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【小特集】

感謝の記録を味わい,伝える

吉野 優香
武蔵野大学ウェルビーイング学部 講師

吉野 優香(よしの ゆか)

Profile─吉野 優香
筑波大学大学院博士後期課程修了。博士(心理学)。専門は社会心理学,感情心理学,教育心理学。論文に「心理学における感謝教育に関するレビュー」The Basis:武蔵野大学教養教育リサーチセンター紀要,14, 107–123, 2024など。

はじめに

私たちは刻々と変わる状況に対応して多様な感情を経験します。その経験は,その瞬間に過ぎていくものや心に残るものなどさまざまです。今回は,日々経験する感情を記録することがよりよく生きることの助けになる可能性について紹介します。

「感情を記録する」と表現すると生活から遠く感じるかもしれませんが,おそらく多くの人が日記として,感情を記録した経験があるのではないかと思います。もしくは,SNSで写真に気持ちを表す言葉を添えたり,そのときどきの感情をつぶやいたりなどの経験がある人もいると思います。そして,日常の出来事やそれに伴うさまざまな感情を振り返り記録しているときに,その出来事に関する考えの整理や自分自身の気持ちの理解がしやすくなったという体験をしたことがあるのではないでしょうか。こういった体験に基づくと,感情を書いたり記録したりすることやその効果について,身近に感じられるかと思います。

感情研究の文脈では,感情を記録することの効果や仕組みについて検証がされています。たとえば筆記開示の研究[1]です。筆記開示とは,端的に表現すると個人が経験した感情体験等を記述によって開示することです。自己開示と同じく,個人が経験した感情や考えなどを表すことで感情や考えの輪郭を自覚しやすくすると考えられています。筆記での開示が,ネガティブな体験による認知的・生理的負荷を解除し健康を増進するという予想のもと実証が進められています[1,2]

ネガティブ感情を想定した感情を記録する研究が進む一方で,ポジティブ感情を想定した研究も進んでいます。

感謝を記録すること:カウンティング・ブレッシングス

ポジティブ心理学というムーブメントの発生から,ポジティブな感情が注目されるようになりました。その感情の一つが「感謝」です。感謝は,他者もしくは神など他の存在に対して生じる感情とされ[3],感謝の気持ちを他者に感じることは対人関係の形成,維持,発展に寄与する[4]と示唆されています。以降では感謝の気持ちを感謝感情と呼称します。

感謝感情の経験を振り返り記録する効果を示した代表的な介入手法が,カウンティング・ブレッシングス(counting blessings)[5]です。カウンティング・ブレッシングスでは,一定期間,ありがたかった出来事を複数個,記録し続けることを求めます。感謝感情を振り返り記録することによって,感謝感情の経験やその経験の認知を促進し,生活におけるポジティブな出来事へ意識を向けやすくすることを狙いとしています。

カウンティング・ブレッシングスが注目を集めた理由は,介入に取り組んだ人のウェルビーイングが向上したと報告した研究結果にあります。大学生を対象とした研究の一つでは[5],感謝感情の経験を思い出し記録する介入(カウンティング・ブレッシングス)と面倒な出来事を思い出し記録する介入,日常の出来事を思い出し記録する介入の比較を行いました。この研究での介入は,10週間にわたり1週間に1度,各介入条件に関する場面を5つ書きだすことでした。その結果,カウンティング・ブレッシングスの介入は,介入前後において感謝の報告を増やし,日常の出来事を思い出し記録した介入に比べて,人生に対する肯定的な評価や体調不良の少なさなどの点でよい効果を示しました。

感謝感情の経験を記録する方法がウェルビーイングの諸側面を向上させるとする結果は,メタ分析[6]でも検証されています(表1)。メタ分析は,複数の研究データを基にして研究知見が示す効果を総合的に検証するものです。そこでは,心理的ウェルビーイングや感謝の報告数の向上への効果が小さめから中程度に示されました。このように,感謝感情の記録が及ぼすウェルビーイングへの効果の大きさは,複数の研究により確認されています。

表1 メタ分析の示す効果(文献6のTable 1から抜粋)
表1 メタ分析の示す効果(文献[6]のTable 1から抜粋)

感謝を記録し効果を得ることへの壁

実は,日本における研究ではカウンティング・ブレッシングスを含め,感謝を記録する効果の再現は成功例が少ないです。日本の追試[7] では,感謝感情の経験を3週間にわたり毎日5つ記録するように求めました。元の知見と同じ介入条件を設定し比較しましたが,いずれの介入条件間においても効果は確認されませんでした。

