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Keeping fresh eyes 心理学研究 最先端

がん患者に対する診断時からの心理的支援─動画を用いた抑うつや不安に対するセルフケア

帝京大学心理臨床センター 特別任用教育職員(助手)

佐藤 稔子(さとう としこ)

Profile─佐藤 稔子
博士(医学)。北里大学大学院医療系研究科医療心理学博士課程在学中に千葉大学病院にて勤務後,現職。専門は医療心理学,サイコオンコロジー。がん患者やその家族を対象とした心理的支援や研究を実施。

診断時からの緩和ケア

がん患者の多くは,治療や治療後に不安を感じるのはもちろんであるが,確定診断を受ける時期は,今後どうなるのかわからないといった不確実さが増し,気持ちの落ち込みや不安が強くなる。がんを告知された直後は,絶望的な気持ちになったり,病状を否認したり,現実感が伴わないことも多い[1]

その後,抑うつや不安となり,こういった心の揺れは病名告知,再発や症状進行など,ストレスイベントの度に起き,心の変化が一般に考えられるよりも長い場合に適応障害と診断される[2]。がんと診断され治療を開始する際に,抑うつや不安をできる限り軽減することは,がん患者にとっても心理的苦痛を緩和する上で重要であると考えられ,今後の治療や生活に備える大事な時期として「診断時の緩和ケア」ががん対策基本法により推進されている[3]


がん患者の抑うつや不安に対する心理的支援

デロガティスらの研究では,ランダムに抽出した新規入院のがん患者のうち約半数が精神医学的な診断を受け,その精神医学的症状のある患者の約85%がうつ病または不安を伴う症状を経験している[4]。また,日本においても,がん患者はがんの診断から治療,その後の経過観察のあらゆる段階で,精神心理的な苦痛を経験しており,精神心理的苦痛の中心は不安と抑うつであり,うつ病はどの治療の段階でも10%強の割合で診断される[5]。がん患者の診断後のうつエピソードが重要な予測因子となっており,できるだけ早い心理的な支援の必要性が示唆されている[6]。抑うつや不安に対する心理的支援として,自律訓練法や筋弛緩法,ヨガといったリラクセーションや,認知行動療法や問題解決技法,感情表出といった心理教育によるストレスマネジメントが有用であると考えられる[7]


動画を用いた心理教育の有効性

さらに,短時間で比較的簡易なセルフケアトレーニングとして,医療サービス提供の格差や地理的な障害を最小限に抑える方法としての動画を用いた心理教育的介入が注目されている[8]。筆者らは治療開始前の初発の乳がん患者を対象に,ストレスマネジメントとリラクセーションを含む心理教育を実施した[9]。ストレスマネジメントのビデオでは,認知行動療法を参考に,問題解決技法や気分転換,アサーション・感情表出といった技法を紹介し,リラクセーションでは,筋弛緩法や呼吸法を紹介した。心理教育を実施した1か月後と3か月後の抑うつおよび不安が低下し,介入群は統制群と比較して抑うつおよび不安が低減していることが示唆された。本研究では,治療が始まる前に,乳がん患者を対象に,心理的苦痛の軽減を目的とした心理教育的介入の有効性を明らかにした。治療生活において早期にセルフマネジメントとして感情表出・アサーション,認知再構成法,リラクセーション等を学び,日常生活に取り入れることで,抑うつや不安が軽減したと推測される。


最後に

がん罹患者の生存率は改善傾向にあり,がん治療を経験した患者が増えていくことが予想され,疾病のさまざまな時期やさまざまな地域に向けた適切な心理社会的支援の必要性は高まっていくだろう。疾病を抱えた患者や家族の全人的支援の充実に向けて,医療の格差のある地域や患者に対して,多職種による包括な支援が広がることが期待される。

  • 1.藤澤大介 (2017) 日本ストレス学会誌, 31, 297–311.
  • 2. 国立がん研究センター (n.d.) がんと心.https://ganjoho.jp/public/support/mental_care/mc01.html
  • 3. 厚生労働省 (n.d.) 診断時の緩和ケア.https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000948187.pdf
  • 4. Derogatis, L. R. et al. (1983) JAMA, 249, 751–757.
  • 5. 小川朝 (2023) 薬事, 65, 1073–1076.
  • 6. Uchitomi, Y. et al.(2003) J Clin Oncol, 21, 69–77.
  • 7. 岩滿優美他 (2022) エモーション・スタディーズ, 8, 56–62.
  • 8. Serrat, M. et al. (2022) Behav Res Ther, 15, 1–13.
  • 9. Sato, T. et al. (2023) Palliat Support Care, 8, 1–8.

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