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【特集】

犯罪捜査におけるポリグラフ検査─「統制」で成り立つ社会実装

大杉 朱美
福山大学人間文化学部心理学科 准教授

大杉 朱美(おおすぎ あけみ)

Profile─大杉 朱美
名古屋大学大学院環境学研究科修了後,2008年より兵庫県警察本部刑事部科学捜査研究所心理科で勤務し,犯罪捜査に携わる。アムステルダム大学訪問研究員を経て,2019年に福山大学に着任し,現在に至る。博士(心理学)。専門は捜査心理学。著書に『Memory detection: Theory and application of the concealed information test』(分担執筆,Cambridge University Press),『クローズアップ「犯罪」(現代社会と応用心理学7)』(分担執筆,福村出版)など。

冒頭から物騒な話になるが,例えばとある殺人事件が起きたとしよう。マンションの一室で住人とみられる人物が血を流して倒れていたとする。何らかの刃物による刺殺であろうと推定されるが,凶器は不明。目撃者はいないが,周辺の聞き込みから関係の疑われる知人が浮上。ところがこの知人Aは,被害者の死をひとしきり嘆いたうえで「事件のことなど何も知らない」と主張する。防犯カメラも遺留物もない。さあ,どうするか。

知人Aが何かを隠しているのか,それとも本当に無関係なのか。その胸の内を,現場検証などの捜査から得られる物証から推測したり,取調べで直接尋ねたりして明らかにすることはある程度は可能であろう。でも何も見つからなかったら? あるいは何も話してくれなかったら…? そこで捜査は手詰まりなのかというと,実際にはそうではない。心理学の社会実装の代表例といえるであろう「ポリグラフ検査」の出番である。

ポリグラフ検査とは

かつて「ウソ発見」と称され,「虚偽検出」と同一のものとして扱われたポリグラフ検査は,いまは「記憶検査の一種[1]」あるいは「情報検出技術[2]」として説明される科学捜査手法であり,全国で年間約5000件実施されている[3]。研究上は隠匿情報検査(Concealed Information Test:CIT)の名称が使われるが,日本においてはポリグラフ検査とほぼ同義で扱える。「被検査者に対し,犯行手段・方法等の事件に関する特定の質問を行い,そのときに生じる生理反応に着目することで,事件に関する事実についての被検査者の認識の有無を調べる」検査[4]であり,すなわち前述の知人Aが「当該事件について知っているかどうか」を調べるものである。知人Aが「嘘をついているかどうか」を判断しようとするものではない。知人Aが何を知り何を知らないのか,質問ごとに判断するのである[5]

ポリグラフ検査の原理

例えば,被害者の遺体が見つかった場所はどこか。事件に関わっていない,冒頭でその情報を知らされてもいない皆さんは知る由もない。知人Aも同様に,本当に事件に関わっていないのであればこの情報を知らないはずである。検査対象者がそれを知っているか否かは,検査対象者の犯人性を検討するために有効な材料となる。

ここでは,図1のような多項目式の質問をすることができる。実際に事件に関連する項目を関連項目(裁決項目),それと類似するが事件には関連しない複数の項目を非関連項目(非裁決項目)とし,それぞれの項目に対する生理反応を比較する。例えば被害者の遺体が見つかった場所が「浴室」であるならば,「浴室」が関連項目となり,さらに遺体が見つかり得る複数の場所,「玄関」「寝室」「居間」「台所」を非関連項目とすることができる。事件事実を知る人は関連項目と非関連項目を弁別でき,弁別すればこれらの項目間の生理反応に差異が生じる。実務場面で使用される自律神経系指標でいえば,皮膚電気活動の増大,呼吸運動の抑制,心拍数の低下,規準化脈波容積の減少である。一方,事件事実を知らない人は関連項目と非関連項目を弁別できないことから,これらの項目間の生理反応には差異が生じない。いってみれば,実にシンプルな再認テストであり,一見単純明快な仕組みに見える。

図1 ポリグラフ検査の概略図
図1 ポリグラフ検査の概略図

ところが,単なる「再認テスト」を犯罪捜査のための「鑑定」とするには,「事件に関与したから事件事実を知っているのであろう」という推測が成り立つ環境を整えねばならない。実験心理学的にいえば,外的要因の「統制」である。「統制」とは,簡単にいえば,見たい要因以外の要因の効果を極力排除する手続きであり,実験心理学において当然の,そして最も基本の処理である。厳密な「統制」なくして心理学の実験は成り立たないし,見たい効果も見られないわけであるが,それはポリグラフ検査においても同様である。この手続きの厳密性が,ポリグラフ検査が鑑定たり得るゆえんであり,社会実装を可能にしている背景でもある。

