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裏から読んでも心理学

敢えて阿倍野の道を往け

慶應義塾大学文学部 教授

平石 界

ここ数年,心理学論文をネタにしたWeb記事をネタに「記事で言ってることが本当に論文に書いてあるか確認しよう」という授業を友人と一緒にやってきました(鳥山, 2023)。ネットで明らかに盛ってそうな記事タイトルを見かけても,いちいち原典までさかのぼって確認するのも面倒だし,「またやってる」と独り言ちてそのままにするのが心理学者の日常ではないかと思いますがいかがでしょうか。せいぜい翌日の授業でちょろっと苦言を呈したり。それならいっそ授業にしてしまえ。いざやってみて気づいたことが一つ。記事に論文の著者本人が登場して盛った発言をしていることが時々あるんです。え? あの論文からそんなこと言えないよね? 分かってるよね? なんで? にんげんだもの?

研究者本人が盛ってれば記者はそのまま採用しますよね。とは言え「にんげんだもの」と盛ってしまわないために研究方法論が存在し,研究者教育が行われるわけですから,そんなことする人は一部だろうと思っていたわけです。しかし「思う」だけじゃなく,ちゃんと調べた人たちがいるんですね。それも2014年の論文。執筆者の一人は『心理学の7つの大罪』を著したクリス・チェインバーズで,これを見落としていたのは個人的にかなり恥ずかしい(Sumner et al. 2014)。

対象としたのは(心理学を含む)健康に関する研究について,英国のトップ大学が2011年に発表したプレスリリース。そこから元の論文と各種メディアに掲載された関連記事を拾ってきて,「盛り」の発生ポイントを調べました。落ちは予想できると思いますが,プレスリリースの時点でかなり盛ってる。例えば「相関への因果盛り」だと,だいたい3割のプレスリリースでやってる。そしてプレスリリースが盛ってると記事も8割がた盛っちゃう。プレスリリースが盛ってないと2割弱だったそうなので,これはかなりの影響です。研究のプロ集団たる大学がすでに盛っていた。

「そういうあなたも今,相関に因果を盛りましたよね?」 ばれたか。論文→プレスリリース→記事,みたいな書き方をしましたけど,上記データからはそんな因果関係までは特定できないですね。もちろん著者たちは慎重な書き方をしています。それだけじゃなくて,しつこく(本当にしつこく)フォローアップもしてる。大学発じゃなくて出版社発のプレスリリースだとどうだろうか(Sumner et al. 2016),公開前のプレスリリースからランダムに「盛り」を削らせてもらって実験しよう(Adams et al. 2019),別の年のデータで追試してみよう(Bratton et al. 2019)などなど。加えて読者が「盛り」をどう受け取るかも研究してます(Adams et al. 2017)。面白いことに「A causes B」と「A can cause B」はどちらもAがBを起こすと受け取られる一方,「A might cause B」だとそれほどでなく,せいぜい「A correlates with B」と同程度なのだそうです。実は最初の論文では “might cause”も因果盛りとしてカウントしていたので,数え直した分析とかもしてます。丁寧。

いろいろやってみると,結果が再現されない部分もあるし,固い部分もある。英国ではガチガチに固かった「盛ってないプレスリリースでも同じくらい記事に取り上げられてる」という結果が,別チームによる蘭国の調査では再現されないこともある(Schat et al. 2018)。そんなことを聞くと,アジアでは,日本ではどうかなぁと,興味が尽きません。加えて,最初の論文が話題になったためか,その後のプレスリリースから盛りが減ったっぽいって話まである(Bratton et al., 2020)。アメリカの犬で分かったことを「日本では?」「大阪では?」「阿倍野では?」とやることを「阿倍野の犬研究」と揶揄する向きもあるようですが,場所によって,時代によって移ろう世相を面倒がらずに地道に追い続けることこそ,こと人間を対象とする分野では王道ですよね。

Profile─ひらいし かい
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より慶應義塾大学。博士(学術)。専門は進化心理学。

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