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親子関係の心理学
北川 恵(きたがわ めぐみ)
Profile─北川 恵
博士(教育学)。専門は発達臨床心理学。著書に『アタッチメントに基づく評価と支援』(共編著,誠信書房),『入門アタッチメント理論:臨床・実践への架け橋』(分担執筆,日本評論社)など。
子どもにとって親がなぜ大切なのか
子どもにとって親は大切,ということは当たり前のように感じることでしょう。当たり前に大切なことは,それがなかったり不足したりする状態で,その大切さに気付きやすくなります。たとえば,呼吸をして生きる私たちには空気が不可欠ですが,空気が薄い高山に行ったり,水泳中に息継ぎがうまくできなかったりしたとき,その重要さを思い知ることがあるでしょう。
イギリスの児童精神科医であったジョン・ボウルビィは,非行少年の多くが子ども時代に親との長期の分離を経験していたことに気付きました。また,戦争で親を亡くして孤児となった子どもたちの追跡調査を通して,子どもが生きていくためには,衣食住だけではなく,親や養育者(日常的に子どもの世話をする大人。以下「養育者」も含めて「親」と記載します)との関わりも重要であると実感しました。
かつて子どもが親を求めるのは,本能的欲求である飢えを満たしてくれるから(ミルクを与えてもらえるから)だと考えられていました。一方で,孵化後すぐの鳥類が餌をもらわずとも母親の後を追うことや,母親と離された赤毛ザルが,特に恐怖を感じたときにミルクよりも肌触りがよく慰めを得られる模型親ザルを好む実験結果などから,空腹を満たすこととは独立して,関係性を求める欲求があることが示されました。ボウルビィは,比較行動学や進化論などにも基づきながら,子どもが親を求めることは生存確率を高める本能的欲求であると考え,「アタッチメント理論」を提唱しました。
アタッチメントと個人差
「アタッチメント」という言葉は,たとえば電子メールに添付ファイルをつける時に,「ファイルをアタッチする」というように使う言葉で,「付着」という意味合いをもちます。ボウルビィは,危機的場面で子どもが泣いて親を引き寄せたり,親にしがみついたりして「くっつこう」とすることに注目しました。くっつくことで,自分より強くて大きな親に守り慰めてもらい,安全と安心を得ようとすることがアタッチメント欲求だと考えました。
これは未熟な依存とは違います。親のもとで安全と安心を得た子どもは,いつまでもくっついているのではなく,周囲に関心を示し,外の世界に向かって探索をし始めます。疲れや不安などで必要なときはいつでも親のところに戻ると,保護や慰めを与えてもらえると確信できるからこそ,安心して探索に出ることができるのです。むしろ,アタッチメント欲求がしっかりと満たされることが自律を育むと言えるのです。
危機的場面では安全と安心を得ることが最優先のニーズになります。アタッチメントは生涯にわたる欲求ですが,自分で対処できる能力が低い乳幼児期には,アタッチメント欲求が頻繁かつ切実に高まります。大人であっても病気になったり大きな不安を抱えたりするとアタッチメント欲求が高まり,信頼できる人を頼りたくなります。赤ちゃんの場合は,体調不良時などはもちろんですが,空腹や体温調整なども自分で対処できませんし,見知らぬ人や場所,暗闇などにも怖れを感じやすく,一日に何度もアタッチメント欲求を感じます。そういうときに親が保護や慰めを与えてくれる経験を繰り返すと,子どもは「困ったときに親は助けてくれる。自分は応えてもらえる」という自他への信頼感に満ちた見通しをもつようになります。これが安定したアタッチメントです。
一方で親によってどのように子どもに応答するかはさまざまです。子どもにとってアタッチメントは切実だからこそ,親の応答性に応じて少しでも効果的にくっつくための方略を無意識的に学習します。不安で泣くと,親から「これくらい大したことない」などと言われる経験を繰り返すと,アタッチメント信号を出さずに平気なそぶりをすることで拒絶されずに親のそばにいることができると学びます。回避型と呼ばれるタイプです。親が応えてくれるかどうか一貫性がない経験を繰り返すと,アタッチメント信号を強く出す方略を身に付けます。しかし親の応答性を信じきれないため,安心して親から離れて探索することが難しくなります。これはアンビバレント型です。
