,アフォーダンスは「〜できる」ことを示すものである。それに対し,仕掛けは「〜したい」という欲求が含まれているところが異なる。

ローレンス・レッシグは,行動変容をもたらす制約として,法・市場・規範・アーキテクチャの4つを挙げている[7]。このうちのアーキテクチャは,物理的な環境によって行動変容を促すものである。たとえば,お店で椅子の座面を固くしたりエアコンの設定温度を低くしたりすると客の回転率が高まる。このように,アーキテクチャは環境を強制的に変えるアプローチであり行動の選択肢がない。そこが仕掛学とは異なっている。


心理学と仕掛学の関係

仕掛けを見たときにそそられるのは,何か心理的なプロセスが働いているためであるが,仕掛学では心理学で用いられる構成概念による理解というアプローチはとらない。心理学が「人の心と行動の理解」を目指しているのに対して,仕掛学では「行動変容による課題解決」を目指しているためである。

構成概念を検討しないので,アンケートによる調査も行わない。人の内面には踏み込まず,行動観察によって行動変容の有無を客観的に検証する。


心理学の可能性

仕掛学はまだ誕生したばかりの研究分野であり,本稿に記したことも十分な科学的検証を経たものではない。また,筆者の個人的な経験に基づいた偏った見方になっていることも否めないが,最後に仕掛学の観点から心理学の可能性について述べる。

仕掛学の心理的トリガは心理学の知見と少なからず関係があると考えられるので,仕掛けはその知見を具現化したものと見なすこともできる。今後,仕掛学と心理学の連携が進めば,心理学の知見に基づいた新たな仕掛けの提案が得られたり,仕掛学の知見から新たな心理的な知見が得られたりする可能性もあるだろう。今回の特集を契機として,仕掛学と心理学の新たな関係を構築できれば幸いである。

  • 1.松村真宏 (2023) 実践仕掛学:問題解決につながるアイデアのつくり方.東洋経済新報社
  • 2.松村真宏 (2016) 仕掛学:人を動かすアイデアのつくり方.東洋経済新報社
  • 3.Lally, P. et al. (2010) Eur J Soc Psychol, 40, 998–1009.
  • 4.杉山尚子 (2005) 行動分析学入門:ヒトの行動の思いがけない理由.集英社新書
  • 5.セイラー, R.・サンスティーン, C./遠藤真美訳 (2009) 実践行動経済学:健康,富,幸福への聡明な選択.日経BP社
  • 6.ノーマン, D. A./岡本明他訳 (2015) 誰のためのデザイン? 新曜社
  • 7.レッシグ, L./山形浩生他訳 (2001) CODE:インターネットの合法・違法・プライバシー.翔泳社
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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