俳句の共同生成
やまだ ようこ(俳号 ふゆめ)
Profile─やまだ ようこ
専門はナラティヴ心理学,質的心理学,生涯発達心理学。教育学博士。著書に,やまだようこ著作集『ことばの前のことば:うたうコミュニケーション(1巻)』『ナラティヴ研究:語りの共同生成(5巻)』『ビジュアル・ナラティヴ:人生のイメージ地図(9巻)』など1~10巻刊行(新曜社)。
空澄みて高みを鳥の如きもの 春泥の足跡あまた飛び立ちぬ(ふゆめ)
定年になり,70歳をすぎてから俳句をはじめました。俳句の季語は,日本文化の伝統がつまった感覚の宝庫のようなものです。雪の名前だけでも,「小雪」「粉雪」「深雪」「雪の花」「細雪」「小米雪」「根雪」「雪月夜」「飛雪」「雪明り」「暮雪」「風花」「雪煙」など,じつに多様で細やかです。
俳句をはじめて,季節のうつろい,月の満ち欠け,道端に生えている草木,通りすぎる風にも新鮮な出会いのよろこびを感じるようになりました。
若いころは老いることが怖くて嫌でした。でも実際に自分がその身になってみると,教科書に載っていることや想像していたこととは全然違いました。確かに体力はなくなり,記憶力も悪くなりましたが,心は開放されて,どんどん大きな時空間であそべるようになった気がします。
「こうしなければ」と自身をしばっていた義務や多忙な仕事の責務から開放されて自由になり,世間の目や評価が気にならなくなり,好きなことができる自分の時間がもてるようになったからでしょうか。
この先,病気になり身動きできなくなったら,のんきなことは言っていられなくなって,また違う心境になるかもしれません。しかし,わからない未来を心配してもしかたありません。年をとることは,自分にとって未知の世界を体験することでもあり,面白い冒険でもあります。
俳句の魅力のひとつは,ことば数が少なく余白が多いので,読み方しだいで句の意味が変わり,作者と読者の共同生成で句が成り立つことです。
俳諧も,もとは座に集まった人々が共同で連句をつくる「あそび」でした。連句では,前句と微妙にひびきあいながら,次の世界に移って,句を付けて行きます。ほかの人のつくった句の発想に感動し,「わあーすごい」「次どうしよう?」など,わやわや言いながら,自分ひとりでは思いつけなかった,思いがけないことばが,場の力で生成されます。先に構想や目的があるわけではないので,最終的にどのような作品になるかは,誰にもわかりません。座に集った人々が共同生成しながら,ひとつの作品を巻き上げていきます。
ジャズやラップのような即興のノリでつぎつぎと句を共同生成していく文芸は,私が専門にしているナラティヴ心理学からみても,とても現代的で興味深いものです。
最近は,心理学研究に加えて俳句評論も書きはじめました。俳句では新人なので,専門誌「俳句界」の公募にチャレンジしました。さいわい賞をいただき,2つの評論[1,2]が掲載されたのはありがたいことです。
今では「詩的心理学」という新しい領域を開拓したいと意欲をもやしています。そして,10巻で完結予定だったライフワークの『やまだようこ著作集』(新曜社)に,11巻『詩的心理学―かさねのコミュニケーション』を追加することにしました。
研究もあそびも,人も自然も,老いも若きも,今生きている場のなかで共同生成しながら,新たな何かが泉の水のように生まれてきたら,わくわくと楽しい日々になるのではないかと夢見ています。
文献
- 1.やまだようこ (2024) 第25回山本健吉評論賞奨励賞 「芭蕉の『夢』『蝶』『鳥』」. 俳句界, 2024年5月号, 93–110.
- 2.やまだようこ (2024) 「俳句におけるメタファーと詩的現実:芭蕉の句をもとに」(前篇・後篇). 俳句界, 2024年9月号, 112–122, 10月号, 94–104.
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