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Psychology for U-18 高校生に伝えたい

認知バイアスの心理学─知覚・認知編

池田 まさみ
十文字学園女子大学教育人文学部 教授

池田 まさみ(いけだ まさみ)

Profile─池田 まさみ
博士(学術)。専門は認知心理学。著書に『心理学の神話をめぐって』(共編,誠信書房),『超絵解本 だれもがもつ“考え方のくせ” バイアスの心理学』(監修,ニュートンプレス)など。

研究分野を問われて「心理学」と答えると,「じゃあ,人の心が読めるんですね!」と言われることがあります。心理学を学ぶと,読心術が身につくと思われているのかもしれません。

このような例に限らず,心理学はしばしば実際の学問内容とは異なる捉え方をされることがあります。そこには心理学に対するある種の「バイアス」があるのかもしれません。

心に潜む認知バイアス

バイアスとは歪みや偏りのことです。たとえば皆さんも「自分だけは大丈夫(そんな目には遭わない)」「(後から知ったことでも)はじめからそうなると思っていた」「昔のことをつい最近のことのように感じる」といった経験はありませんか。

順に「楽観性バイアス」「後知恵バイアス」「圧縮効果」と呼ばれるもので,いずれも「認知バイアス」の一種とされています。「認知」には知覚をはじめ,記憶や感情,選択,判断,意思決定など,人間の思考全般に関わる心のはたらきが含まれます。つまり,認知バイアスは「思考の偏り」という意味で,誰にでも起きるものです。無意識のうちに生じる人間の「思考のクセ」とも言えます。自分にそんなクセはないと思う人もいるかもしれませんが,バイアスに陥っていることに自分では気づきにくい,というのも認知バイアスの特徴のひとつです。

さまざまな認知バイアス

認知バイアスの種類は150を超えるという研究者もいますが,重要なのは,どんな場面でどんな種類の認知バイアスが生じるかを知っておくことです。知っておくと,自分の心に潜む認知バイアスに気づけたり,不要なトラブルを避けたり,不安を軽減できる可能性があります。

心理学では,認知バイアスがどのようにして生じるかを実証的に調べています。実験例などを交えて,いくつか認知バイアスをご紹介しましょう。


文脈効果

図1をご覧ください。十字に並んだ文字の縦列は「12,13,14」,横列は「A,B,C」と読めるのではないでしょうか。つまり中央の文字は上下左右の情報によって「13」にも「B」にも読めます。このように先行する情報や後続する情報との関係によって,知覚や認知が変わることを「文脈効果」と言います。

図1 文脈効果の例
図1 文脈効果の例

ところで,知覚的な現象は,「思考の偏りなの?」と思われるかもしれません。この例のように,自分が考えようと意識せずとも,脳が経験に基づいて瞬時に「考えた」結果を,私たちは感じている(知覚している)という点で,知覚も経験的な「思考の偏り」を受けているといえるでしょう。


バーナム効果

星占いや血液型占いなどで「当たっている!」と感じる現象も認知バイアスの一種で「バーナム効果」と呼ばれるものです。

1949年の実験[1]では,大学生39人に,性格に関する診断テストを受けてもらい,結果を個々に返却し,その結果が自分に当てはまるかを0~5点で(点数が高いほど当てはまる)評価をしてもらいました。実は返却した結果は,実験者が星占いの本を引用して作成したもので,全員同じ内容でしたが,評価の平均点は4.3点で,4点以下の評価は5人だけでした。

この実験から,人は自分の性格が診断されるような場面で,他者から曖昧で一般的なことを言われると,「自分の性格を表している」と思う傾向があるということです。また別の実験では,自分にとって好意的な内容はより受け入れられやすいこともわかっています。


虚記憶

ところで,自分が実際に見聞きしたことや印象深かったことは,確かな記憶として残っているのでしょうか。ここでは,記憶の中でも日常の出来事の記憶(エピソード記憶)について考えてみましょう。

ある心理学実験[2]では,実験前に,参加者の家族から参加者の子どもの頃の体験エピソードを聞き取っておき,それらのエピソードの中に,実際にはなかったウソ(架空)のエピソード(ショッピングモールで迷子になったことなど)を混ぜて,参加者に提示しました。そしてその後,参加者に,子どもの頃の体験を思い出してもらったところ,何人かはウソのエピソードを体験したことのように語り出しました。これは実際にはなかった記憶,すなわち「虚記憶」がつくられたことを示しています。