ポリグラフ検査における「統制」

ポリグラフ検査では,事件事故に応じて複数の質問表が作成される[6]。質問法の種類については後述するが,1つの質問表はおおむね5つの項目から構成され,項目の順序を変えて繰り返し尋ねる。その質問の選定にも項目の構成にも,統制は欠かせない。

1つめの「統制」は,事件に関与していなくとも弁別できる質問を除外することである。例えば報道やうわさ話で得た伝聞の情報や現場を目撃したことで得られる情報は,検査における質問の対象にならない。知人Aが「浴室で住人が亡くなっていたと聞いた」「刃物で刺されたらしい」と主張するのであれば,先の「遺体の発見場所」の質問はしないし,「殺害方法」についても尋ねることはない。逆に「使われた刃物がどんな刃物なのかは知らない」と話すならば,「刃物の種類」は質問になり得るということになる。

2つめは,1質問内の項目構成に関する「統制」である。質問を構成する各項目の内容はもちろんのこと,特に視覚提示を合わせる場合はそれを提示する際の刺激の物理的特性,強度についても,バランスよく整える必要がある。心理学実験において通常なされる刺激の統制を,被験者(検査対象者)別に,すべての質問に対して行うといえばわかりやすいであろうか。ポリグラフ検査では,事件に関連のない者にとっては等質で等価な項目を並べ,真の犯人だけが,異質で有意味な項目を弁別できるよう徹底する。犯人であっても理解が難しい項目や弁別がしづらい項目で構成した質問も,鑑定の目的にそぐわない。「刃物の種類」を尋ねる場合に,「ダガーナイフ」「ハンターナイフ」「タクティカルナイフ」などの項目を並べられてもその違いにピンとくる人は少ないはずであるし,「バターナイフ」「ペーパーナイフ」などの並びの中に「鉈」があったら誰でも異質に感じるであろう。この項目構成における統制をいかに行うかは,検査の肝となる。

そのほかにも,検査環境を整えたり,検査対象者の体調や生理状態を確認したり,検査後の内省を確認しておくことも,当然ながら必要とされる。誌面の都合で詳細は省くが,騒音のない適度に温湿度が保たれた環境は,数時間かかる検査にとって欠かせないし,検査対象者の集中力をいかに持続させるかも,一般的な心理学実験における苦労や工夫と同様である。検査者は常に,さまざまな「統制」に目を光らせている。

なお,ポリグラフ検査が検査対象者の同意なしで実施されることはない。心理学実験に欠かせない倫理上の配慮も当然ながらなされており,検査前に十分に説明を行ったうえで,書面による同意を確認する。無理やり行うような検査ではないのである。

日本におけるポリグラフ検査の特徴

以上のように,ポリグラフ検査は幾重にも統制された手続きの上に成り立つ緻密な検査である。弁別に基づく生理反応の変化というシンプルな現象を対象とするからこそ,厳密に統制された手続きの果たす役割は大きい。

実は,このような日本のポリグラフ検査は,諸外国で主流のポリグラフ検査手法とは大きく異なる。司法制度や文化が異なることから,各手法への評価は国や立場によってさまざまであるが,少なくとも世界の研究者からは,日本で発展したこの手法が高く評価されていることは特筆しておきたい。詳細はほか[7]に任せるが,ここでは諸外国と異なる日本のポリグラフ検査の特徴を2つ紹介したい。

図2 ポリグラフ検査の質問法と判定法
図2 ポリグラフ検査の質問法と判定法

1つめは,「質問焦点型」の判定に基づく情報収集のための検査という点である(図2)。質問した数だけ,検査対象者が「何を知り,何を知らないのか」という個別具体的な情報が収集できることは,その後の捜査への示唆も大きい。忘却や虚記憶などの人の記憶の不確かさや,質問項目への理解不足・誤解などの望ましくない要因の影響を個々の質問内に留められることも,質問焦点型の利点である。

2つめは,「探索質問」の効果的な活用である(図2)。例えば先の「浴室」の例のように,捜査側がすでに事件事実として把握している事柄に関する質問を「裁決質問」といい,捜査上未知の事柄を尋ねる質問のことを「探索質問」という。前述のように,事件に無関係な人にも知れ渡った情報は検査では尋ねない。すなわち,報道されればされるほど,裁決質問ができなくなるわけである。その点,探索質問は報道などの影響をほとんど受けず,あらゆる事件事故で活用できる。さらに,捜査上未知の事柄を探り得る点で利用価値が高い。「凶器の所在」や「凶器の処分方法」を尋ねることで,実際の物的証拠につながるケースも少なくない。

