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【小特集】

ヒトデとウニの「こころ」

中島 定彦
関西学院大学文学部 教授

中島 定彦(なかじま さだひこ)

Profile─中島 定彦
博士(心理学)。専門は学習心理学,動物心理学,行動分析学。2009年より現職。現在,関西心理学会会長,日本動物心理学会理事長(会長)。著書に『学習と言語の心理学』『動物心理学への扉』(ともに単著,昭和堂)など。

学術集会の休憩室。ノートPCで発表スライドを手直ししていたら,隣に座った女性が声をかけてきた。

「中島君じゃないの,久しぶりね」

「ああ清水さんか,何年ぶりだろう?」

「そうねぇ,20年くらい前に会って以来かな。まだ,ネズミとハトで実験してるの?」

「ハトはやめた。ネズミは続けてるけど。最近はヒトデもやってる」

「人間行動の実験的分析ね」

「いや,ヒトで実験してるんじゃなく,ヒトデで実験」

「ヒトデって,海にいる星型の?」

「そう。ちょうどいいや,これ見て」
―PCで写真1を見せる―

写真1 ヒトデの脱出実験のようす
写真1 ヒトデの脱出実験のようす

「体をくねらせて脱出するのね?」

「そう。で,脱出したらまた元に戻す。何度もやると脱出時間が短くなるかどうかを調べるんだ」

「それって,ソーンダイクの……」

「その通り。問題箱に閉じ込められたネコの脱出行動[1]の試行錯誤学習と同じような研究。1世紀前にヒトデで実験した人がいるんだ[2]

「で,それをやってみてると?」

「そういうわけ。卒論指導している学生たちに7年前から追試実験してもらってる。結果はこんな感じさ」
―PCで図1を見せる―

図1 2種類のヒトデの実験結果
図1 2種類のヒトデの実験結果
1日3~4試行訓練した。左:中西佐須我さん(2018年度卒業生)が実施。右:本城野乃楓さん(2020年度卒業生)が実施。

「#4と#8は学習できてるわね。#2と#6はダメみたいね」

「手続きの細かい点を変えたり,他種のヒトデでも試してみたりしてるんだけど,結果がどうも今一つでね」

「ヒトデの学習研究って他にもやっている人いるの?」

「電球点灯あるいは消灯のときに餌をやる,という手続きを何度も繰り返すと,点灯・消灯に応じて動き始めるという論文は以前からある[3,4]

「レスポンデント条件づけね」

「それらは統制手続きが十分じゃないけど,2023年に発表されたクモヒトデの実験はわりと統制されてる[5]

「偽の条件づけではないってことね」

「ところで,面白い動画があるんだ」
―PCでYouTube動画[6]を見せる―

「この平べったいのがウニ?『秒速10~20cm』って,結構速いわね」

「『ウニ界最速』を誇るヒラタブンブクというやつさ」

「ひょっとして,ウニの学習も研究してるの?」

「そう。ウニもヒトデと同じ棘皮動物なんだよ。ブンブクは砂に潜る習性があるので,それを報酬にして走路学習の実験をしてる。これが装置」
―PCで写真2を見せる―

写真2 ブンブクの走路
写真2 ブンブクの走路
海水を張った容器の出発側に粗いサンゴ片,目標側には細かい川砂を敷いた。見やすくするため,この写真は海水を入れずに撮影し,ブンブクの画像は合成した。

「ヒラタブンブクは入手しにくいから,類縁種をペットショップで買って実験したんだ」
―PCで図2を見せる―

図2 ブンブクの実験結果
図2 ブンブクの実験結果
1日3試行訓練した。OHB#10の4試行目は20分の制限時間内に移動できなかった(×印)。谷京香さん(2023年度卒業生)が実施。

「OHB#2は学習できてるみたいね。ところで,なんでヒトデとかウニで実験してるの?」

「そうくると思った。この進化系統樹を見てくれ」
―PCで図3を見せる―

図3 進化系統樹と条件づけの可否
図3 進化系統樹と条件づけの可否
条件づけによる学習の証拠の強さは◎○△?の順で示してある。円環系統樹はphyloT(v2)で作成。

「条件づけがどこまで普遍的か調べて,進化的起源を探ろうってわけさ[7]

「この刺胞動物ってのはなに?」

「イソギンチャクとかクラゲとか」

「イソギンチャクやクラゲも学習するの?」

「イソギンチャクは条件づけの成功報告が半世紀前に1篇あったきり [8]だったんだけど,2023年に実証したという論文が発表された[9]。クラゲの回避条件づけの成功報告も出てる[10]

「この図にはゾウリムシも書かれてるけど」

「ゲルバーという心理学者が条件づけ研究を70年くらい前にたくさんやってる。その成果の一部は『サイエンス』誌にも掲載されてるんだ[11]

「その話,昔,中島君から聞いたことがあるような気がする」

「彼女の研究は当時から酷評されてるんだけど,今世紀になってゾウリムシでの成功報告が複数発表され,見直されているみたいだ[12]。批判も根強いけどね[13]

「へぇ,植物では?」

「エンドウマメで条件づけができたと主張する研究者がいる[14]。でも,再現実験がうまくいってない[15]。 他の植物での成功報告は統制が甘い[16]。そういうわけで,植物の条件づけについては否定派の学者が多いんじゃないかな[17]。でも,刺激への慣れの学習は植物でもできそうだ[18]

「学習って心の働きよ。無脊椎動物や植物にも心があるのかな?」

「『心』をどう定義するかによるね」

「そういえば,『命に付く名前を「心」と呼ぶ』[19]と歌ってた歌手がいたわ」

「命あるものには心があり,学習するのかもな」

「あ,そろそろ私の発表時間だから行かなくちゃ。また今度もっと詳しく教えてね」

文献

  • 1.Thorndike, E. L. (1898) Science, 7, 818–824.
  • 2.Ven, C. D. (1921) Arch Neerl Physiol, 6, 163–178.
  • 3.Landenberger, D. E. (1966) Anim Behav, 14, 414–418.
  • 4.McClintock, J. B., & Lawrence, J. M. (1982) Mar Freshwater Behav Physiol, 9, 13–21.
  • 5.Notar, J. C. et al. (2023) Behav Ecol Sociobiol, 77(11), 126.
  • 6.あわしまマリンパーク公式動画. https://www.youtube.com/watch?v=Rtkv_mtutx0
  • 7.中島定彦 (2023) 行動分析学研究, 37, 235–247.
  • 8.Haralson, J. V. et al. (1975) Physiol Behav, 15, 455–460.
  • 9.Botton–Amiot, G. et al (2023) PNAS, 120, e2220685120.
  • 10.Bielecki, J. et al. (2023) Curr Biol, 33, 4150–4159.
  • 11.Gelber, B. (1957) Science, 126, 1340–1341.
  • 12.Gershman, S. J. (2021) eLIFE, 10, e61907.
  • 13.Dussutour, A. (2021) Biochem Biophys Res Commun, 564, 92–102.
  • 14.Gagliano, M. et al. (2016) Sci Rep, 6, 38427.
  • 15.Markel, K. (2020) eLIFE, 9, e57614.
  • 16.Bhandawat, A. (2020) Commun Integr Biol, 13, 1–5.
  • 17.Baciadonna, L. (2023) Anim Sent, 8, 23.
  • 18.Amador-Vargas, S. et al. (2014) Plant Ecol, 215, 1445–1454.
  • 19.中島みゆき「命の別名」
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はない。なお,筆者はヒトデやウニの愛好家ではない。

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