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学校で役立てる認知行動療法

入江 智也
北翔大学教育文化学部 准教授

入江 智也(いりえ ともなり)

Profile─入江 智也
2020年,北海道医療大学心理科学研究科博士課程修了。博士(臨床心理学)。2018年より現職。著書に『代替行動の臨床実践ガイド:「ついやってしまう」「やめられない」の〈やり方〉を変えるカウンセリング』(共編著,北大路書房),『アディクションサイエンス:依存・嗜癖の科学』(分担執筆,朝倉書店)など。

学校におけるこころの諸問題

こころの健康,すなわちメンタルヘルスの問題は老若男女問わず重要ですが,近年ではしばしば若者の問題に焦点が当てられます。たとえば,世界保健機関(WHO)がまとめたレポート[1]によると,何らかの精神障害がある者はこの世界に約9億7000万人いると推定されています。世界中の人口が80億人程度であることを踏まえると,9~10人に1人くらいの割合になります。年代別の割合は,5歳未満が3.0%,5~9歳が7.6%,10~14歳が13.5%,15~19歳が14.7%というように,小学校高学年から中学校の年代で急激に増加し,以降は横ばいであることが分かります(図1)。

図1 精神障害者の年代別割合(文献1をもとに筆者作成)
図1 精神障害者の年代別割合(文献[1] をもとに筆者作成)

すなわち,子どもといえども少なくとも中学生以降の年代へのこころのケアが重要であり,スクールカウンセラーのみならず学校の先生をはじめとする関係者は子どものこころのケアについて理解を深める必要がある時代であるともいえます。

認知行動療法とは

認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy:CBT)は,非常に幅広い場面で人々のこころのケアに役立てられている心理療法のひとつです。さまざまな障害や症状に対する心理療法の効果(エビデンス)をまとめているアメリカ心理学会第12部会のウェブサイト[2]を見ると,実に半数以上がCBTに関する心理療法のエビデンスであることがわかります。もちろん,CBTは人の悩みのすべてを解決するわけではありませんが,多くの場面で人々の役に立つ可能性を有する心理療法です。さまざまな心理的な問題を抱えている現代の子どもたちにとって,CBTはその問題の解決のために一役担える可能性を秘めた心理療法であるといえます。

学校で役立てるCBT

CBTの発想はきわめてシンプルです。端的にいえば,出来事に対する自身の捉え方がその後の自身の感情や行動に影響する,というものです。厳密にはその行動の結果によって生じることの学習まで含みますが,今回は紙幅の関係上,CBTの一部の,捉え方に関する話に絞って考えたいと思います。

出来事の捉え方は過去の学習によって培われますが,捉え方が偏ると,現実に起こっていることからずれた感じ方や行動が生じます。つまり,偏った捉え方はときには現実以上に私たちを苦しめます。たとえば,「自分はみんなからバカにされている」という捉え方をもって生活することを想像してみてください。教室に入ったときにクラスメイトがこちらを見て笑顔になった,問題を解いているときに先生が解き方を教えにきた,このような出来事はどのように感じられますか? 一見普通の出来事ですが,このような捉え方があることで,いくらでもマイナス方向に受け取ることができます。考え方の偏りが現実を必要以上につらいものに変え得る,ということはなんとなく伝わったでしょうか。では,「みんなは自分のことはバカにしていない」という考えればよいのでしょうか? これは,実際のところ分かりません。酷な表現になりますが,本当にバカにされている可能性は常に0にはなりません。つまり,ポジティブに考えることが正しいとは限らないのです。

CBTでは,この正しいことは「分からない」という前提を受け入れて,あり得る捉え方を数多く探す,というのがスタート地点になります。厳密にいえば,最初に浮かんだ捉え方が自身に及ぼす影響力を下げることが目標になります。人はそれぞれ,知らず知らずのうちに決まったやり方を持っています。ある状況で最初に思い浮かぶ捉え方は,その人のクセになっていて,クセがでているうちは他の捉え方に気がつかなくなってしまうことがあります。筆者はこの説明とその後のCBTの取り組み方を,自動販売機に例えることがよくあります。自分の好きな飲み物しか売っていない自動販売機があったとして,その自動販売機は役に立つかどうか,ということを考えてもらいます。筆者はコーラが好きなので,多くの場面でコーラさえあれば満足です。ただ,歳をとるとときどき胃もたれをしたり,薬を飲む必要があったり,いろいろあります。そんなときは水やお茶などがあってほしいものです。皆さんの場合はいかがでしょうか。自分がいつも飲む飲み物はクセになっていますが,クセ以外のものが揃っている方がいろいろな場面に対応できる,つまり役に立つ自動販売機といえます。そんなイメージで,今飲む飲まないは関係なく,とにかく多くの商品を揃えるイメージで捉え方を増やすことから始めます。この取り組みだけでも苦しさが和らいでいくこともあります。変化に富み,何が正しいか分からなくなる思春期青年期こそ,このように捉え方を広くもつことが必要になるように思います。

さいごに

余談ではありますが,学校においてCBTが役に立つと筆者が考える理由は,CBTのエビデンスの豊富さだけではなく,CBTの信念にもあります。ここまで述べてきた通り,CBTは学習という現象を扱いますが,学習は本人と環境の相互作用によって,「本人の意思とは関わりなく」成立し得ます。つまり,そこには本人の悪意や弱さといったものは必ずしも関係しないということです。子どもたちの困った振る舞いを見ると,教育者であるおとなのわれわれはつい,本人に原因があるものと考えてしまいますが,CBTはそこから離れて,客観的に起こっていることを理解する視点を与えてくれます。CBTは子どもたちの偏った捉え方を和らげて悩みを解決する手段となりながら,子どもたちに対するおとなの偏った捉え方も予防する,学校ではすべてに人に役立ち得る考え方だと,筆者は感じています。

文献

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