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Keeping fresh eyes 心理学研究 最先端

社会認知機能の基盤─感覚情報処理の側面

川上 澄香
浜松医科大学子どものこころの発達研究センター 特任助教

川上 澄香(かわかみ さやか)

Profile─川上 澄香
京都大学大学院医学研究科博士後期課程修了。博士(人間健康科学)。専門は作業療法学,認知心理学。2022年より現職。京都大学医学部附属病院精神科神経科 客員研究員を兼職。

基礎的機能と高次な機能のつながり

例えば相手の心的状態を感知したり推測したりするような社会認知機能は,視力や聴力のような基礎的な機能と比較すると,より複雑で高次な機能である。他者とのコミュニケーションに難しさを持つ自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder: ASD)を理解するために,これまでさまざまな仮説がこの高次な機能に関して立てられてきた。しかし近年,より基礎的な機能における小さな差異がカスケード的により高次な機能に影響を与えているという説も出ている[1,2]。社会的場面でやりとりされる情報はいろいろなモダリティを通して伝達され,我々は無意識のうちにそれらを複合的に処理し,円滑なコミュニケーションが成り立っている。例えば,表情だけでなく声色などの複数の非言語情報を統合して判断することは,おそらく,苦笑いのような他者の複雑な感情を理解する際の助けとなっている[3]


ASDと感覚情報処理

ASD者のうち感覚機能面における問題も持つ割合は,おおよそ半分からそれ以上[4,5]と言われており,ASDの診断基準に感覚機能面における問題についても追記されている。多感覚統合が,社会的場面における円滑なコミュニケーションを支えている可能性を考えると,ASD者の感覚機能面における差異が,社会的コミュニケーションの難しさにもつながっている可能性もあるのではないかと考え我々は研究を行った。その結果,ASD者でもASD特性を強く持つ人でも,視聴覚統合が起こりにくかった[6,7]

また,この研究を行う際に,基礎的機能の一つとして情報どうしのズレに気づける最小の時間差(時間分解能)にも着目した。複数の情報を関連づけるべきものか否かの判断基準として,まず考えられるのは,時間的もしくは空間的に近い情報だったかであると言われる[8]。このことから,我々は,同時と認識される時間の幅が狭いと,多感覚情報が統合されにくいのではないかと仮説を立てて実験を行った。その結果,「時間分解能が高い(タイミングのズレに気づきやすい)ほど,多感覚統合が起こりにくい」という結果が,ASD者と定型発達(TD)者を比較した実験においても,一般参加者内にみられるASD特性の強さとの関連を検討した実験においてもみられた。一方で,TD者とASD者では,時間分解能自体には有意な差がみられないという結果も得られたり,一致しない先行研究が存在することもあり,これらの機能の発達のしかたや,学習や予測のしかたにおける違いについて今後検討する必要が示された[8]


具体的な困り事との関連の研究へ

現在我々は,より日常のコミュニケーション場面に近い刺激を用いた社会認知課題と前述の基礎的機能との関連について研究を進めている。またこれに加えて,ASD者の感覚面や学習や記憶のしかたにおける特徴と,不安やトラウマ関連障害と関連について研究を進めている。臨床的知見として,ASD者のトラウマ記憶は「その時たまたま目にした」等の短絡的なつながりで記憶され,どのような流れでその出来事が起こったかといった文脈情報が欠けているという。この特徴は,ASD特性が強い者や高機能ASD者において極めてタイムラグが小さい情報が優位に統合され,タイムラグの大きい情報は統合されにくいという我々の研究結果に矛盾しない。ASD者はTD者と比べて,不安やトラウマ関連障害を持ちやすい一方で,TD者を前提に作られた診断基準や評価法,治療法では十分に対応しきれない可能性が指摘されている[9]ことから,今後,当事者の方たちが訴えるナラティブな情報と合わせながら,具体的な困り事の対処に役立つ研究を進めていきたい。


  • 1.Baum, S. et al. (2015) Prog Neurobiol, 134, 140–160.
  • 2. Elsabbagh, M. et al. (2016) Biol Psychiatry, 80, 94–99.
  • 3. Campanella, S., & Belin, P. (2007) Trends Cogn Sci, 1, 535–543.
  • 4. Crane, L. et al. (2009) Autism, 13, 215–228.
  • 5. Dellapiazza, F. et al. (2018) Psychiatry Res, 270, 78–88.
  • 6. Kawakami, S. et al. (2020) J Autism Dev Disord, 50, 1561–1571.
  • 7. Kawakami, S. et al. (2020) J Autism Dev Disord, 50, 3944–3956.
  • 8. Stein, B. E., & Meredith, M. A. (1993) The Merging of the Senses. MIT Press.
  • 9. Ng-Cordell, E. et al. (2022) Curr Psychiatry Rep, 24, 171–180.

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