ポリグラフ検査のこれから

冒頭の仮想事件で,知人Aに対する検査の結果,知人Aは,①犯人が「浴室」で(裁決質問),②「包丁」を使って(探索質問),③被害者の「背中」を刺して殺害した認識(裁決質問),④凶器はいま「職場」にある認識(探索質問)を有していると推定されたとしよう。事件担当の捜査員は,知人Aへの取調べを開始するとともに,知人Aの職場を捜索し,凶器を発見するかもしれない。4問尋ねるだけでも2時間程度はかかる検査であるから,前述の種々の手続きも含めれば決して楽な検査ではない。人の心,人の記憶を扱うことの難しさと,検査者は日々向き合っている。

ポリグラフ検査で得られるのは,人の見た目や供述とは一線を画した,人の生理反応(実験では行動データも含む)というデータである(図3)。犯罪捜査において,検査対象者の頭の中の「記憶」を可視化する試みは,ポリグラフ検査を置いてほかになく,「心」を直接の対象とした唯一の鑑定である。取調べと同様に直接人に尋ねる手法ながら,取調べにおいては判別が難しい供述の信憑性を即時に検討できる点は大きな強みであるといえよう。

図3 ポリグラフ検査の実験を行う実験室の例
図3 ポリグラフ検査の実験を行う実験室の例

ここ10年で,研究面でもさまざまな変化があった[2]。長年,定位反応(Orienting Response:OR)で説明されてきた背景メカニズムに反応分離の考え方が提案され[8],指標ごとに異なる処理がなされている可能性が示唆されているし,精度向上あるいは基礎的知見の収集のために,事象関連電位や眼球運動,反応時間などの新規指標を用いた隠匿情報検査の研究も精力的に進められている。呼吸や心拍の新たな解析法や標準化を用いずに時系列データから反応の大きさや個人差を可視化する手法の提案もなされ,より多角的に,包括的に検査結果を導けるようにもなってきた。国内外含めて,実務者と研究者の交流が密にあり,互いの情報を共有し合える環境にあることも,追い風となっているに違いない。

一方で,法曹界や一般社会からのポリグラフ検査に対する目はいまだに厳しいかもしれない。その歴史的な背景から根強い誤解が存在するほか,随所に織り込まれた「統制」の手続きを確認するのも理解するのも,一筋縄ではいかないのであろう。1問あたりの精度として,感度86%,特異度95%を誇り,証拠能力もある[9]。実際には,科学的証拠としての信頼性の基準となるドーバート基準を満たした方法で実施されていると認められ,証拠として採用される資格は十分に持っているわけである。ところが,公判で証拠として採用されるための証明力については,決して高いとは言えない現状がある。ポリグラフ検査は,証拠採否を決定する裁判官に証拠としての実質的価値を認められにくいのである。この証明力をどう上げていくべきかは,ここからの10年の勝負かもしれない。多くの研究知見は検査の理解の推進や手法の改良に大いに役立つに違いないが,一方で法曹界や一般社会と心理学の観点の違いをどう理解していくか,そのうえでこの検査をどう伝えていくかも,重要な点だと思われる。

おわりに

読者の多くが,裁判員になり得る時代である。誤解多きポリグラフ検査を「怪しい」と切り捨ててしまえば楽かもしれない。それでも,まさに人も事件も千差万別な,「事実は小説より奇なり」な世の中において,ポリグラフ検査に真摯に向かい合う価値は十二分にあるはずである。

いま警察の中では,いまだかつてないほど「心理学」が熱い。被害者支援も,司法面接も,取調べも然りである。「心理学」の知見を現場に活かす,さらなる社会実装が加速する流れのただ中にいる。「心理学」が犯罪捜査に,そして安全安心な社会の構築に少しでも多く役立つことを願ってやまない。

文献

  • 1.警察庁(2024)https://www.npa.go.jp/nrips/jp/fourth/section1.html
  • 2.小川時洋他(2022)生理心理学と精神生理学,40, 51-67.
  • 3.Osugi, A.(2011)Daily application of the concealed information test:Japan.In B.Verschuere et al.(Eds.), Memory detection:Theory and application of the concealed information test(pp.253–275). Cambridge University Press.
  • 4.警察庁(2020)令和2年版警察白書.
  • 5.Osugi, A.(2018)Field findings from the Concealed Information Test in Japan.In J.P. Rosenfeld (Ed.), Detecting concealed information and deception (pp.97–121). Elsevier Academic Press.
  • 6.小林孝寛他(2009)生理心理学と精神生理学,27, 5-15.
  • 7.Ogawa,T.et al.(2015)Archives of Forensic Psychology,1,16-27
  • 8.klein Selle,N.et al.(2018)Concealed information test:Theoretical background.In J.P.Rosenfeld (Ed.),Detecting concealed information and deception(pp.35–57).Elsevier Academic Press.
  • 9.財津亘(2014)立命館文学,636,1155–1144. 
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。

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