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心理学史諸国探訪【第24回】

立命館大学総合心理学部教授/学部長 サトウタツヤ
日常や中等教育が母語で行われ、高等教育が全て英語で行われると、母語と英語に上下関係ができるようです。英語が共用語として重宝されるのは時代の要請であるにしても、母語による高等教育の意味を考えさせられます。何事も「過ぎたるは猶及ばざるが如し」なのかもしれません。

サトウタツヤ

フィリピン─③

Indigenous psychologyをどのように訳すのかは難しい問題です。一般には土着心理学と訳されています。フィリピンでは,幸いにもSikolohiyang Pilipino(シコロヒヤン・ピリピノ)という語が確立しています。

シコロヒヤン・ピリピノはフィリピンにおいて母語で心理学を行い,西洋心理学の視点でフィリピン人の持つ価値や性格などを論じることから脱却すべきだ,とまとめることができます。その立役者は前号で紹介したエンリケス(Virgilio G. Enriquez; 1942–1994)です。彼は1971年にアメリカから帰国すると,フィリピンで心理学の研究・教育に従事しました。まず取り組んだのは,心理学の教材をフィリピン語に翻訳することでした。つまり,それまでフィリピンの大学では心理学は全て英語で教えられていたのです。1978年にはフィリピン大学でシコロヒヤン・ピリピノという科目が開設されることになりました。最初はホセ・マリア・バルトロメ(Jose Ma. Bartolome),次いでロヘリア・ペプア(Rogelia Pe-Pua)が担当しました。ロヘリアは,フィリピン大学で学士号,修士号,博士号(1988)を取得した経歴からシコロヒヤン・ピリピノを担うことを期待された人材でした。

UP PsychSoc(2021年3月29日,Facebook 投稿)
UP PsychSoc(2021年3月29日,Facebook 投稿)
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初期において,シコロヒヤン・ピリピノの主要な問題のひとつになったのはフィリピン人の性格や知能の理解でした。欧米の基準で欧米の方法でフィリピン人のことを記述することが科学的で普遍的なのか?という疑問が持たれるようになったのです。

まず,「hiya(ヒヤ)」というフィリピン土着の概念を見てみましょう。これをアメリカ人心理学者は恥(shame)と訳しました[1]。ところが,フィリピン人からすれば,言葉の用い方などを検討すると,ヒヤは恥というよりは礼儀の感覚(sense of propriety)なのだといいます[2]。もちろん,ヒヤには恥という概念も入っているのですが,外部からの分析だけですませずに自分たちの視点で概念を吟味するのが土着心理学としてのシコロヒヤン・ピリピノなのです。西欧的な罪の文化に対して日本は恥の文化だという類型を受け入れて嬉嬉としている(笑…してないか)どこかの国(日本って言ってるじゃん)とは違うなぁと言えば皮肉になってしまうでしょうか。

次に「Bahala Na(バハラ ナ)」という概念について,フィリピン人が「バハラ ナ」と発する状況は困難な場面が多いことから,アメリカ人たちは運命論的諦めのような意味だと捉えました。ところが,シコロヒヤン・ピリピノの見方では,困難に立ち向かう前に準備をしっかりしてリスクテイキングをするようなニュアンスがあるというのです[3]

ヒヤとバハラ ナの例からは,海外からの目線が土着の概念のある側面を捉えていることは確かですが,それは一部でしかなく,しかもフィリピン人を上から目線で見ているという仮説が成り立つのかもしれません。

シコロヒヤン・ピリピノはこうした状況に異を唱えたのです。そして,フィリピン人の心の植民地化に反対しているだけではなく,先進国発の心理学をいわゆる第三世界の国々に押しつけることに反対しています。心理学が大衆の搾取に使われることにも反対しています。

さらに,上からの心理学だけではなく下からの心理学を標榜するため,生活実践における心理学を重視し研究方法も現場心理学的なものを重視し多言語アプローチを推奨していると言います[2]

文献

  • 1.Sibley, W. (1965) Area handbook on the Philippines. University of Chicago.
  • 2.Pe-Pua, R., & Protacio-Marcelino, E. (2000)Sikolohiyang Pilipino (Filipino psychology): A legacy of Virgilio G. Enriquez. Asian J Soc Psychol,3, 49–71.https://doi.org/10.1111/1467-839X.00054
  • 3.Lagmay, A. V. (1977) “Bahala na”. In L. F. Antonio et al. (Eds.), Ulat ng ikalawang pambansang kumperensya sa sikolohiyang Pilipino (Proceedings of the second national conference on Filipino psychology) (pp.120–130).Pambansang Samahan sa Sikolohiyang Pilipino.

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