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Keeping fresh eyes 心理学研究 最先端

伝承から探る心・文化・自然の連環

中分 遥
北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科 准教授

中分 遥(なかわけ よう)

Profile─中分 遥
北海道大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。オックスフォード大学人類学部門ポスドク研究員,九州大学特任助教,高知工科大学助教,安田女子大学ビジネス心理学科講師を経て,2024年より現職。専門は社会心理学,文化情報学。

文化の根を掘る

私たちの心の働きや行動は,文化的背景に大きく影響を受けることが,文化心理学・比較文化心理学のさまざまな研究によって明らかになってきました。現代の日本文化が例えば江戸時代と連続性をもつように,私たちのもつ文化は突如出現するのではなく歴史に立脚するものです。そのため,歴史の中の人々の心や行動を探ることが重要であると考えています。しかし,私たちのもつ心理学実験・調査・観察といった方法は,今を生きる人にのみ可能です。私は,過去の人の心を探る手段として伝承といった過去に記録した資料に着目し主に計量分析を通じて研究を試みています[1]

伝承にみられる人と自然の関係

人間の言葉は,いま・ここを超えた対象を表現でき,言葉によって紡がれる伝承は,理論的に無限の可能性をもつようにみえます。しかし,実際には人間のもつ認知的機能によって制約を受けるのみならず,自然環境によって制約を受けるのです[1]。私たちは,世界の昔話の計量分析を通じて,昔話に登場する動物の関係が敵対的である場合,現実でも捕食者・非捕食者といった敵対的な関係である場合が多いことを示しました[2]。また,動物の生息分布に関する生態学と動物に関する民間伝承のデータベースや環境データ(温度・降水量)を分析しました。その結果,たとえばアリクイが主要な登場人物として登場する場合には実際にその地域にアリクイが存在する確率が高いというように,民話に登場する動物は現実の動物の生息域や温度・降水量といった自然環境に制約を受けることを示しました[3]。これらは,物語といった人間のもつ文化が自然の制約を受けており,文化と自然の影響下にあることを示すものです。

また,文化と自然の関連の研究の一つとして日本のタタリ伝承に着目しています。研究は鋭意進めていますが,現在までの分析を通じて,自然を破壊する人間に対して,天狗や山の神といった想像上の行為者が報復するといった内容をもつタタリ伝承が多く存在することが示されています[4]。これは,人々が自然に対する開発が罰として返報される場合があるという信念を持っていた可能性を示唆するものであり,民間伝承の分析を通じて過去の人々が自然との関係で築いてきた信念体系や文化について研究することが可能になります。このように伝承を通じて,人間の心・文化・自然の連環について研究できると考えています。

現代に伝承を研究する意義

人々はそのまま情報を受け取るよりも物語形式の方が理解しやすい傾向があります[1]。タタリ伝承が過度に自然を破壊する人間にこれまで警鐘を鳴らしてきたように,現代の人間に対しても物語形式で伝えるほうが有効かもしれません。また,ウェブ空間に投稿された都市伝説やフェイクニュースといった「物語」は誤情報を意図せずに伝播する,集団の意見を操作するといった危険性があります。こうした現代の人々が抱える自然環境や科学技術に関する問題についても,これまで私たちが行ってきた民間伝承や物語の研究手法は応用できると考え,生態学や情報科学をはじめとするさまざまな研究者らと協働で取り組んでいます。

これまで心理学においても,たとえばヴィルヘルム・ヴント博士や河合隼雄博士をはじめとして民間伝承に着目する研究は行われてきましたが,最近ではあまり注目されていません。近年,自然言語処理や新たな統計手法を民間伝承に適用する研究も現れており,多様な手法が利用可能となっています[1]。これらの方法は,過去のみならず,現代の人々の心の研究にも役に立つ可能性があるかもしれません。

文献

  • 1.中分遥他(2024)認知科学,31,110–127.
  • 2. Nakawake,Y.,&Sato,K.(2019)Palgrave Commun,31,161.
  • 3.Shibasaki,S.et al.(2024)R Soc Open Sci,11,231577.
  • 4. 中分遥・佐藤浩輔(2022)じんもんこん2022論文集,119–124.

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