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経験をつなぐために─コロナ禍における心理のパネル調査
山縣 芽生(やまがた めい)
Profile─山縣 芽生
大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了,博士(人間科学)。専門は社会心理学。2023年より現職。筆頭論文にコロナ禍でパネル調査を実施したJapanese Psychological Research, 65, 158–172, 2023など。
記憶は歪む
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ということわざが示すように,私たちは困難な経験さえも忘れてしまう。実際の経験と振り返った記憶にギャップが生じる現象は「回顧バイアス」(または想起バイアス)と呼ばれる。この性質は,過去の経験から学ぶ機会を減らし,成長を妨げる。これまでの研究は,短期間の出来事に注目していたが[1],パンデミックのような長期的な非常事態にも回顧バイアスは生じるのだろうか。
コロナ禍における心理のパネル調査
コロナ禍での回顧バイアスを調べるため,筆者は2020年1月から2024年3月までの約4年間,コロナ禍で共同実施したパネル調査のデータ[1-3]を分析した。パネル調査は,同じ対象者を一定期間にわたって定期的に調査する手法で,回顧バイアスを評価する上で有効な手法である。同じ個人から繰り返しデータを取得することで,個々人の心理や行動の時間的な変化を明らかにできる。特にパンデミックのような変動的な出来事では,心への影響を明らかにするために個々人を追跡したデータの蓄積が不可欠である。
2021年1月,回答者に1年前を振り返ってもらったところ,多くの人が「2020年1月当時,自分は新型コロナをそれほど恐れていなかった」と,実際に2020年1月に回答した時点よりも過少に報告した[1]。これは,コロナ禍においても回顧バイアスが生じたことを意味する。こうした心理バイアスを防ぐには,その時々の心理をリアルタイムで追跡することが重要であり,パネル調査はそのための有効な手法である。
また,パネル調査は心の長期的変化を見渡す上で重要な手法である。筆者らが実施したパネル調査[1-3]は,新型コロナに関する認知,異なる集団への態度,公衆衛生行動が感染状況や社会情勢に応じてどのように変化したかを追跡した。図1では,新型コロナに対するリスク認知(どの程度,危機的なものと捉えているか)の平均値の推移を示す[4]。リスク認知は「恐ろしさ」と「未知性」という2側面から測定され,それぞれ1~7の7段階で評価された[5]。値が高いほど強いリスクを感じていることを意味する。
調査開始からの変化を追うと,リスク認知は一貫して高い水準を維持していた。つまり,調査開始時点ですでに「状況の力」が大きく作用していたのである。また,2022年1月を境に恐ろしさ認知が未知性認知を下回るようになり,新型コロナに対する認識が変化した転換点だったとわかる。この変化は,長期間の記録があったからこそ明らかにされたのである。
最後に
今後も私たちは,さまざまな感染症に直面する。パンデミック時の心理をリアルタイムで記録することは,将来の危機における混乱を防ぐことにつながるだろう。同じ混乱を繰り返さないためにも,私たちはコロナ禍で得た経験を将来に活かしていく責任がある。
文献
- 1.Yamagata, M., & Miura, A. (2022) Jpn J Exp Soc Psychol, 62, 234-239.
- 2.Yamagata, M. et al. (2023) Jpn Psychol Res, 65, 158-172.
- 3.Murakami, M. et al. (2023) Int J Disaster Risk Reduct, 98, 104107.
- 4.阪大_COVID-19禍心理・行動・態度推移グラフ http://team1mile.mydns.jp:8080/handai-covid19/
- 5.Slovic, P. (1987) Science, 236, 280–285.
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