生後1年ほどの乳児がこのようなアタッチメントの個人差を示すことが,ストレンジ・シチュエーション法という,見知らぬ場所での親との短時間の分離というマイルドなストレス場面で子どもが親に向けるアタッチメント行動を観察する手法によって明らかになりました。安定型,回避型,アンビバレント型に加えて,深刻なアタッチメントの問題と関わる無秩序・無方向型も見いだされました。このタイプの子どもたちは,再会した親に,両手を伸ばして抱っこを求めながら足は後ずさりをするといった接近と回避という相反する行動を同時に示したり,フリーズしたような静止状態に陥ったりと,混乱した行動を示します。その背景として,親が子どもを虐待していたり,親の精神病理やトラウマなどによって子どもの前でおびえた状態に陥ったりするなど,子どもにとっては安全と安心の源であるはずの親が,同時に恐怖の源にもなるため,解決できないジレンマに陥るからだと考えられています。この状況が幼児期まで続くと,子どもが自分の不安を後回しにして親を守るような,親子の間での役割逆転が起こりやすいと言われています。さらに成長後に精神的健康を損なうリスクにつながりやすいことも示されています。
より良い関係性を育むために
アタッチメント理論は多くの実証研究で裏付けられ,新たな知見によって発展してきました。乳児期に安定したアタッチメントを形成できることがその後の発達や適応にプラスになることが示され,また,安定したアタッチメントを育むには親が子どもに敏感に応答できることが必要とわかってきたことから,親の応答性を高める介入によって子どものアタッチメント改善を目指す親子関係支援プログラムが開発され,その効果が検証されてきました。たとえば,自身が幼少期に虐待を受けて育った親は,自分が受けたようなつらい思いを子どもにはさせたくないという前向きな気持ちをもっていることがよくあります。ただ,自らの経験を反面教師にするだけでは,望ましい関わり方がわからなかったり,子育てをしながら過去のつらい気持ちが高まったりして,子どもに応答しにくくなることがあります。適切な支援を受け,親自身もしっかりと支えられることで,子どもとの間で安全と安心に満ちた関係を育めるようになります。
長期にわたって子どもの育ちを追跡する縦断研究からは,発達早期のアタッチメントの重要性が示されると同時に,その後の経験で変わり得る可能性も明らかになってきました。上述したような支援を受けることなどによって親の応答性が高まり,親子関係が改善することもあります。また,子どもの世話をする大人が複数いる場合(父親,母親,祖父母,保育者など),それぞれとの間に子どもはアタッチメントを育むので,一人との関係に困難を抱えても,他の大人が応答的に関わることが支えになります。成長に伴って,学校の先生,親友,パートナーなどと関係性が広がります。過去の経験は困ったときに人との関係で起こることを予測する心の働きとなるため,成長後も,親以外の親しい人との関係においても,アタッチメントのパターンはある程度持続すると言われています。それでも人生のどこかで真剣に自分のことを考えてくれる人との出会いによって,過去の経験に基づくマイナスの見通し(「困ったときに人は助けてくれない。自分は応答されない」)が肯定的に修正される可能性が示されています。
親からの保護や慰めを必須とする乳児期に,自分が泣いたら親がどう応えるかといった経験を積み重ねながら無自覚的にアタッチメントのパターンが形成されるので,自分のパターンに気付くことは簡単ではないのですが,皆さん自身や周りの人を振り返ってみると,どうでしょうか。困った時は人に頼りながら自分でもしっかり頑張っている人,どちらかと言えば人に頼らず自分で抱え込みがちな人,人に頼りがちで自分で挑戦することへの自信をもちにくい人など思い当たるでしょうか。アタッチメントが安定している人ほど,「自分で頑張ること」と「人に頼ること」のバランスをうまくとれます。もしもご自身がどちらかに偏っていると気付いた場合には,バランスを取りなおすことを意識してみることができるかもしれません。
親子関係は,私たちが生涯を通じて求め続ける,安心感に満ちた関係の出発点でもあります。
ブックガイド
- 『入門アタッチメント理論:臨床・実践への架け橋』遠藤利彦(編),日本評論社,2021年
アタッチメントとは何か,生涯にわたる発達や心身の健康とどう関わるのかについて,広くわかりやすく解説しています。
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