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- 108号 行動主義を見つめなおす――心なき心理学と呼ばれて
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【小特集】
ヒトデとウニの「こころ」
中島 定彦(なかじま さだひこ)
Profile─中島 定彦
博士(心理学)。専門は学習心理学,動物心理学,行動分析学。2009年より現職。現在,関西心理学会会長,日本動物心理学会理事長(会長)。著書に『学習と言語の心理学』『動物心理学への扉』(ともに単著,昭和堂)など。
学術集会の休憩室。ノートPCで発表スライドを手直ししていたら,隣に座った女性が声をかけてきた。
「中島君じゃないの,久しぶりね」
「ああ清水さんか,何年ぶりだろう?」
「そうねぇ,20年くらい前に会って以来かな。まだ,ネズミとハトで実験してるの?」
「ハトはやめた。ネズミは続けてるけど。最近はヒトデもやってる」
「人間行動の実験的分析ね」
「いや,ヒトで実験してるんじゃなく,ヒトデで実験」
「ヒトデって,海にいる星型の?」
「そう。ちょうどいいや,これ見て」―PCで写真1を見せる―
「体をくねらせて脱出するのね?」
「そう。で,脱出したらまた元に戻す。何度もやると脱出時間が短くなるかどうかを調べるんだ」
「それって,ソーンダイクの……」
「その通り。問題箱に閉じ込められたネコの脱出行動[1]の試行錯誤学習と同じような研究。1世紀前にヒトデで実験した人がいるんだ[2]」
「で,それをやってみてると?」
「そういうわけ。卒論指導している学生たちに7年前から追試実験してもらってる。結果はこんな感じさ」―PCで図1を見せる―
「#4と#8は学習できてるわね。#2と#6はダメみたいね」
「手続きの細かい点を変えたり,他種のヒトデでも試してみたりしてるんだけど,結果がどうも今一つでね」
「ヒトデの学習研究って他にもやっている人いるの?」
「電球点灯あるいは消灯のときに餌をやる,という手続きを何度も繰り返すと,点灯・消灯に応じて動き始めるという論文は以前からある[3,4]」
「レスポンデント条件づけね」
「それらは統制手続きが十分じゃないけど,2023年に発表されたクモヒトデの実験はわりと統制されてる[5]」
「偽の条件づけではないってことね」
「ところで,面白い動画があるんだ」―PCでYouTube動画[6]を見せる―
「この平べったいのがウニ?『秒速10~20cm』って,結構速いわね」
「『ウニ界最速』を誇るヒラタブンブクというやつさ」
「ひょっとして,ウニの学習も研究してるの?」
「そう。ウニもヒトデと同じ棘皮動物なんだよ。ブンブクは砂に潜る習性があるので,それを報酬にして走路学習の実験をしてる。これが装置」―PCで写真2を見せる―
「ヒラタブンブクは入手しにくいから,類縁種をペットショップで買って実験したんだ」―PCで図2を見せる―
「OHB#2は学習できてるみたいね。ところで,なんでヒトデとかウニで実験してるの?」
「そうくると思った。この進化系統樹を見てくれ」―PCで図3を見せる―
「条件づけがどこまで普遍的か調べて,進化的起源を探ろうってわけさ[7]」
「この刺胞動物ってのはなに?」
「イソギンチャクとかクラゲとか」
「イソギンチャクやクラゲも学習するの?」
「イソギンチャクは条件づけの成功報告が半世紀前に1篇あったきり [8]だったんだけど,2023年に実証したという論文が発表された[9]。クラゲの回避条件づけの成功報告も出てる[10]」
「この図にはゾウリムシも書かれてるけど」
「ゲルバーという心理学者が条件づけ研究を70年くらい前にたくさんやってる。その成果の一部は『サイエンス』誌にも掲載されてるんだ[11]」
「その話,昔,中島君から聞いたことがあるような気がする」
「彼女の研究は当時から酷評されてるんだけど,今世紀になってゾウリムシでの成功報告が複数発表され,見直されているみたいだ[12]。批判も根強いけどね[13]」
「へぇ,植物では?」
「エンドウマメで条件づけができたと主張する研究者がいる[14]。でも,再現実験がうまくいってない[15]。 他の植物での成功報告は統制が甘い[16]。そういうわけで,植物の条件づけについては否定派の学者が多いんじゃないかな[17]。でも,刺激への慣れの学習は植物でもできそうだ[18]」
「学習って心の働きよ。無脊椎動物や植物にも心があるのかな?」
「『心』をどう定義するかによるね」
「そういえば,『命に付く名前を「心」と呼ぶ』[19]と歌ってた歌手がいたわ」
「命あるものには心があり,学習するのかもな」
「あ,そろそろ私の発表時間だから行かなくちゃ。また今度もっと詳しく教えてね」
文献
- 1.Thorndike, E. L. (1898) Science, 7, 818–824.
- 2.Ven, C. D. (1921) Arch Neerl Physiol, 6, 163–178.
- 3.Landenberger, D. E. (1966) Anim Behav, 14, 414–418.
- 4.McClintock, J. B., & Lawrence, J. M. (1982) Mar Freshwater Behav Physiol, 9, 13–21.
- 5.Notar, J. C. et al. (2023) Behav Ecol Sociobiol, 77(11), 126.
- 6.あわしまマリンパーク公式動画. https://www.youtube.com/watch?v=Rtkv_mtutx0
- 7.中島定彦 (2023) 行動分析学研究, 37, 235–247.
- 8.Haralson, J. V. et al. (1975) Physiol Behav, 15, 455–460.
- 9.Botton–Amiot, G. et al (2023) PNAS, 120, e2220685120.
- 10.Bielecki, J. et al. (2023) Curr Biol, 33, 4150–4159.
- 11.Gelber, B. (1957) Science, 126, 1340–1341.
- 12.Gershman, S. J. (2021) eLIFE, 10, e61907.
- 13.Dussutour, A. (2021) Biochem Biophys Res Commun, 564, 92–102.
- 14.Gagliano, M. et al. (2016) Sci Rep, 6, 38427.
- 15.Markel, K. (2020) eLIFE, 9, e57614.
- 16.Bhandawat, A. (2020) Commun Integr Biol, 13, 1–5.
- 17.Baciadonna, L. (2023) Anim Sent, 8, 23.
- 18.Amador-Vargas, S. et al. (2014) Plant Ecol, 215, 1445–1454.
- 19.中島みゆき「命の別名」
- *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。なお,筆者はヒトデやウニの愛好家ではない。
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