介入の効果を再現できなかった原因には,いくつかの可能性が考えられます。まず上記の追試[7]では,感謝を振り返り記録する負担について指摘しています。毎日,その日にあった感謝感情の経験を5種類も思い出すことは,労力がかかり面倒なこととみなされかねません。真面目に取り組む人にとっては単なる作業となる可能性もあります。この考察は,感謝感情を記録する効果に関する他の研究[8]において,感謝感情を詳細に記述する場合と,じっくり思い出すようにする場合では,思い出すようにした場合のほうが一層効果的であると示されていることから支持される内容であると考えられます。

また他の原因には,日本における感謝感情の経験に伴うお返しをしなければならないと思うことで生じる申し訳なさ(負債感情)が指摘されます[9]。申し訳なさを考慮した介入研究[10]において,負債感情が感謝感情の介入効果を阻害すると示唆されたことから,この指摘も支持されると考えられます。

よりよい生活に向けた実践

カウンティング・ブレッシングスの効果を得るために,実践に取り入れられる工夫には次のような案が考えられます。まず,感謝感情の記録が負担になることや,単なる作業となることへの対処として「味わう[11] 」ことを取り入れる案です。この案は日本での追試[7] でも考察されています。味わうとは,平たく表現するならば,感情やその体験を深く感じることです。

次に,感謝感情に伴う申し訳なさの経験への対処として,お返しをするなどの相手へ感謝を伝える振る舞いを取り入れる案です。他者から何かをしてもらったときに私たちには,お返しをしなければならないという返報性が働きます。この返報性が申し訳なさの根源なので[9],お礼などを返していくことによって申し訳なさは低減します。

これに加えて,感謝感情は,感謝を伝えられた人に対しても道徳的な振る舞いを促進させるなどよい影響を及ぼします[12]。感謝が対人関係の形成・維持・発展に寄与する[4]とする示唆からも,感謝感情は経験を記録するだけでなく表出し伝えることによって,周りの人たちにとってよい影響を及ぼすと考えられます。

以上を踏まえると,感謝感情の経験を記録するとともに味わい,かつ伝えることが,私たちのポジティブな生活に役立つ方法である可能性が高いです。具体的には,週に1度,ありがたいと思ったことや感謝したことを5つ書きだします(図1)。その際,詳細に記載し記録するのではなく,シンプルに記載し感謝感情の経験を記録したうえでじっくりと思い出すことがカギです。そして,感謝やお礼を伝えられる相手がいるならば,相手に思いを伝えてみましょう。

図1 本学学生による記録例
図1 本学学生による記録例

上記にお示しした方法の効果は,エビデンスに基づいた有効性を断言できるものではありません。ただ,個人が知見を基にした活動を生活に取り入れることのよさは,実際に取り組もうとする人がその人自身に合う形で実践できることだと思います。感謝感情は経験する個人だけでなく,伝える相手にも影響を及ぼす対人的な感情です。みなさんなりの取り入れ方で,みなさん自身や周りの人のよりよい生活に向け感謝を味わい,伝えてみてはいかがでしょうか。

文献

  • 1.湯川進太郎 (2024) 感情と言語:キモチをコトバにする. 大平英樹編,感情心理学・入門(pp.165–184).有斐閣アルマ
  • 2.Pennebaker, J. W. (1989) Adv Exp Soc Psychol, 22, 211–244.
  • 3.Watkins, P. C. (2007) Gratitude. In R. Baumeister & K. Vohs (Eds.), Encyclopedia of social psychology (pp.383–384). Sage.
  • 4.Algoe, S. B. (2012) Soc Personal Psychol Compass, 6, 455–469.
  • 5.Emmons, R. A., & McCullough, M. E. (2003) J Pers Soc Psychol, 84, 377–389.
  • 6.Davis, D. E. et al. (2016) J Couns Psychol, 63, 20–31.
  • 7.相川充他 (2013) 東京学芸大学紀要.総合教育科学系Ⅰ, 64, 125–138.
  • 8.Watkins, P. C. et al. (2003) Soc Behav Pers: An Int J, 31, 431–451.
  • 9.吉野優香・相川充 (2018) 心理学研究, 88, 535–545.
  • 10.相川充・酒井智弘 (2018) 筑波大学心理学研究, 56, 35–42.
  • 11.Bryant, F. B., & Veroff, J. (2007) Savoring: A new model of positive experience. Psychology Press.
  • 12. Grant, A. M., & Gino, F. (2010) J Pers Soc Psychol, 98, 946.
  • *COI:本記事に関連して開示すべき利益相反はありません。

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