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Over Seas

超円安のなかの家族帯同アメリカ滞在

小林 勇輝
京都大学大学院文学研究科 特定研究員

小林 勇輝(こばやし ゆうき)

Profile─小林 勇輝
2020年,大阪大学大学院人間科学研究科人間科学専攻博士後期課程修了。博士(人間科学)。2024年より現職。専門は知覚心理学。主要論文にKobayashi, Y. et al. (2021) Distinct processes of lighting priors for lightness and 3-D shape perception. Journal of Vision, 21(6), 1–11.

私は2022年秋から2024年3月まで1年半の間,学術振興会海外特別研究員(いわゆる海外学振)としてワシントンD.C.のアメリカン大学という機関に滞在しました。視覚研究者のアーサー・シャピロ先生のもとで,明るさ・運動の錯視を用いた研究を行いました。ラボは少人数で構成されており,かつ先生は非常に気さくな方なので,いつでも気軽に先生と研究の議論ができ,豊かな時間を過ごすことができました。自分は,「国際学会で有意義な議論が行えるコミュニケーション力を得たい」というのが海外へ行く大きなモチベーションの一つだったので,この環境は非常にありがたく,実際に研究の議論をする力が向上したように感じています(当社比)。海外滞在のエピソードとなると,このような「よかった面」をもっと書きたいところなのですが,今後渡航を考える方のために,以下では大変だったことにも触れます。

円安のなかでの海外渡航

私が滞在を開始する少し前くらいから未曾有の円安ドル高が進行しました。海外学振に申請した段階では,海外学振の年支給額(約620万円)はおよそ56,000ドルの価値があったのですが,実際に渡航したタイミングのレートでは43,000ドル程度になりました。妻と娘(1歳)を伴っての渡航だったので,経済的な不安は常に大きなストレスでした。詳細はここでは書き尽くせませんが,同様に学振から支援を受ける世界中の研究員たちとオンラインで学振へのアピール(学振・文科省を交えたミーティングや,国会議員への陳情など)を行い,これが実ったのか,最終的には一時金の支給や,年間支給額の増額(大都市部のみ)が実現しました。このおかげで私は何とか生活を成立させることができましたが,2024年6月現在も厳しい為替状況が続いている状況に鑑みると,今後,海外渡航を考える方は国内フェローシップよりも現地での雇用や海外フェローシップといった選択肢を視野に入れていくべきかもしれません。

海外へ行くべきか?

海外で研究するのは非常に刺激的な経験ですが,ご家族の状況や,自身の健康面等の状況によっては,海外を志すこと自体が難しい場合もあるかと思います。潤沢な経済力がある場合にはお金の力で何とかできるかもしれませんが,自分のようなポスドク,かつ上記の経済状況だとそうもいきません。自分も家族を帯同しましたが,大変幸いなことに①自分の海外赴任を理由として,妻が長期の休職を取得できる(海外渡航で離職しなくてよかった),②娘が未就学だった,③帰国後,妻の職場の保育園に娘を入れることができた(日本に住所がない状況から保育園に申請するのは本来極めて難しい),④妻の実家ガレージに家具を保管させてもらえた……などの環境が整ったので,渡航を実現することができました(こうして振り返ると,なんと妻頼りなのかと愕然とします)。自分はこのような幸運が重なって得られた機会でしたが,それでも,慣れない環境での家族生活・子育ては楽ではありませんでした。これらの経験を踏まえると,「みんな海外に行って学ぶべき」とは必ずしも思いません。海外経験は素晴らしいですが,ご自身の状況も見極めたうえで検討してください。

ややネガティブなことを書き進めてしまいましたが,アメリカでは,家族の思い出もたくさん作ることができました。ハロウィンの日,当時2歳の娘に魔女の帽子をかぶせて,マンションの方々からお菓子をもらって回ったことや,妻とビールの自家醸造にトライしたこと(アメリカでは合法)は,とてもアメリカンで楽しい経験でした。帰国後も,ニュースなどでホワイトハウスが映るたび,妻と「DCやなあ,我が家のアナザースカイやな」と言っています。楽しいことも大変なこともたくさんあった滞在でしたが,楽しかった思い出は楽しかったままに,大変だった思い出は糧にして,この経験をよい記録としていきたいと思います。

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