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【小特集】

Youはどうして心理学へ?

心理学以外の分野を一度修学してから,心理学や近接領域の学部へ編入,もしくは大学院で初めて心理学を専攻して心理学の研究者になった方々に,心理学を専攻するきっかけや,他分野で修得した知識をどのように心理学で生かしているかなどをお聞きして,心理学の多様な魅力を探訪します。(坂田陽子)

数学は楽しい!役に立つ!

島田 英昭
信州大学学術研究院教育学系 教授

島田 英昭(しまだ ひであき)

Profile─島田 英昭
筑波大学大学院心理学研究科博士課程修了。博士(心理学)。専門は教育心理学,認知科学,教育工学。プロフィール詳細はhttps://shimadahideaki.jpを参照。

なぜ心理学へ?

みなさんはじめまして。信州大学の島田と申します。教育学部で教員養成と公認心理師養成に携わっています。学部では数学を専攻して,大学院から心理学を専攻し,現在に至ります。

数学の先生になろうと思って大学に進学しました。候補として経済学,心理学も考えていたので,社会科学は好きなのだと思います。しかし,国語の成績が悪かったので数学科にしました。消去法です。

僕のいた筑波大学では,大学全体の専門科目を自由に履修できるという素晴らしい制度がありました。心理学の授業を受けることができ,興味が高まりました。そのような中,教育実習ではさまざまな経験をさせていただき大変感謝している一方で,「学校の仕事は自分には向かないな」と思いました。当時は民間企業の就職も厳しかったので,研究者になろうと思いました。相変わらず消去法です。働きたくなかったのかもしれません。

肝心の専門分野ですが,数学ではまわりの優秀層を見て戦える気が全くせず,数学教育と認知心理学で迷いましたが,AI(人工知能)研究に近い知識表現の分野にたいへん興味を引かれ,認知心理学を選びました。ここは消去法ではなく,本当に魅力的で今に続きます。

僕にとっての幸運が二つありました。一つは,大学院の指導教員であった故・海保博之先生が,心理学初心者の僕を快く受け入れてくださりました。もう一つは,当時大学院生であった荷方邦夫先生(現・金沢美術工芸大学)とご縁があり,大学院の受験勉強や心理学の基本的な研究方法を教えていただきました。偶然の出会いに感謝です。

4年生のときは数学基礎論のゼミに所属し,先生と一対一のゼミでした。勉強不足でごまかすと的確に指摘されました。論理の厳しさを学びました。同時に,大学院入試の勉強もしました。大学院入試に向けた時期は,人生でいちばん勉強しました。たぶん,心理学が好きだったのでしょう。大学院に合格することができました。

図1 学部1,2年生で使った教科書。今でも使うことがあるので,本棚にある。
図1 学部1,2年生で使った教科書。今でも使うことがあるので,本棚にある。

数学と心理学

数学は,心理学を学び,研究する上で大いに役立っています。最近,日本心理学会で基礎数学講座が開かれました。「数学熱」の高まりに興奮します。

数学が役立つ第1候補は統計です。ところが,実は心理統計と数学科で学ぶ統計の間にはギャップがあります。数学科では理論から入ります。特に,3,4年生あたりで「測度論」と呼ばれる積分の延長のような理論から「確率空間」というものを公理的に定義して論じ始めます。このあたりは未だに理解できていませんが,やる気になれば理解できるという謎の自信だけはあります。

図2 大学院の授業風景です。普段はICT推しですが,数式は板書に限りますね。
図2 大学院の授業風景です。普段はICT推しですが,数式は板書に限りますね。

それでも,大学院生の頃に数学を使って回帰分析や確率分布を理解しようとして,心理統計と繋がって,今では心理系の大学院生に数学を使って授業をしています(図2)。理工系の基礎,微積分と線形代数が役立ちました。たぶん,数学が好きなんだと思います。能力よりも動機づけです。寝る前に統計の本を読んでいました。今ではスマホでX(旧Twitter)です。

