サンタは細部に宿る
平石 界
子どもって大人のちょっとした発言からいろいろなことを考えたり学んだり勝手に納得したりしているものですよね。幼児の頭に付けたカメラで撮った映像と音声で人工知能を訓練したらけっこうな単語を習得できちゃったなんて話もありますし,子どもの世界はさまざまなヒントに満ちているのでしょう(Vong et al., 2024)。
わが身を振り返れば幼稚園児のころ,父とお風呂に入っていた時のことでした。頭から順に上から下へと体を洗っていく約束なのに,その日は一通りお尻まで洗い終えてから顔を洗うことになったのです。ルールに厳格な息子氏が異議を申し立てたところ父は「お尻もちゃんと拭けててキレイだったから順番が逆でも構わないのだ」と答えました。ははぁなるほど。ルールには相応の理由があり,それが満たされている限りは少々恣意的な運用をしてもよいのかと園児は深く感じ入ったのでした。
ということで何かと疑い深い子らを相手にこの冬も無事にサンタの実在を証明できたと胸を撫で下ろしている方も少なくない時期かと思いますが,皆さまいかがでしょうか。NORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)公式のサンタ追跡サイトなど,実在を示す多くの客観的証拠にもかかわらず,その超自然的性質(煙突がない家にも煙突を通じて侵入可能)ゆえに物心ついた子らが疑いを抱き,子ども同士のネットワークを通じて疑念を拡散・強化するので,年末の忙しい時期にサンタの依頼でさまざまに便宜を図っている大人としては,なかなかに迷惑でもあります。他方でサンタ否定派へと転向した子どもが「大人に騙されていた」と(いささか逆恨み気味に)ショックを受けることもあるそうで,いつまでも話を引っ張るのも大人のエゴではないかと熱く議論される場面もあるとか。
そういう懸念があるのならば,転向した時期と理由,その時の気持ちなど,サンタ否定派児童の実態調査が必要である。それなのにほとんど文献がない!との使命感から立ち上がったのがMillsさんら5名でした(Mills et al., 2024)。彼女らによると転向児童の実態調査は各年代に1本ずつくらいしか見つからないそうです(Prentice et al., 1978; Blair et al., 1980; Anderson & Prentice, 1994; THE AP-GfK POLL, 2011)。うっかり潜在的サンタ否定児の目に留まって転向を促してしまうリスクを考えれば,あまり大っぴらに成果を報告できないのも分からなくはないですが,それにしても少ない。
時代による違いもないわけではないですが,8歳前後で転向する者が多いという従来からの傾向が今回の調査でも再確認されたそうです。その際,悲しみや失望を覚えた者もいるものの,“真実”に目を開かれた誇らしさを報告する転向者も少なくなかったとのこと。興味深いことに,いずれ親になったら自分の子にはサンタが実在することを伝えると語る転向者が多かったそうで,口ではいろいろ言っていても心の奥底ではサンタを信じているのだなと安心させられました。他方で「わが子は転向者です」という親の密告を受けて子どもへのインタビューを始めてみたら,実は篤いサンタ実在論者であることが判明し慌てて中止したなどという記述もあって,読んでいて思わず息を呑みました。
感心したのが論文の刊行時期です。オンラインでの早期公開が2023年の11月,印刷版の刊行が2024年1月なのです。Paywallで守られたオンライン版なら子どもがうっかり中身を読んでしまう恐れは低いですし,他方でクリスマスに向けて策を練る大人が参考にするのには十分な時間的余裕がある。よく考えられた出版スケジュールです。ちょっと惜しいなと思うのが論文タイトルでしょうか。“Debunking the Santa Myth”って,勘のよい子どもにはヒント多すぎじゃないですかね。
Profile─ひらいし かい
東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。東京大学,京都大学,安田女子大学を経て,2015年4月より慶應義塾大学。博士(学術)。専門は進化心理学。
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