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どこでも活かせる心理学
井原 なみは(いはら なみは)
Profile─井原 なみは
広島大学大学院総合科学研究科にて修士(学術)取得後,実験心理学のコンサルティング企業,化粧品メーカーを経て,2019年より現職。大阪大学人間科学研究科 博士後期課程在学中。
私は心理学を専攻した後,コンサルやメーカーなど心理学に関わる仕事を渡り歩いて,イデアラボという会社で働いています。心理学をビジネスに活かすのは難しいと思われがちですが,イデアラボはこのコーナーの「ここでも活きてる心理学」を具現化したような会社です。メーカー,通信,放送,ゼネコン…もともと心理学とは縁遠かったかもしれないあらゆる業界の課題に,心理学の視点でコンサルティングしています[1]。社員は現役の心理学者で,現場の課題に基づいた共同研究・受託研究を行っています。
その中で,私はサイエンスコミュニケーターとして心理学をさらに活かせるような仕組みづくりを担っています。仕事内容はプレスリリースやコラムを書いたり,イベントやセミナーを運営したりといういわゆる広報ですが,「サイエンスコミュニケーター」という聞き慣れない職種なのはなぜでしょうか。それは,同じような会社がほとんど他になく,イデアラボを広報するためには,まずはお客様に心理学をわかってもらう必要があるからです。
心理学は他のサイエンスに比べれば世間一般からの親しみや人気があるようです。誰もが自分の心について考え,悩んでいるからこそ,世の中には〇〇心理学と名のつくコンテンツが溢れるのでしょう。しかし,そうして世間に弄ばれる「心理学」という言葉の功罪で,アカデミックな心理学と一般の人が想像する心理学には今なお大きな隔たりがあり,心理学の本当のおもしろさは伝わっていないと感じます。
イデアラボのお客様には他分野の研究者も多く,アカデミックな心理学をおもしろがってくれる方ばかりですが,そうした方々からも「心理学は科学ではないと思っていた」「自分の仕事に関係あると思っていなかった」という声はよく聞きます。
世の中にあるすべてのサービスや製品は人間のために作られていて,どの企業も良いものを作って顧客のニーズを満たしたいと思っています。そしてたくさんの人がその顧客たる「人間」のことを理解しようと試行錯誤しているにもかかわらず,人間理解の専門家の出番はあまりありません。私も前職では化粧品の製品開発に関わる仕事をしていましたが,周りは化学系・薬学系の研究者ばかりでした。心理学者が活躍している企業もありますがまだ珍しく,これは企業と研究者双方にとってもったいないことだと感じています。心理学者は,こころという目に見えないものをサイエンスの手法で観る・測ることができる人材です。サービス・製品開発に心理学を取り入れることは,新たな人間理解の視点を取り入れることであり,ものづくりを本質から変革し得る可能性があるはずです。
一般に,研究というのは「難しく・わかりにくく・自分に関係のないこと」と思われがちです。その溝を埋める第一歩として,「簡単に・わかりやすく・自分の課題に関わること」として紹介するよう心がけています。それでも,シンプルに説明することは意外にも難しく,心理学のコミュニケーションの正解は分かりません。まだまだ心理学者としてはたまごのままである私個人のことを考えてみても,無事に孵化して専門家になったとして,その時何が市場価値になるだろうかと悩ましく思うこともあります。心理学の視点の本質的なおもしろさを自分なりにどう理解し,表現することができるのか。10年後にはサイエンスコミュニケーションの分野にも心理学者が当たり前にいることを目指して,学問とビジネスの狭間から声を届けていきます。
文献
- 1.詳細は以下を参照。澤井大樹(2017)心理学ワールド,77,46. https://psych.or.jp/publication/world077/pw25/
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