別の観点で役に立ったと思うことは,上記でも少し紹介した「公理的な考え方」です。たとえば,代数学で「群(group)」という概念があるのですが,群は3つのルールから成り立ちます(図3)。こんな天井から降ってくるような論だと,なんだかよく分かりませんよね。こういうときには例を作ればいいと教えられました。簡単に言えば,たし算やかけ算のモデル,あるいは一般化とも言えます。かけ算だと,結合法則は成り立つし,単位元(1)はあるし,分数を許せば逆元が存在します。たし算とかけ算を分けて論じると面倒なので一般化して一気に議論しよう,という話で僕は理解しています。こういう数学の合理性は大好きです。

図3 群の定義です。3つのルールが成立する対象を考えます。∀,∃を書くのは久々で,間違いがあればすみません。
図3 群の定義です。3つのルールが成立する対象を考えます。∀,∃を書くのは久々で,間違いがあればすみません。

このように扱う範囲を明示することで,前提をみんなで共有できます。そうすると,議論がズレないのです。僕は高校の延長でなんとなく数学をやっていたのですが,あるとき先輩に「定義を覚えないとダメだよ」って言われ,気づきました。今でもその先輩に感謝しています。よくそれで数学科にいられたよなって,当時の自分に言いたいです。

心理学では,日常で素朴に共有している概念を出発点に議論を始めることがあります。○○感,○○能力などです。たとえば,最近流行している「非認知能力」は,「動機づけや学習方略や情動制御等の能力」のように素朴に帰納的に考えることもできます。しかし,議論がいつの間にかズレます。人によって概念の理解が異なるからです。困りました。

公理的な考え方の出番です。概念の定義をするのです。非認知能力に関しては,小塩[1]が非認知性,測定可能性,予測可能性,介入可能性の4点で定義しています。大事なのは,常に定義に戻ることだと思います。数学ほど厳密にはなりませんが,扱う概念の基礎的ルールを言語化することはたいへん重要です。都合が悪くなったら定義を再考してもいいです。みなさん,自分の研究対象の概念,定義していますか。尺度で操作的に定義してもいいのですが,明確な概念的定義で理論構築する方が好みです。理論好きです。

数学を学んで心理学に生かす

文系・理系という分け方が嫌いなのは置いといて,心理学は文系とされながら,実態は理系なのだと思います。将来,微積分と線形代数は必修になるかもしれません。生物学や工学に近いところに心理学の対象や方法がシフトしています。ベイズのような統計モデリングが実用化されています。そう,心理学で食うためには,数学から逃げられない時代になるのです。特に若手のみなさま。僕は得意だからウェルカムですけど。

そこで最後に,数学と心理学を経験している僕が,心理学者は数学とどう付き合えばいいのか,ご提案させていただきます。3点です。なお,万人に適応できるとは限りません。

第1に,応用や実践から入ることです。論文を読んで新しい手法が出てきたら,その都度必要な基礎を学べばよいと思います。僕もそうやってきました。「基礎から着実に」が合う人はもちろんそれでいいです。最大の敵は挫折,最大の味方は継続です。

第2に,わからないことを楽しみ,考え続けることです。数学者の故・森毅先生のベストセラー『数学受験術指南』[2]では,「頭の中で飼っておく」と表現されています。僕はこの言葉が気に入っていて,お風呂に入りながら,趣味のスキーのリフトに乗りながら,わからないことを飼っています。

第3に,数学を好きになる,少なくとも嫌いにならないことです。不安とか,不快感情との連合とか,さまざまな数学嫌いの原因があります。そこからの脱出方法は心理学の大得意ではないですか。自分で自分に適用しましょう。嫌いだと頭の中で飼えないですから。

数学は楽しいです。役に立ちます。

  • 1.小塩真司 (2023) 教育心理学年報, 62, 165–183.
  • 2.森毅 (2012) 数学受験術指南:一生を通じて役に立つ勉強法.中央公論新社
  • *COI:本稿に関連して開示すべき利益相反はない。

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