孫悟空の気分
平石 界
服屋さんで「こちらが一番人気ですねー」と勧められることがありますが,あれちゃんと販促になっているんでしょうか。人気で売れてたら他人と被る恐れも高いわけで,むしろ買う気が失せるんじゃないかと心配になります。もっとも人と被るのが嬉しい場合もありますよね。例えば推しの論文。重要で面白い(と,自分は思う)わりに今ひとつ世間に知られていない研究が,しかるべき所でしかるべく引用されていると「同士!」と親近感を抱きます。最近では Dubovaら(2024)に Klayman & Ha(1987)の引用を見つけたときがそれでした。
「あれな」と思ったあなた,そう,あの“確証バイアス”の話です。確証バイアスと言えばつとに有名なのが Wason(1960)。2-4-6という3つの数字組の元にあるルールを当てさせるやつですね。ヒントとして何でも好きな3数字を言えばルールに合ってるかどうか教えてもらえる。その上ヒントは何回でももらえるのですが,なかなか正答できない。なぜって自分の仮説(「2ずつ大きくなる3数字」)を確証する例(5-7-9,10-12-14など)ばかり試しちゃうので,正解の「だんだん大きくなる3数字」にたどり着けないんですね。科学的推論には反証こそ大事なのに確証バイアスが邪魔しちゃうのが人間というもので云々,というのが伝統的な解説でしょうか。
その伝統的解釈に異を唱えたのが件の論文。実は2-4-6問題には仕掛けがあって,だいたいの人が思いつく仮説(「2ずつ大きくなる」)が正解(「だんだん大きくなる」)に含まれるようになっている。そこにトリックがあるというのです。それが証拠にここを逆にすると話が違ってくる。例えば,もし正解が「2ずつ大きくなる偶数」だったなら,「2ずつ大きくなる」という仮説を確証するための「1-3-5」によって,仮説が反証できるんですね。だから回答者がやってたのは「確証ばかりしちゃうバイアス」ではなくて,仮説が正しいときに生じるケースばかりを確認する「正事例バイアス」なんだ!と主張しています。
うーん,なるほどややこしい。このややこしさが如何にも理論研究っぽくて推せるんですが,このややこしさ故にか一般受けはイマイチで,正事例バイアスという用語は市民権を得るに至っていません。ファンとして悔しいので「確証」とか「反証」とか言ってる文献を見かけると「君たち,Klayman & Ha(1987)は抑えているのかね?」と見に行ってしまう,という話でした。
なお,K & H 論文をちゃんと引用していた Dubovaら(2024)ですが,これもこれで「ナイス引用!」で終わらせるにはもったいないものでした。すごく端折って書くと,理論を確証したり反証したりしようとして実験やっても,どうせ(不完全な)理論に縛られた偏った知見しか出てこないんで,いっそ理論なんかに頼らずにランダムに調べた方が良いよ!というのです。「なんか面白そう」と思いつくまま取ったデータに,「その研究の理論的意味は?」と難癖をつけてリジェクトした全査読者を問い詰めたい気持ちで一杯になりますね。とは言えまだまだ詰めるべき点がいろいろありそうな研究なので引き続き注目していきたい。というか今後は関連する文献を見かけたら「君たち,Dubovaら(2024)は抑えているかな?」とチェックすることになりそうです。
ところで K & H 論文ですが,どれだけ世間に注目されていないか数字で示そうと Google Scholarで検索してみたら,なんと3130回も引用されてました。もともとのWason(1960)が3380回なので全く負けてない。あれえ変だな。「確証」するつもりで調べたら「反証」になってました。ということは翻って彼らの議論の正しさが確認されたわけで,げに推しの手のひらの広大なことよ。
Profile─ひらいし かい
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より慶應義塾大学。博士(学術)。専門は進化心理学。
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