アイドルから政治家まで
橋本 ゆき(はしもと ゆき(侑樹))
Profile─橋本 ゆき
2010年,東大受験生アイドルとしてデビュー。2013年,アイドルグループ「仮面女子」結成。2016年,東京大学文学部行動文化学科心理学専修課程卒業。2019年,仮面女子卒業,渋谷区議会議員選挙初当選。2023年,株式会社ツギステ設立。「桜雪」名義の単著に『地下アイドルが1年で東大生になれた! 合格する技術』(辰巳出版),『ニッポン幸福戦略』(光文社)。
私は,17歳からアイドルとして芸能活動を9年間行った後,渋谷区議会議員に当選,アイドルのセカンドキャリアを支援する会社も立ち上げ,現在政治家と起業家を両立しながら活動しています。
心理学との出会いはまさにアイドルとして現役の頃でした。人の心を動かす仕事に心理学がどう活きるのかに興味をもち,心理学を専攻することを決めました。アイドル活動にすぐに実践として活用できたのは,報酬系の仕組みやオペラント条件づけなどです。ライブによく来てくれる人のSNSでの投稿にはコメントを頻繁に返すなど,ファンの心をより強く掴むために基礎として学んだことの活用を試み,一定の成果を出していました。
そうした経験から,アイドルファンの行動には心理学が大きく関わると確信していましたので,卒業論文でも「なぜ人は誰かのファンになるのか?:ファン心理の認知的基盤」という題目でファン心理を扱いました。この論文の結論の中で今も生きていると感じるのは,熱心なファンほどファンコミュニティの中での社会的なつながりや体験を重んじる傾向があるというもので,それ以来アイドルとしても,その後政治家になった後も,自分を応援する人たちのコミュニティが居心地のよい場であるかどうかに気を配り,交流の機会を定期的に設けるようになりました。
政治の世界では,「データ」や「バイアス」との向き合い方が活きていると感じています。データを読み解く時やSNSや地域活動を通して市民の声を聞く時には,サンプルの偏りや“望ましい回答”を誘引する要素がないか,政策立案の際には,自身の中にある無意識の決めつけがないかに気をつけるなど,一見当たり前のようですが,ニーズにあった政策を作る上で大切な姿勢が身につきました。昨今,SNSでも政治や社会に関するさまざまな意見を散見しますし,異なる価値観をもった集団同士の分断が激しく起こっているようにも見えます。そんな時代だからこそ,まさに確証バイアスが働きやすい場であるSNSでの言説には一線を引いて観察するように心がけることで,精神的な負担や過度な思い込みを避けられているのだと思います。
さらに選挙では「単純接触効果」を狙って街頭演説や練り歩きを最大限おこなったり,選挙カーを使用するか否かの意思決定をしたりするには,地方選挙における選挙活動と有権者との近接性が投票行動にどのような影響を与えるかを扱った論文[1]を参考にしました。私自身は,「選挙カーなんて迷惑そのものだからできれば使いたくない」という気持ちでしたが,そこでは,選挙カーによる候補者名の連呼は,候補者への好感度の向上にはつながらないものの,候補者への投票にはつながると結論づけられており,選挙に慣れた政治家が「嫌われるのを恐れていては印象にも残らない」「とにかく覚えてもらわなければ話にならない」というのも理にかなったことなのだと再確認し,選挙カーの導入を渋々決めたことを覚えています。
福祉,健康,環境,危機管理,あらゆる分野においても,心理学が関わるところがあります。支援が必要な人がどうしたら相談に来ようと思うか,どうしたら認知症やがんの検診率が上がるのか,どうしたら街中のゴミのポイ捨てや落書きが減るのか,どうしたら人が集まる渋谷駅で非常時にパニックを起こさずに安全な環境を確保できるか─今後も,心理学的アプローチで課題解決をおこなうことに挑戦していきたいと考えています。
文献
- 1.三浦麻子・稲増一憲・中村早希・福沢愛 (2017) 社会心理学研究, 32, 174–186.
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