また別の研究でも,「フラッシュバルブ記憶(閃光記憶)」という重大な出来事や印象的な出来事の記憶であっても,出来事の直後と数年後の2回で聞き取り調査をしてみると,記憶内容が変わることが確認されています。興味深いのは,数年後の聞き取り調査でも,参加者本人は「鮮明に覚えています」と(記憶の変容に気づかず)答えていることです。

なぜ虚記憶が生じたり,記憶が変わってしまったりするのでしょうか。心理学の研究によると,出来事を繰り返しイメージするうちに出来事と実体験とを区別できなくなる「イマジネーション膨張」や,出来事の後に触れた情報が記憶に影響する「事後情報効果」などの関係が指摘されています。また,そうした情報処理には,私たちの頭の中にある知識の枠組み「スキーマ」も関わっているといいます。

スキーマは,経験によってつくられるもので,情報を効率的に処理するのを助ける一方,それが個々人の経験の「思考の偏り」と結びついている可能性があります。本誌記事「高校生に伝えたい偏見の心理学」[3]で紹介されたステレオタイプも認知バイアスの一種で,そうしたスキーマが関係していると言えます。


利用可能性ヒューリスティック

次に「量」を推測する問いで考えてみましょう。「rが最初にくる単語」と「rが3番目にくる単語」ではどちらの数が多いと思いますか?

このような問いでは,人はまず具体的な単語を思い浮かべ,そして思い浮かんだ単語が多い前者の数(rが最初にくる単語)のほうが多いと推測するようです。正解は後者なのですが,実際の実験[4]でも参加者の3分の2が前者だと答えています。このように具体例の「思い浮かびやすさ」を手がかりにして,ものごとの頻度や確率を判断することを「利用可能性ヒューリスティック」と言います。

ヒューリスティックは,経験則などに基づいた直観的な考え方(思考法)のことです。論理的な思考と異なり,効率的で認知的負荷が少ないため,日常でもしばしば用いられます。この方法は有効な場合もありますが,まさに個々人の経験に基づくスキーマの情報が関与するなどして,導かれた答えは必ずしも正しいとは限りません。


システム1とシステム2

私たちが何かを推測したり判断したりするとき,頭の中ではシステム1とシステム2と呼ばれる2つの異なるタイプの思考システム(二重過程モデル)が作動するとされています(末尾のブックガイドで紹介の書籍を参照)。システム1は,ヒューリスティックに代表されるように,直観的な性質を持ち高速で認知的負荷が少ないのに対して,システム2は分析的で認知的負荷がかかります。基本的に人はシステム1に基づく処理を行い,必要に応じてシステム2が作動して思考の修正を行うとされています。

本稿の認知バイアスの例でもみてきたように,システム1(無意識的思考)とシステム2(意識的思考)は双方にやりとりをしています。認知バイアスが生じるのは,思考のプロセスにおいて,意識的に考えていたとしても,そこに無意識的思考が入り込んでいることに気づきにくいことが一因といえるでしょう。


認知バイアスとウェルビーイング

では,どのように対応していけばよいのでしょうか。認知バイアスの中には,それが生じることでトラブルにまで発展するケースもありますが,一方で,楽観性バイアスなど,それがあることで不安や落ち込みを防ぎ,平常心や自己肯定感を保てていることもあります。また,ウェルビーイング(幸福感)と関係する認知バイアスがあることもわかってきています。

認知バイアスをなくそうとするのではなく,それぞれの特徴とそれが生じる共通の仕組み(二重過程モデルなど)があることを知っておくことが重要です。たとえば,「ちょっと待てよ」と自身の思考の振り返りを促すことができれば,システム2を作動させる機会が増えるかもしれません。

今回は知覚や記憶,推測に関する認知バイアスをご紹介しましたが,他者との合意形成などの場においても,人と人の「間」で合理的かつ公平にひとつの考えを導けるかどうかは,そうした認知の特徴を知っているか否かに左右されると言っても過言ではないでしょう。


文献

ブックガイド

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